日本のダイバーシティ&インクルージョンの最前線をいくポーラ社長の及川美紀さんには、執行役員時代から何度も読み返す大切な本がある。それは、マネジメントとリーダーシップを学べるバイブル。社長になった今も、本の一部を手帳に挟み、「反省」しながら読み返しているという。

 読書は好きです。でも、そもそも私、あまり難しすぎる本は読まないんですよ。本を選ぶときは、雑誌の書評などで話題になったものや友人がSNSでおすすめしている本を手あたり次第に読むことが多いですね。

 ネットとリアルの書店、どちらも利用しますが、ネットでの購入ばかりだと、“思いがけない出合い”がない。書店でふと出合ったときの、あの高揚感、いいですよね。

「隙間時間があると、書店に足を運んで実際に本を見ながら選んでいます」
「隙間時間があると、書店に足を運んで実際に本を見ながら選んでいます」
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読む人の状況次第で良書になる

 読書が面白い、と感じるのは、自分の置かれた状況やタイミングによって、響き方がまったく違ってくるからです。これまで研修の課題図書などでたくさんのビジネス書を読んできましたが、最初に読んだ当時はピンとこなかったものもたくさんあります。

 でも、その後、ステージが変わったり、課題にぶつかったりしたとき、ヒントを求めて再び読み返してみると、「なにこれ、すごくいいことが書いてある!」と思うことって意外とあるんです。

 要は、読む人の状況が、良書にもするし、“つまらない本”にもするということなんだな、と。

 課題図書だと渡されて心がなかなか動かなかった私もそうだったように、自分がそのことに対してニーズを感じているかどうかで、血肉にできるかどうかも変わる。どんな本だったとしても、自分のタイミングが合えば、スッと心に入ってくる。私自身、そんな経験をしたのが、まさにこの一冊です。

ダイバーシティマネジメントの原点に

 この 『第2版 リーダーシップ論』(ジョン・P・コッター、ダイヤモンド社) との出合いは、執行役員になったばかりの2014年の頃。2012年に発売され、当時から話題だったのですが、社内のコーチングプログラムの研修を受けた際にすすめられた本でした。

及川さんが何度も読み返している『第2版 リーダーシップ論』
及川さんが何度も読み返している『第2版 リーダーシップ論』
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 なかでも、自分にとってのエポックになったのが、この本の主なテーマでもある“マネジメントとリーダーシップの違い”についてです。

手帳に挟み持ち歩く、本の一部

 組織を動かしていくには、マネジメントとリーダーシップという2つの異なる視点の両方が必要。大局と局所的な部分、どちらにも偏らず、きちんと使い分けていかなくてはいけないのだと知りました。

 私自身、課長時代まではそれまでの経験やスキルでなんとかなったのですが、役職が上がって、経営陣とセッションしながら大きなことに取り組んだり、メンバーに動いてもらったりする場面で、うまくいかなくなったことがあるんです。

 “鳥の目”で上から全体を、“魚の目”で下からも見て、“虫の目”で横方向もくまなく眺める。全方向の視点から組織を見ていくことが重要なんですよね。そんなマネジメントの原理原則が分かりやすく書かれています。

 特に、本の中にある「変革の8段階」の表は、今でも手帳に挟んで常に持ち歩いているほどです。チームビルディングと組織の役割、そして個人との関係性が説いてあって、それぞれの段階ごとに何をすればいいか、明確に記されています。

何度も見返しているので、コーヒーをこぼした痕があったり、破れていたり(笑)
何度も見返しているので、コーヒーをこぼした痕があったり、破れていたり(笑)
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 このなかで難しいのが6段階目「短期的成果をあげる計画策定・実行」から7段階目「改善成果の定着と更なる変革の実現」へのステップ。きっと、成果を上げた段階でどこか安心してしまうのでしょうね。文化として連鎖の中で根付かせていくのが難しい。過去にもこのステップでつまずいた経験があります。

 昔、事業部のトップを務めていた時、私が異動した後に、その組織の業績が下がってしまったことがありました。その時、かつての上司で、当時の社長からこう言われたんです。

君のリーダーシップは中途半端

 「自分がいなくなっても成長する組織をつくらないと、君のリーダーシップは中途半端だったということになる。自分がいなくなった後も成長できる組織をつくることができたら、君はリーダーとして本物なんだ」と。その言葉が胸に響きました。それがクリアできてこそ、7段階目に進むことができる。

 つまり、変革の連鎖を根付かせるということが、企業の継続的な成長において、とても大事だということ。「自分一人がうまくやればいい」ではなくて、後任を育成することも大事。そうした哲学もすべてこの本の中でひもとかれています。

 同時に、この本からは、「完璧じゃなくていいんだよ」というメッセージを感じました。「自分にできないことがあっても、チームでやればいい」と書かれてあり、なんだか肩の力がスッと抜けた気がしましたね。

「一人で抱え込むのではなく、チームで…この言葉に救われました」
「一人で抱え込むのではなく、チームで…この言葉に救われました」
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 実は昨年秋に、コロナ禍が続くなかでいったん原点に立ち返ろうと、再び本を開きました。改めて胸に響いたのが、「組織とは人を育てるものである」という部分です。

いまだ難しい「企業文化」づくり

 「組織というのは、才能を育み、リーダーシップを後押しし、失敗と成功に学ぶことを奨励する場であるべきである」という箇所を読み、まさに私がつくりたい組織を言語化してもらったような感じがして、これこそダイバーシティ&インクルージョンの原点だ! と思いを強くしました。

 本の中に何度も出てくるのが「企業文化」という言葉です。

 リーダーシップは、企業の文化にしていかなくてはいけない。でも、これを実践するのはすごく難しいとも書かれている。まさにその通りなんです。頭で理解して納得していても、いざ自分が実践しようと思うとなかなかできない…。リーダーシップは、結局、信頼や関係性などが大切で、「結局はあなたがどういう人間関係をつくるかにかかっている」と問われている気もします。

 キャリアアップするごとに影響範囲も広くなるし、やるべきことも気を配るべき人たちも増え、複雑になっていく。これがなかなか大変で、結局まだ自分自身に合格点をつけたことがなくて。失敗を繰り返しながらトライしているところです。ですから、私にとっては自分を振り返る「反省の書」でもあります。

 コッターの『第2版リーダーシップ論』が、組織変革、リーダーシップやマネジメントについての教科書だとしたら、その実践編ともいえるのが、この 『社員の力で最高のチームをつくる 1分間エンパワーメント』(ケン・ブランチャード、ジョン・P・カルロス、アラン・ランドルフ著、ダイヤモンド社) です。

「ビジョンと目的を伝えていくことで、メンバーは自ら仕事の中身を組み立てる」というメンバーのエンパワーメントに関わることが書かれた本
「ビジョンと目的を伝えていくことで、メンバーは自ら仕事の中身を組み立てる」というメンバーのエンパワーメントに関わることが書かれた本
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 いろいろと具体論が記されているなかで、気に入っているのが、コンビニの事例です。

どうしたら、人は動くのか

 いつもミスをするレジのアルバイトに、「お釣りは数えて渡す」とか「お金はここに置かない」とか細かく指示をしても、ミスがなくならない。そこで、「レジは、お客様に気持ちよく買い物をしてもらう場だから、あなたはお客様が気持ちよくなるようなことをすればいいんだよ」という“目的”を伝えた。すると彼は、今までやらなかった店の掃除をするなど、自発的に行動するようになり、レジの間違いもなくなったという話。

 果たして上司としての自分を振り返ったときに、目的の部分をきちんと伝えられてきたかなと考えるきっかけになりました。

 上司にあれこれ指示されるより、創意工夫しながら自分で取り組むほうが意欲も湧くし、次の課題も見えてきます。こんなふうに、人の心をちゃんと理解してマネジメントすることが大事、人間には「もっと良い仕事がしたい」という向上心があるということを信じる大切さに改めて気付かされました。

取材・文/西尾英子 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 写真/稲垣純也