世界の消費者がイメージする強いブランドとは
各国の消費者調査において、強いブランドと評価された商品は、どのようなブランドなのだろうか。ここで、「その商品のブランド力は強いか」との質問で、「強いブランド」(5段階評価の5点)と評価されたブランドを国別に見てみよう。
結果を示したのが図表1である。
自由にブランドを思い浮かべてもらったにもかかわらず、国を超えて共通するブランドがいくつか存在する。今回調査対象とした5カ国、いずれの国でもベスト5に入っているのは、「ナイキ」と「アップル」だ。
まさに、この2社は、強力な世界ブランドといえるだろう。強いブランドに国境はないということだ。
ちなみに、日本企業のブランドは、海外調査では、トップ5にランキングされていない。トップ5に日本ブランドが出現するのは、日本人を対象とした調査だけだ。
今日、日本の企業が、世界でのブランドづくりに勝てなくなっていることを示唆する結果かもしれない。
一方、海外の調査国すべてにおいて、韓国の「サムスン」が上位5位以内に入っている。海外での調査で、ランクに入っているブランドとしては、アジアで唯一だ。
韓国の人口は5千万人ほどで、日本の半分に満たない。国内マーケットは限られるため、当初から、世界をターゲットとしたブランド戦略を進めた結果だろう。
日本には、韓国と比べ大きな国内マーケットが存在しているため、内向きのブランドづくりを行う傾向がある。「まずは国内。次に海外」といったイメージだ。これでは、最初からグローバルを見据えたブランドに勝てない。
日本企業が世界ブランドになるためには、当初から海外マーケットを見据えたブランドづくりが欠かせない。
日本に世界ブランドを生み出すポテンシャルはないのだろうか。
そのようなことはない。元来、日本には世界ブランドを生み出す力があるはずだ。
前述の消費者調査でいずれの国においてもトップ5に入っている「アップル」と「ナイキ」。世界最強のブランドである両社の創業者、スティーブ・ジョブズとフィル・ナイトの共通点は、日本との関係の深さだ。両社が世界ブランドになるためには、日本的な要素が欠かせなかったということだろう。具体的に見てみよう。
日本の禅と新版画に共鳴したジョブズ
スティーブ・ジョブズもフィル・ナイトも若い時に禅に出会い、禅から大きな影響を受けている。二人は、若い時に曹洞宗の僧侶・鈴木俊隆著の『禅マインド ビギナーズ・マインド』、哲学者オイゲン・ヘリゲル著の『弓と禅』に出会い、愛読書としていた。

ナイキの共同創業者であるフィル・ナイトの自伝『SHOE DOG』の扉ページに引用されているのは、鈴木俊隆著『禅マインド ビギナーズ・マインド』の言葉だ。この自伝では、ヘリゲル著『弓と禅』の文章を繰り返し引用し、禅の精神について何度も言及している。
また、アップル創業者のスティーブ・ジョブズは終生、禅と深くかかわり、禅僧の鈴木俊隆と知野(乙川)弘文を師と仰いでいた。彼はこう語っている。
「僕は禅に大きな影響を受けるようになった。日本の永平寺に行こうと考えたこともある」
ジョブズの結婚式を執り行ったのは曹洞宗の僧侶・知野弘文だ。結婚式では、弘文が木魚を叩き、銅鑼(どら)を鳴らし、香を炊いてお経をあげた(アイザックソン著『スティーブ・ジョブズⅠ、Ⅱ』)。
ジョブズに影響を与えたのは、禅だけではない。禅に触れる以前、10代の頃、親友の家で見た日本の新版画家、川瀬巴水(はすい)からも大きな影響を受けている(NHK NEWS WEB「スティーブ・ジョブズ 「美」の原点」)。
「巴水こそベストだ!」
「シンプルがいい。この美的センスが好きだ。この感性が好きだ」
ジョブズは、巴水の美的センスに強く共鳴していた。彼は日本に来るたびに画廊を訪れ、巴水の新版画の購入を続けた。彼が好んだのは、無駄を省いた洗練された作品だ。
ジョブズがマッキントッシュ・コンピュータを発表する2週間前には日本で巴水の作品4点を購入している。たびたび日本を訪れていたジョブズは、亡くなる半年前にも京都を訪ねている。亡くなる前の病床には、巴水の版画の額がかかっていたそうだ。
ジョブズがつくったアップル製品が、ぎりぎりまでそぎ落としたミニマリズム的な美を追究するのも、ジョブズの厳しく絞り込んでいく集中力も、その原点は禅の精神や巴水の作品など日本的なものにあるのだろう。
オニツカタイガーとソニーに学んだフィル・ナイト
スティーブ・ジョブズもフィル・ナイトも、創業の段階から、日本企業の影響を受けている。
フィル・ナイトのスポーツシューズ・ビジネスの原点は、日本のオニツカタイガーのブランドに心引かれ、米国でタイガーブランドのランニングシューズの輸入販売を始めたことだ。
ナイトがスポーツシューズ・ビジネスを始める原点は、彼がスタンフォード大学のMBA在籍時のリポートで「日本製のランニングシューズを売る」という起業プランを書いたことだ。
またナイトとジョブズがともに影響を受けた企業がある。ソニーである。
「私たちにも手本とする会社がある。たとえばソニーがそうだ」
「問われると、私は幾度となく自分の会社をソニーのようにしたいと答えていた」(フィル・ナイト)
ジョブズは、次のように語っている。
「トリニトロン、ウォークマンといったソニー製品にどれだけわくわくしたか」
「コンピュータ界のソニーになりたい」
「私たちは、ソニーを尊敬している。彼らには革新という確かな歴史があり、すばらしいデザインも創り出している」
顧客にアップルブランドの世界観を体感してもらうアップル・ストアの原点は、ソニーのショールームである。
ジョブズは、ソニーの成功に学び、とくにソニーの共同創業者、盛田昭夫との絆は強かった。
1999年にサンフランシスコで行われた新しいiMac発売のイベントの冒頭では、その直前に亡くなった盛田を追悼している。盛田なき後、時代の転換点の中で不振に陥ったソニーを反面教師にもした。
ちなみに、ジョブズのトレードマークでもある黒のタートルネックのセーターは、日本に出張したとき、ソニーの工場で働く人々が制服を着ていたことに影響を受けて、日本人デザイナー三宅一生に大量に発注したものだ(アイザックソン著『スティーブ・ジョブズⅡ』)。
「気に入った黒のハイネックを作ってくれとイッセイに頼んだら、100着とか作ってくれたんだ」(スティーブ・ジョブズ)
世界ブランドとなったアップルもナイキも、日本との関係なくして生まれなかった。日本には、間違いなく世界ブランドを生み出すポテンシャルがあるということだろう。
ブランドづくりにおいて、大切なことは足元にある。日本的な強みを生かすことができれば、日本の企業は、強い世界ブランドを生み出すことができるはずだ。
[日経ビジネス電子版 2021年12月20日付の記事を転載]
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