どのようにコスト優位や差別化を実現するのか。マイケル・ポーターの名著『 競争優位の戦略 いかに高業績を持続させるか 』(M・E・ポーター著/土岐坤、中辻萬治、小野寺武夫訳/ダイヤモンド社)を、岸本義之・武庫川女子大学経営学部教授が読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔戦略・マーケティング編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。
競争優位の源泉を具体的に特定
マイケル・ポーターは『競争優位の戦略』で、バリューチェーン(価値連鎖)の枠組みに沿って社内の活動を理解すれば、コスト優位や差別化といった競争優位の源泉を具体的に特定できるとしています。
コスト低減というと、要素を細かく分解して、個別に改善することが一般的です。しかし、社内の活動を社外に出す方が低コストという場合もありえます。
複数の活動間の関係によってコストが変わる場合もあります。例えば、生産管理のコストを上げると、検品やサービスを効率化でき、総コストが減ることがあります。
バリューチェーンを根本から組み替えることもありえます。例えば米国のサウスウエスト航空は、大型空港をハブとする大手航空会社とは異なり、空港利用料の低い二次空港や中小都市を直行で結ぶルートをとり、顧客サービスを省略することで低価格戦略を実現しました。
差別化の源泉に関しても、バリューチェーンの特定の活動が鍵を握ることがあります。ただし、製品そのものの優位性による差別化だけでは、模倣されやすいという問題が起こりえます。
チャネルの評判のよさで差別化が実現することもあります。チャネルとの良好な関係性を構築することは容易ではないので、後発の他社に模倣されにくいという利点があります。
複数の活動間の関係によって差別化につながる場合もあります。例えば、受注から納品までの時間の短さが重要視される場合、受注処理や社内連携のスピードが重要になります。
バリューチェーンの組み替えによる差別化として、自社製品を販売するだけでなく、関連する外部商品をワンストップで提供するという方法もありえます。これは顧客の利便性が向上するだけでなく、外部のサプライヤーに購買量を背景にして仕入れ価格を低減させるという効果もあり、高いマージンが実現しやすくなります。
バリューチェーンを用いたコスト管理
Q バリューチェーンの枠組みを使ってコスト優位を生み出せるのですか?
A ポーターは本書の中で、「コスト・ドライバー」(訳書ではコスト推進要因)という言葉と、「コスト・ビヘイビア」という言葉を使っています。ポーター自身はこの用語の定義を説明していないのですが、前者はインプットとしての「どの活動がどのようにコストを増加させるのか」、後者はアウトプットとしての「コストがどのような挙動を示すか」を表すと考えるとよいでしょう。
例えば、生産規模が大きくなると一般的に製品当たりのコストは低下しますが、逆に原材料を常に大量に調達し続けないといけないため、場合によっては購買コストが上がってしまうこともあります。この場合、調達活動と生産活動において別のコスト・ドライバーが働いていて、コスト・ビヘイビアとしては「生産量が一定まで増えるとコストは下がるが、それを超えるとかえってコストが上がる」ということになります。
このような関係を理解する上で、バリューチェーンという枠組みは役に立ちます。バリューチェーン内の複数の活動のおのおのについてコスト・ドライバーを理解すれば、自社で内製化した方がよい活動と、社外に委託した方がよい活動の区別もつきやすくなります。
ポーターは、コスト・ドライバーは10種類あると示しています。そのうちの(1)規模の経済性(2)習熟度(3)キャパシティー利用のパターン──の3つについては、一般的に理解されていることです。しかし、(4)連結関係=自社のバリューチェーン内、または他社の活動との関係性によって、トータルのコストが下がる(5)相互関係=自社の他の事業との協力などによってコストが下がる(6)統合=川上または川下の活動を自社内に取り込んでコストを下げる──の3つは、バリューチェーンという枠組みを用いることによって明確化されたと言えます。
ちなみに残りの4つは(7)タイミング(8)ポリシー選択(9)ロケーション(10)制度的要因──です。
バリューチェーンを用いた差別化
Q 差別化の源泉はどうすれば見つけられるのですか?
A 差別化は、顧客(買い手)にとって意味のある価値を生み出すことによって実現します。買い手にとっての価値とは「買い手のコストを下げる」か「買い手の実績を上げる」かであると、ポーターは言います。
このことは、企業向けビジネスにおいては明快です。自社の競争力を高めてくれるような商品・サービスには価値があり、それが競合他社から供給されないとなれば、プレミアム価格を払うことになるでしょう。例えば納期が早くて正確という場合も、それによって買い手企業の操業率が高められるのであれば、プレミアム価格につながる可能性があります。
消費者向けビジネスにおいては、買い手にとっての価値はより微妙です。「買い手のコスト」の中には、時間的コスト(すぐに見つけられる)や心理的コスト(悩まずに済む)も含まれます。「買い手の実績」には、主観的なニーズを満たして満足度を上げることが含まれます。
多くの企業では、差別化という言葉は、「製品差別化」として理解されています。つまり、製品の性能や機能、品質に注力することが重要という考え方です。しかし、買い手は必ずしもそうは捉えていません。むしろ、製品そのものはどの会社も似たり寄ったりで、ブランドの評判やサービスの違いの方が顕著ということも多くあります。
差別化の源泉は、バリューチェーン内の様々な活動の中にあります。買い手の購買基準は何なのかということを理解することが重要です。
デルのIT化された「富山の置き薬」方式
Q バリューチェーンの組み替えで競争優位をつくれるのですか?
A デルはインターネット直販で急成長した企業として有名ですが、既存のパソコンメーカーとは異なるバリューチェーンを選択して、競争優位の源泉を形成しました。デルが急成長を遂げていた2000年ごろの米国パソコン市場では、コンパックが店舗販売分野での低価格販売で大きなシェアを占めていた時期でした。
当時のパソコンの店舗チャネル販売においては、小売りの店頭とメーカーとで合計75日分くらいの在庫を持っていました。年に3回程度モデルチェンジをしていたので、そのたびに店頭の旧型モデルが大幅に値引きされていました。ダイレクト販売を行っていたデルは、いわゆるBTO(ビルド・トゥ・オーダー、受注生産)なので、店頭在庫を持つ必要がなく、旧モデルの値崩れの心配も必要ありませんでした。00年ごろのデルの在庫日数は、部品在庫のみで6日だったと言われています。
デルの部品在庫受発注の仕組みはVMI(ベンダー・マネージド・インベントリー)と呼ばれるもので、いわばIT(情報技術)化された「富山の置き薬」方式です。部品メーカーは、デルのパソコン組み立て工場のすぐ横に部品置き場を持っていて、デルは顧客からの注文に応じてパソコンを組み立てる際、必要な数だけ、その置き場から部品をピックアップします。
この瞬間に部品メーカーからデルへの売り上げが立つ(所有権が移転する)わけです。デルは部品メーカーに対して「いつまでに何の部品を何個納品してほしい」というような発注指示は出しません。その代わりに、日々の顧客からの受注状況(どの型のパソコンが何台売れているか)の情報を部品メーカーに公開しています。
部品メーカーとしては、リアルタイムでエンドユーザーへの売れ行き情報が分かるため、それに合わせて生産計画を見直すことができます。間にパソコンメーカーをはさんで「伝言ゲーム」を行うよりも、エンドユーザーの情報を直接見ることの方が有効という考え方です。こうした工夫もあって、デルは在庫を極小化できていました。
部品価格の下落メリットを“独り占め”
では、在庫が極小化できると、どういうメリットがあったのでしょう。00年当時は、パソコンの主要部品である半導体価格が急速に下がるという現象が起きていました。ある世代の半導体が開発された当初は歩留まり率が低く、価格が高いのですが、量産効果が表れ始め、習熟効果によって歩留まり率が上がることで、毎月のように価格が低下するという現象が起きていました。つまり、ある日に同じようなパソコンが売られていたとしても、片方は75日以上前に買った高い半導体を組み込んでいて、もう片方は6日前に買った安い半導体を組み込んでいる、というようなことになっていたのです。
ネットによるダイレクト販売という点が脚光を浴びたデルですが、その裏では、地味ながらも在庫回転率の高さによるコスト優位性を生み出していたというわけです。このコスト優位は、バリューチェーンの中の個別要因を改善して生み出したものではなく、バリューチェーンそのものを組み替えることによって得られたものなので、コンパックなどの従来型メーカーは容易には追随ができなかったのです。
では、差別化という観点においてはどうだったのでしょうか。デルは「買い手の価値」を高める上で、当初は大企業ユーザーに焦点を当てました。大企業でのパソコンの買い替え需要において、システム部門は悩みを抱えていました。ユーザーである従業員が、職種ごとの利用ニーズに応じて、様々な機種・性能のものを欲しがるようになっていたのですが、それにいちいち応えていては管理が極めて煩雑になってしまうのです。
デルは大企業向けの営業部隊を編成して、そうしたシステム部門を訪問し、「企業内のイントラネット上の画面を通じて、システム部門が事前に設定した範囲内で、各ユーザーが自由に機種・性能を選択してパソコンを買い替えられる仕組み」を提案して回ったのです。
「本当の買い手」の課題を解決
大企業の従業員は自分の業務ニーズに合った機種を選択でき、システム部門は統合的に仕様を管理・把握することが容易にできるようになりました。いったんこの仕組みを導入すれば、よほどのことがない限り、この企業はデルの用意した仕組みを使い続け、デルのパソコンだけを買い続けてくれることになります。同じ性能であれば他社のパソコンよりも安く価格が設定されているため、システム部門としては一石二鳥です。
デルにとっては、「本当の買い手」(意思決定者)のニーズを解決して価値を提供できただけでなく、スイッチング障壁(他社に切り替えるためにかかる追加的なコスト)をつくり出すこともできたのです。これもまた、バリューチェーンの組み替えによってもたらされた優位性であり、旧来型の同業他社では容易に追随できないものとなりました。
ポーターが『競争優位の戦略』を著した1985年当時は、このような鮮やかなバリューチェーンの再編成は想像できなかったはずです。インターネットブームのころに登場した企業のうち、すぐに姿を消してしまった企業も多かったのですが、それはバリューチェーンの一部をネットに置き換えただけだったと言えるのでしょう。それに対して、デルやアマゾン・ドット・コムはバリューチェーンの再編成に成功したため、ITバブル崩壊を乗り越え、一時代を築いたと言えるでしょう。
ポーターら巨匠の代表作から、近年ベストセラーになった注目作まで、戦略論やマーケティングに関して必ず押さえておくべき名著の内容を、第一線の経営学者やコンサルタントが独自の事例分析を交えながら読み解きます。
日本経済新聞社編/日本経済新聞出版/2640円(税込み)