ある社外研修でイギリスの階級社会についてリポートを書くことになり、その時に面白そうだなと手に取ったのが、ブレイディみかこさんの本との出合いです。

「ブレイディみかこさんの本はずっと大事にしたいと思っています」
「ブレイディみかこさんの本はずっと大事にしたいと思っています」
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多様性とは何か、を教えてくれた

 イギリス在住で保育士でもある著者が、あらゆる視点から社会の階層を考察していて、“ああ、ダイバーシティってまさにこういうことだよね”と、すごく腑(ふ)に落ちたんですね。しかも、お子さんを持つワーキングマザーでもあるので、どこか主婦目線というか、知的なママ友と会話しているような感覚で、なんだか親しみが持てるんですよ。

 『 ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 』『 ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2 』(ブレイディみかこ著、新潮社)は、イギリスの中学校に通う息子さんの成長の日々が綴られたエッセイ。

 手に取った当時、書店では、夏休みの中学校の課題図書として展開されていましたね。ふと興味を引かれて読んでみたところ、人はそれぞれ属するコミュニティーによって、これほど視点が大きく違ってくるものなのだなと、改めて感じさせられました。

 ブレイディみかこさんのお子さんは、イギリスではアジア人だと言われ、一方、日本では“ハーフ”や“外国人”として扱われる。多様化がどんどん進む世の中で、コミュニティーの在り方はいったいどうなっていくのか。そして、私たち自身はどこまで視野を広く持つべきなのか。

 中産階級や、それこそ著者がいうところの“地べた”、ブルシット・ジョブといわれるような仕事をしている人たち、あるいはアッパーなハイクラス層…そんなさまざまな立場の人たちをフラットな視点で見ることの大切さが伝わってきました。

「私ならどうするか」という視点で、実際にあったエピソードを読んでいけるところもいいですね
「私ならどうするか」という視点で、実際にあったエピソードを読んでいけるところもいいですね
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 単なる表面的なものの見方ではなく、個人の持つ人間としての本質的な素晴らしさを見ていくことが大切なんだなと、考えさせられたんです。

ブレイディみかこの本の面白さ

 また、息子さんの視点が思いやりにあふれているんですよ。他人はどう考えるんだろうと、違った視点から物事を見ることができるし、自分の考えや感じ方を客観的に把握するメタ認知能力もあって、まだ中学生なのに素晴らしいなあと感動しながら読みました。

  『他者の靴を履く』(ブレイディみかこ著、文藝春秋) は、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の“大人の続編”とされる本です。

 「人はシンパシー(同感)ではなく、エンパシー(意見の異なる相手を理解する知的能力)が大切だ」という前作のテーマを掘り下げ、さまざまな視点からエンパシーについて論じられています。

『他者の靴を履く』この表現の由来も納得です
『他者の靴を履く』この表現の由来も納得です
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 ブレイディさんの本の面白さは、“コミュニティーの視点”と“個の視点”を行き来しながら、独自の視点と物事の捉え方で考察を深めていくところだと思うんです。

 ブレイディさんは、知識と情報量が非常に豊富な方なので、物事を理解し、判断する時に、それらと照らし合わせながら思考を深め、世の中に問いを投げかけ、さまざまな切り取り方を見せてくれる。そこに思わず引き込まれます。

 この本でも、いろいろな階層からの視点があります。“個人の能力は本当にさまざまで、その人が輝くステージが絶対にあるよね、だから人と同じじゃなくても大丈夫”というメッセージも感じる。読み終えた後は、なんだか勇気が湧いてきます。

「ブレイディさんの本には、『個人の持つ可能性をちゃんと見てあげようよ』という、温かい眼差しを感じます」
「ブレイディさんの本には、『個人の持つ可能性をちゃんと見てあげようよ』という、温かい眼差しを感じます」
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 実はこの前、私が参加しているコミュニティー(日本各地やアメリカなど、様々な場所に住む女性たちが「FOREVER LEARNING」をテーマに学び合うネットワークコミュニティー)で、『他者の靴を履く』を題材にして読書会を行ったんです。

 “内容がすごく難しかった”という人もいれば、“共感した。繰り返し読みたい”という人もいて、感じ方や捉え方が十人十色。みんなでそれを紐解きながら「多様性とは何だろう?」と議論し、とても盛り上がりました。

「女性管理職を3割に」の意味

 印象的だったのが、属するコミュニティーによって気づきが生まれるポイントが違うなど、理解の深め方にも特徴があるんだなということ。

 例えば、人事担当者は、能力開発など人材開発的な視点から考えていく傾向が強かったですね。“目立たない社員のなかにも、長所って必ずあるよね”と気づき、さまざまな角度から見ていくことで、その人が持つ能力や才能を見つけ、それが生かせる場所も必ずあるはずだと理解を深めていく。

 個人個人をしっかり見て長所に着目し、その能力を最大化させるために環境やステージをどう整えていくかを考える――これこそまさしく、ダイバーシティ&インクルーズですよね。

 日本ではダイバーシティというと、「女性管理職30%達成」など、とかく“数の論理”になりがちですが、大事なのは、この数字が何のためにあるのかを考えてみることだと思っています。

 結論として、私はこの30%という数字には、大きな意味があったと思っているんです。「30%を達成する」という課題を突き付けられたことで、あらためて社内をくまなく見渡すことになり、これまで目が届かなかった層にも目が行くようになりました。

 さらに、“この人にはどんな可能性があるだろう”と個人に着目することで、それまで分からなかった長所や才能、新たな能力を発見することができる。言葉として適切かどうか分かりませんが、いわば“埋蔵金探し”のような(笑)。それくらい、発見することに価値があるんだ、と思うのです。

 多様性とは何か、他人を理解するということはどういうことか、これからの社会はどう在るべきか等々、ブレイディさんの本はたくさんのことを気づかせてくれます。

多様性とは何か、他者理解とはどういうことなのか、問いかけてくれるブレイディみかこの本
多様性とは何か、他者理解とはどういうことなのか、問いかけてくれるブレイディみかこの本
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取材・文/西尾英子 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 写真/稲垣純也 本写真/スタジオキャスパー