いくら有望な市場でも、どれだけ優秀な人材を集めても、リーダー次第で組織は停滞してしまう。では、良いリーダー、悪いリーダーとはどんな人なのか。世界で1000万部を超える『ビジョナリー・カンパニー』シリーズの著者、ジム・コリンズ氏がスタートアップや中小企業向けに記した『ビジョナリー・カンパニー ZERO』から、一部抜粋して紹介する。
米国陸軍参謀総長を務めたジョージ・C・マーシャルは、リーダーにとってもっとも大切なのは「意思決定能力」だと指摘している。慢性的に優柔不断な経営者が多いことを考えると、マーシャルは正しかったのだろう。
偉大な企業をつくるリーダーは、優柔不断に陥ることがない。完璧な情報がなくても(完璧な情報がそろっていることはまずない)決断する。困難を乗り越えて意思決定をする能力は、優れたチームやリーダー個人に欠かせない資質だ。
分析しすぎて決断できなくなる人
分析結果なら「たぶん」という言い回しも許されるが、リアルな経営の世界(とりわけ中小企業やスタートアップ)で「たぶん」は許されない。
物事をじっくり分析するのは良いことだが、「分析マヒ」の状態に陥るのは禁物だ。あらゆるリスクを排除できるほど、あるいは迷いなく判断を下せるほど十分な情報やデータが集まることはめったにない。それに加えて、あらゆる経営分析は前提をどう置くかによって結果がまるで変わってくる。まったく同じファクトを分析しても、人によってまったく異なる結論に達することも多い。それぞれがまったく異なる前提にもとづいてファクトを見ているからだ。
こんな実験をしてみるといい。複数の社員に新しい製品の可能性を評価し、「やる」か「やらない」かを判断させるのだ。情報はこれでもか、というぐらい提供する。全員が優秀で、まったく同じ研修を受けてきた人材だ。それでも半分は「やる」、もう半分は「やらない」という判断を下すだろう。それは分析をする際にそれぞれが前提を考え、それが答えに影響するからだ。
たいていの事業判断はそういうものだ。分析をしようと思えばきりがないが、断定的結果が出ることはまれだ。それでも決断を下さなければならない。無分別な行動や、思いつきでやみくもに動くことを勧めているわけではない。データ、分析、可能性の評価はいずれも意思決定に必要だ。ただあくまでも目的は分析を尽くすことではなく、「意思決定を下すこと」だと頭に入れておこう。
もう十分データを集め、分析したと判断するセンスを磨く必要がある。そのうえで問題を解決するのだ。スタンフォード大学の初代学長であるデイビッド・スターン・ジョーダンは、自らの意思決定方法をこう表現している。「すべてのエビデンスが出そろったと思ったら、イエスかノーか決断し、あとは一か八か(いちかばちか)賭けてみる」
直感に従う
ジョーダンの方法を聞いても、まだ解消されない疑問がある。不完全な情報しかないときに、どうやって最終的に選択するのか。本能あるいは直感に従う、というのがひとつの答えだ。
もちろん直感的に判断することに抵抗を感じる人もいる。非科学的で不合理に思える。直感に従うことに慣れていない人には、やりにくさもある。しかし意思決定が上手な人は、たいてい冷静な分析と直感の両方を組み合わせている。
レイケム・コーポレーションの創業者で、成長の牽(けん)引役であったポール・クックが好例だ。ある講演でこう語っている。
不思議なことだが、わが社が犯した2、3の大失敗は、いずれも私が直感に忠実に従っていたら起こらなかったはずのものだ。もう二度と同じ過ちを繰り返すつもりはない。私は直感を信じることを学んだ。心底その大切さを学んだ。それが大きな違いを生んでいる。
クックだけではない。ポール・ギャルビン(モトローラ創業者)、ウィリアム・マックナイト(スリーエムの中興の祖)、サム・ウォルトン(ウォルマート創業者)、クリスティン・マクディビット(パタゴニアのCEOを17年務めた)をはじめ、多くの企業経営者が直感を信じ、上手に使いこなしている。
直感が働かない人というのは存在しない。直感は誰にでもある。難しいのはそれを認識し、活用することだ。どうすれば直感を効果的に活(い)かすことができるのか。いくつかアドバイスがある。
- 初めから問題あるいは判断の核心を見る。さまざまなデータ、分析、意見、確率に圧倒され、優柔不断に陥ってはならない。
- 枝葉末節を整理する。メリットとデメリットの長々としたリストは捨て、中核的問いに集中する。問題に直面したら、こう自問してみよう。「問題の本質は何か。細かいことはどうでもいい、重要な点は何だ」と。問題のさまざまな特徴や複雑性にいつまでもこだわっていてはならない。余計な部分は削(そ)ぎ落し、問題の本質的要素をあぶりだそう。
- 有効なテクニックは、意思決定を核心まで絞り込み、次のシンプルな問いと向き合うことだ。「直感はイエスと言っているのか、ノーと言っているのか」
直感を磨くにはどうすればいいか
時間が経つにつれて、直感は何と言っているのか、理解するセンスが磨かれていく。この「センス」はあなただけのもので、理由は説明できないが、何かが正しいときにそうだとわかる。「センス」を磨く有効な方法が、自分の判断に対する内なる反応をじっくり観察してみることだ。
たとえばメリットとデメリットの延々と続くリストを抱え、にっちもさっちもいかなくなったとき、適当に結論を選択し、それに自分がどう反応するか観察するのだ。ほっとしたら、それはおそらく正しい判断なのだろう。一方、不安や緊張感がある、何か「嫌な感じ」がするなら、おそらく誤った判断だ。決断を下してから、誰にもいわず時間寝かせておくのもいい。そうすれば公表する前に、その決断について自分がどう感じるか、じっくり観察できる。
恐れが直感に与える影響には注意が必要だ。人は恐れているとき、自分で自分を欺(あざ)むくことがある。直感的判断に思えたものが、実は恐れに突き動かされた判断だったということもある。恐れに突き動かされた判断とは、リスクがあるために、心の中では正しいと思っている行動をとることに不安を感じるケースだ。恐れに突き動かされた判断が直感的判断と混同されやすいのは、恐れが和らぐことでニセの安堵感が生まれるからだ(ニセの安堵感は長続きせず、本能的な「嫌な感じ」がいずれ戻ってくる)。
「これが正しい行動だと思うが、〇〇という不安がある」というときは、直感に反して危険な判断を下そうとしているサインだ。直感を効果的に生かすには、リスクにかかわらず、正しいと思うことを実行する勇気が必要だ。
このような行動ができるリーダーとして有名なのが、ハリー・トルーマンだ。アメリカ大統領のなかでも特に決断力が高く、1951年には周囲の反対を押し切ってマッカーサー大将を解任するという決断を下した。トルーマンの政治的立場という面だけでなく、急激に深刻化する朝鮮半島での軍事対立の面でも、非常に大きなリスクを伴う決断だった。しかしトルーマンはマッカーサー解任を断行した。ずっと後になり、当時をこう振り返っている。
私がマッカーサーの1件から唯一学んだのは、本能的にやらなければならないとわかっていることは、早くやってしまったほうが全員のためになるということだ。
判断は「誤る」ほうが「しない」よりましなことが多い
あなたがどれだけ優秀であっても、判断で打率10割を達成するのは不可能だ。あなたの下す判断の相当な割合がベストなものではないだろう。人生とはそういうものだ。何かを選択するとき、絶対の確信が持てるまで先延ばししたら、ほぼ確実に優柔不断の泥沼にはまる。
何もしないのは安心に思えるかもしれない。すぐにリスクに直面するわけではないからだ。しかし足を止めることが許されない中小企業の世界では、それは大失敗につながることが多い。差し迫った問題があるなら、決断を下し、なんとかやっていくしかない。
判断をしないことは往々にして、誤った判断を下すより悪い結果につながる。問題と正面から向き合おう。コーナーに追い詰められて選択肢がなくなる前に攻撃に出よう。判断を誤ったら、仕方ない。結果はすぐにはね返ってくる。頭をゴツンと殴られたら、すぐに解決に向けて動き出せる。
残念ながら、たいていの人は間違えることを恐れるので、このアドバイスになかなか従えない。バカにされること、責められること、批判されること、笑われることを、多くの人が心底恐れている。要するに、失敗による「心理的」悪影響のほうが、実際の悪影響よりも厳しいものに思えるのだ。失敗するのではないか(「どうしよう!」)という恐怖から、判断を躊躇(ちゅうちょ)することも多い。
私たちは、これから失敗を犯すであろうこと、しかもたくさん失敗してそこから学ぶという事実を受け入れなければならない。失敗は強さの源だ。失敗するのは、アスリートの筋トレのようなものだ。考えてみてほしい。アスリートはどうやって体を鍛えるのか。失敗するまで負荷をかけ続けるのだ。懸垂を3回した後、4回目で失敗する。体はそれに適応し、強くなる。次に挑戦したら4回懸垂ができ、5回目で失敗する。その次は5回成功し、6度目で失敗する、といった具合に。
意思決定をして、そのうち何度かは「失敗」し、そこから学習するプロセスは、「筋肉を鍛える」ためのものだ。ひとつも失敗しなければ、いつまでたっても懸垂は3回しかできない。時折失敗したら、それを誇りに思おう。失敗を恐れるあまり、人生において何ひとつ価値のあることをしない臆病者ではないことの証だ。モトローラを創業し、その基礎を築いたポール・ギャルビンもこう語っている。「失敗を恐れるな。知恵はたいてい失敗から生まれるのだから」

(訳=土方奈美)
[日経ビジネス電子版 2021年9月21日付の記事を転載]
ネットフリックス創業者兼共同CEOも絶賛!
経営書の名著『ビジョナリー・カンパニー』シリーズの著者、ジム・コリンズ氏がスタンフォード大学経営大学院で教えていた1992年に記した名著があった。『Beyond Entrepreneurship』だ。日本語への翻訳・出版はされずにいたが、ネットフリックス創業者兼共同CEOのリード・ヘイスティングス氏が起業家に「86ページ分を丸暗記しろ」と言い、自身も毎年読み返していた本だった。
そして今回、最新情報などを大幅に加筆して改訂したのが『ビジョナリー・カンパニー ZERO』だ。パーパス、ミッション、ビジョンの重要性、戦略の立て方、戦術の遂行の方法などを体系的に解説している。