『悪だくみ「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞(現:大宅壮一ノンフィクション賞)を受賞。「裏金問題」の真相について森喜朗元首相への240分インタビューなど、ディープな取材で社会問題に切り込む森功さんに、ノンフィクションの魅力を知る本を聞きました。
ノンフィクション作家
ノンフィクションは、辞書的にいえば、ルポルタージュやドキュメンタリーのほか、大きくは旅行記や日記なども含まれるでしょう。ここではもう少し狭義に、取材や調査に基づくジャーナリスティックなアプローチをとる作品ととらえて紹介してきました。
そのなかでも、今ある現象を追い、事実の記載を積み重ねていくことで実像を浮かび上がらせる手法や、筆者が感じた疑問と仮説を取材によって検証し見えてきたものを考察し、筆者なりの考えで補いながらより確からしいものを追求していく手法があります。今回は、重厚な取材に裏打ちされ、社会性のあるテーマで興味をかきたてる作品を紹介します。
政治に翻弄され続けてきた年金行政を読み解く
『ルポ年金官僚 政治、メディア、積立金に翻弄されたエリートたちの全記録』 和田泰明著、東洋経済新報社
日本の年金制度は、支給開始年齢の引き上げ、1980年代の公的年金制度の一元化、その時々の財源に合わせて年金給付額が抑えられるマクロ経済スライドの導入、年金資金運用改革(GPIF改革)など、制度の見直しがたびたび行われてきました。
『ルポ年金官僚』は、『週刊ポスト』『週刊文春』の記者として年金問題を追い続けてきた和田泰明氏の労作。1961年の国民年金制度発足時の初代年金局長、小山進次郎以降、年金制度の構築に携わってきた歴代の厚生省・厚生労働省年金局長の苦闘が描かれた本であり、公的年金制度の歴史から、現行の年金制度の置き去りにされている問題点を改めて提示しています。
政治家が、年金積立金の取り崩し、預託制度の廃止や社会保険庁の解体など、前例や継続性に縛られがちな官僚にはできない改革を行ってきた側面はあります。一方、悪名高き年金福祉事業団のリゾート施設「グリーンピア」は6代目局長が有り余っていた年金積立金を使って全国13カ所に展開した“局長の独走アイデア”とされるが、後ろ盾になっていたのは当時日本列島改造論を掲げて地方創生をうたった田中角栄でした。
2004年の年金改革の際、一政党の公約だった「100年安心」という言葉は、キャッチーな言葉だったがゆえにメディアで取り上げられひとり歩きし、「公的年金だけで老後の生活は100年安心である」といった誤った認識が広まりました。2019年に金融庁が試算した老後2000万円不足問題で再び脚光を浴びてしまうなど、今に至る年金制度に影を落としています。
改革の舞台裏で繰り広げられていた政治家やメディアとの攻防に、官僚たちが翻弄され続けてきた年金行政を読み解く一冊です。
ジャーナリストは現場の目撃者たれ
『成田の乱 戸村一作の13年戦争』牧久著、日本経済新聞出版
ノンフィクション記者は、やはり現場で取材をしていいものを書きたいのです。その意味でも、ジャーナリズムの神髄と感じるのが『成田の乱 戸村一作の13年戦争』です。著者の牧久さんは、日本経済新聞社の副社長まで務めた人ですが、記者生活をずっと社会部で過ごした、日経新聞では珍しい経歴の人です。1966年から暫定開港までの12年間、成田空港建設を巡る問題を取材。2023年2月にも強制執行が行われ、今なお続いている成田闘争について、なぜそうなったのか、歴史的背景と本質を解き明かしています。
成田空港の候補地となった三里塚の農民の多くは、満州に入植して終戦後引き揚げてきた人たち。御料牧場の跡地に入植して開墾し、ようやく農民として生活が維持できるようになると、ずさんな用地決定で今度は空港にするから出ていけと言われる。反対運動の根底にあるのは、これまでも政府に翻弄されてきた農民の怒りと反骨心です。
クリスチャンである戸村一作を闘争のシンボルとして反対運動に参加した農民たちと、支援に集結した過激派各派の、日本政府に対する戦後最大の「反乱」。著者は、時代や状況が違うものの、徳川幕府に抵抗した「島原の乱」に通じるものを感じています。
成田闘争は開港までに農地死守・奪還を目指す反対派と機動隊の双方合わせて7人の死者を出していますが、牧さんは空港公団と反対派の激突のたびに現場に駆けつけて取材。機動隊が、反対派のデモ隊にガス銃の銃口を向けて立て続けに発射するさまを、近くで目撃している。「ジャーナリズムの原点は『目撃者』であるということにある」と書いている言葉通り、徹底した現場取材で積み上げた事実に引き込まれます。
日本一のマンモス私大の闇
『魔窟 知られざる「日大帝国」興亡の歴史』 森功著、東洋経済新報社
最後は自著の『魔窟』です。卒業生120万人を超える日本一のマンモス大学、日本大学がいかにして築かれたか、権力と闇の部分を追った暗黒史です。中興の祖ともいえる古田重二良は、学生運動を弾圧するために学外の右翼や暴力団、運動部の学生を動員。その時に駆り出された学生の1人が、当時相撲部のエースでのちに理事長として権勢を誇った田中英壽です。彼は大学を卒業すると職員として残り、運動部を束ねる保健体育審議会(保体審)と校友会を権力基盤に、帝国と呼ばれる独裁体制を築きました。
田中が1億1820万円の裏金について脱税で逮捕され、理事長の座を追われると、2022年7月、改革の旗手として林真理子氏が理事長に就任。背任事件の舞台となった日本大学の関連会社「株式会社日本大学事業部」の解散と校友会の人事を変えたものの、カリスマ理事長の田中による統治というガバナンスが機能しなくなったからでしょうか、大学の組織運営としてはむしろ迷走していきます。
田中体制のもとでは、運動部をPR材料にして大学を大きくし、大学経営にも運動部出身者が重用されてきました。そこにさまざまな病巣があるのですが、運動部をPR材料にした大学経営は、私立学校がその規模を拡大、成長させる際の1つのロールモデルになっています。
日大を巡っては、林理事長就任後もアメフト部薬物事件、重量挙部・陸上部・スケート部における総額1億1500万円超の過去の金銭不祥事の発覚などが続きました。しかし、学生の大麻事件やその隠蔽など事件の断片は報道されるものの、大学で何が起きているのか、なぜこれほど問題が続くのかその本質に切り込むことをメディアはしません。
ノンフィクションはかつては週刊誌や月刊誌を主戦場としてきた分野でもあるのですが、それらの媒体ではできなくなってきています。従来の雑誌ジャーナリズムの市場は変わってきているけれど、紙にこだわる必要はないし、今はWebのほうがむしろいいかもしれない。確かに厳しい時代ではあるけれど、ノンフィクションもいいものは売れるんです。デジタルでも、紙でも、いいものはやっぱり読まれるし、需要がある。そこに読者がいるということは確かだと思います。
ただ、それなりの取材をして、原稿を書けばそれなりの対価を払うという構造にしていかないと、ノンフィクション界に人材が集まりません。取材者だってかすみを食って生きるわけにはいかない。そこを社会、業界で変えていってほしいですね。
取材・文/中城邦子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/吉澤咲子



