新型コロナウイルスによって、多くの企業でリモートワークが定着した。通勤時間の削減などメリットも多いが、新たな発見や出会いの減少など、いくつかの課題も出てきた。同じような毎日から脱却し、日常に新しさを取り入れるためにはどうしたらいいのか。
 本稿では、『どこでもオフィスの時代』より、ベストセラー著作家の山口周氏が提案するこれからの時代を生き抜くヒントを一部抜粋、編集し紹介します。

「通勤がラクな場所」に住むことは重要ではない

 自分にとってしっくりくる「場所」を見つけるというテーマについては、他でもない僕自身がかつてよく考えた経験があります。

 僕が東京の深沢から神奈川県の葉山に移住したのは2015年ですが、当時、周囲からは「通勤が大変だぞ」「ワークパフォーマンスが落ちるぞ」とずいぶん脅されました。

 その際に背中を押してくれたのがアップルの元CDO(最高デザイン責任者)、ジョナサン・アイブのエピソードです。iMacのデザイナーとして知られるジョナサン・アイブですが、当初アップルに入社するか迷っていたそうです。その理由は、アップルの社屋があるカリフォルニア州クパチーノが、自分の住んでいた街から約60kmも離れていたから。車で片道1時間弱もかかる上に、クパチーノは物価が高く、何よりアイブは住んでいた街をとても気にいっていたので引っ越したくなかったのです。

 迷った末にアイブは、車でクパチーノに通うことを決めアップルに入社します。その後の彼の活躍は皆さんもご存じの通りです。アイブのエピソードを読んで自分の中で「ま、いいか」と吹っ切れ、葉山への移住を決めました。

 主体的に決めることの重要性は、リーダーシップの問題にも関わってきます。みんながこっちを向いているから自分もこっちではなく、誰が何と言おうと自分はこれがいいと思うからアクションを起こす胆力。好きなものは好きと堂々と言える鈍感力と言い換えてもいいかもしれません。まずはそれを回復することが大切です。

「飽きている自分」に気づく能力を高めよう

 今いるところから「場所」を変えることは、基本的に不快なことだと思います。というのも、同じ場所に居続ける方が、脳にとって情報処理の量が少なくラクだからです。昨日寝る前に見た風景と、今朝起きたときに見る風景が同じであれば、脳に負荷がかかりません。同じ場所にいると、脳はすごくラクができるわけです。

 それに対して、場所を移動して知らない環境に身を置いた途端、脳は新しい情報をどんどん取り込んで処理しなくてはならなくなります。だから、脳にとって「場所」を変えることは、ある意味「不快」なのです。

 海外に出かけていく。移住をする。転職をする。どれも「場所」を変えることですが、そうした変化に積極的になれない人も大勢いると思います。今すでに疲れているから、これ以上脳に負荷をかけたくないということなのかもしれません。日本の社会全体が、脳に負荷をかけるような体験をする機会そのものをどんどん減らしているようにも思えます。「脳に負荷をかける」とは、言い換えれば、新しい刺激を受けるということです。反対に、刺激がなく脳に負荷がかかっていない状態は、「飽きている」と表現することもできます。そして、僕はこの「飽きる」ことに対する感度が生きていく上でとても大切だと考えています。

 例えば、序文に書いた通り僕の場合、2015年に東京から葉山(神奈川)に移住しましたが、その理由は「東京に飽きたから」でした。もうこれ以上東京にいても、脳に負荷をかけるような新しい刺激に出会えないと感じたのです。

 幸福と創造性に関する研究で知られる心理学者のM・チクセントミハイ氏は、こんな研究結果を残しています。創造性というと一般的に若い人に多く見られる特性で、加齢と共に失われていくものであるように捉えられていますが、歳をとっても創造性が落ちない人たちを研究したところ、唯一の共通点として「退屈が大っ嫌い」であることが判明したのです。あらゆる角度から研究しても、それ以外の共通項は一切見当たらなかったそうです。

 「飽きる」とは、要は脳が新しい情報をほとんど取り込まず、学習していないということ。ですから、自分は今の状況に飽きているのかもしれない、自分の脳は何らかの負荷を求めているのかもしれないと察知する能力は、とても大切なのです。

 では、「飽きている自分」に気づいたときにどうすればいいのでしょうか?

 僕はいつも「ダーツを投げてください」と答えるようにしています。「ふざけるな」と怒られるかもしれませんが、まじめに言っています。

 僕は、戦略コンサルタントとしてキャリアを歩んでいた時期もあるので、職業柄「次は何が来ますか?」とよく尋ねられます。これから就くべき仕事、入社すべき会社、立ち上げるべき事業、作るベき商品やサービス……などなど、次に何をすべきかについてアドバイスを求められる場面が多いのです。

 でも、僕の答えはだいたいいつも同じです。「そんなのわからないから、ダーツを投げて決めれば?」と。そう答えると、相手の方は困惑したような顔をされますが、可能な限り誠実に回答しているつもりです。

 要は、そろそろ「正解思考」をやめませんか?ということです。

 この本のテーマである、個人の生き方と「場所」に関しても同じです。自分が何をしたら楽しいか、心がときめくかは事前にはわかりません。絶対に予定調和せず、事後的にしかわからないのです。ですから、心がときめくような新しい物事との出会いは、ダーツを投げるように探すしかありません。

 たくさんのダーツを投げて、出会いそのものを増やしていく以外にないと思います。早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄さんが「クリエイティビティは人生の累積移動距離に比例する」とおっしゃっていますが、僕も同感です。移動することそのものに短期的なメリットはありませんし、場合によっては損する場合さえあるかもしれません。

 それでも場所を変え続ける多動性は、長期的に見ると、脳を飽きさせずいつまでも創造的でいるためにとても大切な要素であると言えます。

「好きな場所で働けるか」で競争力に差がつく時代に

 2020年の秋にコンサルティングファームのマッキンゼー・アンド・カンパニーが「What’s next for remote work: An analysis of 2,000 tasks,800 jobs, and nine countries(リモートワークの次の展開:2,000の仕事、800の職業、そして9つの国を分析した結果)」と題するレポートを発表しました。そのレポートには、「新型コロナウイルスの流行により、働く人の20%以上が週に3~5日のリモートワークで、オフィスにいるのと同程度効率的に仕事ができるようになり、この状態が続けばコロナ前の3~4倍の人が在宅で仕事をするようになる。結果、都市の経済、交通、消費行動、その他さまざまな点に甚大な変化を及ぼすことになるだろう」と書かれています。

 これは単なる予測に過ぎませんから、当たらない可能性も十分にありますし、僕自身日ごろから「予測は当てにならない」と繰り返し主張しているので、これを根拠にするつもりもありません。しかし、リモートワークと出社のハイブリッド型の働き方を、これだけたくさんの人が経験した以上、パンデミック収束後も元の状態に完全に戻ることはまずないでしょう。

 さらにこのレポートは、アメリカの各産業分野において労働時間の何割をリモートで仕事するようになるかも予測しています。

 上位にランクインしているのは、まさに東京の丸の内や大手町のオフィスで働いている人たちの仕事です。仕事をしている時間の6~8割がリモート、つまり平日5日のうち3日以上オフィスに行かなくてもいいという状況になりつつあるわけですが、ここで皆さんによく考えていただきたいことがあります。

 それは、コロナ前に就職先や転職先を探す際、「週に1回しか出社しなくていい会社はないかな?」と考えていた人がいたか、ということです。

 おそらく、その視点で会社選びをしていた人はほとんどいなかったでしょう。誰もが「会社には毎日行くものだ」と信じていたからです。ところがパンデミックによりリモートワークが推奨され、「オフィスに出てくるな」とさえ言われるようになりました。それでも仕事は回り、特に支障がないこともわかってしまいました。つまり、「会社には毎日行くものだ」と信じていたことが、フィクションにすぎなかったと露呈したのです。

 たくさんの人がフィクションに気づいたことで、現在大移動が起きています。東京の自宅を手放して、軽井沢や湘南など都心に1~2時間でアクセスできる場所に移住する人が増え、その地域の地価がかつてないほど上がっています。みんなが動くタイミングで動いたために高値摑(つか)みをしてしまっている人も少なくないと聞きました。

 でも、実は3年前でも一部の人は、「会社には毎日行くものだ」はフィクションだとわかっていました。遠隔地にいても仕事がスムーズにできるテクノロジーがこれだけ発達しているのだから、何もオフィスにいなくても好きな場所で仕事はできるよね、と判断していたファーストムーバー(先行者)はいたのです。今、世の中にどんな技術があるか、そしてどんな人生を生きていきたいかを常に自分の頭で考えるようにしていれば、みんながフィクションだったと気づくはるか前に行動を起こせます。

 私たちが根拠なく信じているフィクションは、きっと他にもあると思います。今は気づいていなくても、5年後に「なんだ、あれはフィクションだったんだね」と判明することがいくつもあるはずです。例えば「本社は1か所にあるもの」というのもそうでしょう。都心の一等地に大きなビルを建ててそれを本社にするのが当たり前とされてきましたが、コストのかからない地方に置いてもいいでしょうし、もはや物理的な拠点を持つ必要さえなく会社はクラウド上にあればいいという時代がいずれやってきます。

 そして、みんなが当たり前の「前提」としてしまっているフィクションに気づけるファーストムーバーでいるためには、「考える強度」が必要なのです。

(写真:LOGVINYUK YULIIA/Shutterstock.com)
(写真:LOGVINYUK YULIIA/Shutterstock.com)

日経ビジネス電子版 2021年12月6日付の記事を転載]

働く場所を選ぶことで
人生の主導権を取り戻そう

 時代に左右されない究極のハイパフォーマーになる方法は「いつものオフィス」から抜け出すことだった――。
 リモートワークが「あたりまえ」になったいま、“働く場所”を考えることは人生の主導権を自分に取り戻すことにつながる!
 山口周氏による序文・コラムをふんだんに盛り込んだ、人生の質が劇的に上がるワーケーション超入門。