国内市場が縮小するなかで企業が成長していくためには、海外展開は1つの選択肢。静岡の小さな農業者集団がつくる高糖度トマト「アメーラ」は、2019年からトマトの本場、スペイン・アンダルシア地方で生産・販売を開始、その品質は高く評価され、現地の一般のトマトよりも10倍以上高い値段で売れている。アメーラがヨーロッパで受け入れられた要因の1つは、生食用トマト生産のリーダーであるオランダとは正反対の戦略を採ったこと。後発の企業がブランドを構築するにはどうすべきなのか。静岡県立大学教授・岩崎邦彦氏による著書『世界で勝つブランドをつくる』(日本経済新聞出版)から一部を抜粋し、その秘訣を紹介する。

ライバルと違うことをする

 ライバルに「追いつけ、追い越せ」の発想では強いブランドは生まれない。他と違うことをすることが、ブランドづくりだ。

 海外の先行ブランドと同じ土俵で戦っても、日本から来た後発のブランドは埋もれてしまう。既存商品がひしめく、ジャングルに種をまいたとしても、誰も気づいてくれない。

 海外マーケットでブランドをつくるためには、現地のリーダーを見つけ、その逆を行くことが有効だ。「リーダーに追いつこう」という発想を捨て、「リーダーと違うことをする」のである。逆張りの発想だ。

 かつて、ビジネス用のメインフレーム(大型コンピュータ)において圧倒的シェアを誇った巨人IBMに、マッキントッシュという小さなパーソナルコンピュータで挑んだアップルの戦略である。

 2009年のマッキントッシュ誕生25周年のイベントで、スティーブ・ジョブズは、合成音声で マッキントッシュにこう語らせている。

「こんにちは、マッキントッシュです。スピーチは慣れていないので、IBMのメインフレームに初めて会ったとき思いついた格言をご紹介しましょう。『持ち上げられないコンピュータを信ずることなかれ』、です」

 先行ブランドの逆を行き、土俵を変える。そうすれば、後発企業でも一番になれる可能性が生まれるはずだ。

非効率を強みに変える

 ヨーロッパにおける生食用トマトのリーダー国は、オランダである。オランダは、先端技術を導入した「スマート農業」で、世界の施設園芸をリードしている。

 オランダ型のスマート農業が目指すのは、「収穫量」と「効率性」の追求である。日本からも、情報通信技術(ICT)やロボット技術、人工知能(AI)などを活用したスマート農業を学ぼうと、農業関係者がオランダ視察に訪れている。

 一方、アメーラが目指すのは、「独自性」と「品質」の追求によるブランド力の強化だ。スマート農業先進国であり、生食トマトのリーダー国オランダの逆にポジショニングする(図表1)。

図表1 オランダの逆にポジショニングする
図表1 オランダの逆にポジショニングする
(出所)『世界で勝つブランドをつくる』179ページ
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 トマト小国日本が、第二のオランダを目指しても、勝ち目はない。オランダのトマト生産が「効率性」を追求するのに対して、アメーラは、ある部分「非効率」を強みに変えようという発想だ。

「アメーラは、ヨーロッパの一般的なトマトと明らかに違う特性がある。一般的なトマトとは異なるポジションをとると良い」(フランスの種苗会社社長)

25段か、3段か

 典型的なオランダのトマト栽培は、幹を高く伸ばし、トマトの実を何段にもつける多段栽培だ。25段にも達する幹もある。人の背丈の何倍もの高さだ。

 一方、アメーラは、養分を苗全体に行き渡らせ、糖度と栄養価を高めるため、わずか3段の低段栽培だ。幹は、人の背丈ほどの高さしかない。

オランダの「多段栽培」(写真:サンファーマーズ提供)
オランダの「多段栽培」(写真:サンファーマーズ提供)
アメーラの「低段栽培」(写真:サンファーマーズ提供)
アメーラの「低段栽培」(写真:サンファーマーズ提供)

 アメーラは、「量」を犠牲にしても、「質」を追求する。手間をかけ、きめ細かい栽培管理をすることで、糖度・酸味・うま味が絶妙なバランスで凝縮したトマトが生まれる。一見無駄に見える部分が、ブランドの競争力を生み出す源泉となる。

 写真を見てほしい。人の大きさとトマトの背丈を比較すると、アメーラとオランダのトマトの生産方法の違いは明らかだろう。

スマート化で失われたもの

 スマート農業先進国、オランダのトマト栽培の文献を読むと、「多収技術」「効率化」「省力化」という言葉は頻繁に出てくるが、「ブランド化」「個性」「独自性」「こだわり」といった言葉は皆無に等しい。

 ベルリンやマドリードの国際展示会では、各国のバイヤー・流通業者に対し、オランダ産トマトの評価を聞いた。多かった意見は、オランダの大玉トマト・中玉トマトは、「水っぽい」「コクがない」というものである。ミニトマトについては、「甘さはあるが、うま味がほとんどない」という意見が多かった。

 オランダから参加しているバイヤー・流通業者には、アメーラを実際に食べてもらい、感想を聞いた。

「オランダには、アメーラのようなトマトがない」
「アメーラは、味がある」
「懐かしい味」
「昔のトマトの味がする」

 これらの意見から示唆されることは何か。

 収穫量や効率性を追求する「いわゆるスマート化」の進展によって、失われてしまったものがあるということだろう。

スマート化のパラドックス

「収穫量」と「効率性」という共通のモノサシでスマート化を進めると、商品の品質のバラツキは少なくなり、同じような商品が効率的に、たくさん生産されるようになる。

「ヨーロッパのトマトの味は、どれも違いがない」

 同質化と供給量の増大の先にあるのは、熾烈な価格競争である。コストを下げるために、さらなるICT投資が必要になってしまう。「スマート化のパラドックス」だ(図表2)。

図表2 ICT化による「同質化・低価格化」の悪循環
図表2 ICT化による「同質化・低価格化」の悪循環
(出所)『世界で勝つブランドをつくる』183ページ
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 一方、「品質」と「独自性」を追求すると、ブランド力が高まり、価格競争に巻き込まれにくくなる。「ブランド化による好循環」が生まれるということだ(図表3)。

図表3 ブランド化による好循環
図表3 ブランド化による好循環
(出所)『世界で勝つブランドをつくる』183ページ
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 アメーラがスペインにおいて、高価格で売れ続けているのは、量や効率性ではなく、質と独自性を、徹底的に追求しているからだろう。

 今日の「いわゆるスマート化」は、サッカーに例えると、みんなが同じゴールに向かっているようなものだ。競争は熾烈になる。収穫量も効率性も、一本のモノサシが存在するので、勝ち負けがはっきりする。量の競争の行きつく先は、同質化であり、価格競争だ。

 ブランドづくりのゴールは、ひとつではない。独自性や質には、一本のモノサシがないため、単純な勝ち負けの勝負にはならない。独自性の追求の先にあるのは、競争ではなく、共存である。

ICTでできないことが武器になる

 もちろん、モノづくりにおいては、ICTを活用した「いわゆるスマート化」の役割は大きい。アメーラの生産も、ICTの恩恵を大いに享受している。

 たとえば、ハウス内の気温、湿度、二酸化炭素などの環境調整、日照量に合わせた水分量、養液量などの自動制御、精度の高い出荷量予測システムなど、ICTを活用しなければ不可能だ。

「ICTは道具」(稲吉正博 サンファーマーズ社長)

 それほど遠くない将来、ICT、AI関係の技術を誰もが安価で使えるようになる時代が来るはずだ。ICTやAIによる農業支援システムが普及すれば、栽培技術の巧拙にかかわらず、安定した品質・量の農産物の生産ができるようになる。

 つまり、ICT化やAIの活用が進めば進むほど、「ICTやAIでできないことが武器になる」ということだ。ブランドづくりの肝は、ICTではできない部分にある。

 スマート(smart)という英語は、賢い(clever)という意味だ。

 真のスマート農業は、単なるICT、ロボット技術、AIの導入ではない。「ICT等の活用」と「ブランドづくり」を“掛け算”することだろう。


日経ビジネス電子版 2021年12月21日付の記事を転載]


輸出したのはトマトではない、「ブランド戦略」である!

 静岡の小さな農業者グループがつくる日本発のトマトが、なぜ、トマトの本場スペインで 最も高く売れるようになったのか?

 どうすれば日本発のブランドを、世界ブランドに育てられるのか?

 ブランドの「軸」づくり、市場調査、イメージの訴求に始まり、ネーミング、ロゴ、パッケージデザインまで、実践プロセスと理論を“掛け算”しながら、その答えを探索し、具体的に提示する。海外市場を目指す企業、必読の書!

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