日々、アテンションエコノミー(関心を競う経済)にさらされている私たちは、ネット世界とどう折り合いをつけるべきか。計算社会科学者の鳥海不二夫さんと憲法学者の山本龍彦さんの共著 『デジタル空間とどう向き合うか 情報的健康の実現をめざして』 (日経プレミアシリーズ)を、本書の元になった共同宣言「デジタル・ダイエット宣言」の賛同者で、米イェール大学助教授の成田悠輔さんが読み解きます。
「空飛ぶクルマが欲しかったのに、手に入ったのは140文字だった」。SNS革命以降のウェブ産業の不毛さを皮肉ったピーター・ティールのつぶやきだ。
140文字は無益なだけでなく有害にもなりえる。たとえば政治を見ればいい。SNSが増幅する煽動(せんどう)やフェイクニュース、陰謀論が選挙を侵食し、北南米や欧州でギャグのような暴言を連発するポピュリスト政治家が増殖。芸人と政治家の境界があいまいになってしまった。
今ではSNSはジャンクフードやドラッグの情報・コミュニケーション版であるかのようだ。解毒のための薬はどこにあるだろうか? この問いに答えるのが本書の目的だ。
ヒントをくれるのが医薬品や食品だ。万能薬を謳(うた)う薬が出回ったと思ったら実はただの毒だったなどのイタタな体験を経て、人類はどんな医薬品や食品なら市場に出回っていいかを慎重に規制する制度群を作り出してきた。治験や栄養成分表示、特定の医薬品や飲食物に対する課税や補助金などだ。
似た制度群を情報やコミュニケーションに対しても導入できないだろうか? 「情報的健康」を保つための様々な方策が技術的・法律的に想像され、検討されていく。
読み終えて、二つの未解決問題が頭をもたげてくる。まず、どうすれば政府や企業に情報的健康政策を推し進めるインセンティブを与えられるのか? もう一つの問題はさらに難しい。医薬品については、健康寿命や特定の疾患の予防・治癒が目的であることが共通了解になっている。では、情報やコミュニケーションの目的は何なのだろうか? この問いは、遅くともプラトンやソクラテスの時代から人類が取り組んできた問いであって、明快な答えを出すことに数千年間失敗してきた問いである。21世紀の技術と課題はこの未解決問題を解くことができるだろうか?