国内最大の産直通販サイト「食べチョク」。直近2年で流通額は128倍に伸び、運営するビビッドガーデンの社員数も4倍増に。急成長する事業と組織を率いているのが、食べチョク代表の秋元里奈さんだ。秋元さんには、経営者としてのステージが上がるたびに必ず読み返す1冊の本がある。社会人1年目から読み続けているバイブルだ。
この本と出合ったのは、社会人1年目のときでした。DeNAのファウンダー南場智子さんに憧れて、DeNAに新卒入社した私にとってはバイブルのような書です。 『不格好経営』 (南場智子著、日本経済新聞出版)は、南場さんが、起業や上場、そして社長退任までを具体的なエピソードとともにつづった1冊。
私が入社した2013年に出版され、当時は、社員の一人一人に配られたのですが、私は入社の時点で既に自分で予約購入していたので、2冊持っているんです。
今は、自宅に1冊、オフィスに1冊置いています。オフィスに置いているからといってメンバーに向けて「ぜひ、これ読んで!」と特にお勧めしているわけではないのですが、結構、手に取ってくれるメンバーが多い気がします。
入社1年目、期待感を膨らませて読んだ
この本は、もともと、南場さんがDeNAの歴史を社内に伝えるために執筆された本でもあるんですよね。入社間もない私は、会社のことをもっと知りたい! という期待感で読んでいました。
本の中には、かなり生々しいエピソードがたくさん出てきます。企業名も、トラブルの詳細も、包み隠さず書かれている。もちろん、創業期から携わってきたメンバー名もたくさん登場します。そのリアリティーのある描写によって、DeNAの中の人でなくても、仕事をする現場、事業が生まれる現場の光景が鮮明に目に浮かぶと思います。
そして、何より読み物として面白いんです。南場さんは文章も上手で、南場さん自身が仕事を楽しんでいる様子が端々から伝わってくる。
仕事に対する期待や、自分も仕事でプロジェクトに携わることになったら、なんだかヒーローのような存在になれるのではないかという、前向きな気持ちも抱かせてくれます。
私はその3年後に独立を決意。会社を興して……と様々な変化を経てきた中で、数え切れないくらい読み返しています。そして、読み返すたびに刺さるポイントが変遷していく。実は毎回、初めて読むような新鮮な感覚があり、手放せません。
トラブルの渦中で思い出す
作中に、サービスリリース3日前なのにシステムができていなかったというエピソードが出てくるのですが、実際、私も起業後に同じような経験をしたことがあるんです。
渦中にいる瞬間、「あれ、この話、どこかで見聞きしたことがある……」とこの本を思い出しました。
トラブルが起きたとき、難しい決断をしなくてはならないとき……ことあるごとに、「そういえば、この本に書いてあったな」と手に取り、振り返ってきました。
とはいえ、すべての内容が自分自身とシンクロしているわけではありません。例えば、上場後のエピソードなどは、自分がまだ経験していないステージの話です。読んでいても「そうか、そういう感じなのか」くらいの解像度なんですよね。
一方で、今、私たちの組織が大きくなり始めたからこそ見えてきた課題もあり、少し前まで解像度が低かった本のエピソードが、初めて現実味を帯びてきた、というところもある。
「私は南場さんにはなれない」
特に、組織の作り方については影響を受けています。マネジメント面で学ぶことがたくさんあって。
「人を育てる組織とは」「優秀な人材とは」といったテーマは、会社を経営する上で避けて通れないもの。「今、メンバーたちは、会社を、組織を、どのように見ているのだろう? この本に書かれているような組織作りが、今の私にできているのだろうか」と、振り返るときの指針になっていると思います。
でも、私は、南場さんにはなれないことも分かっているんです。本の中に出てくるシチュエーションや戦略も、DeNAの創業当時がモバイル市場活況だったから、ということもありますし、今、私がかかわっている農業と前提条件がすべて一致するわけでもありません。この本の中に、私にとっての正解が必ずしも書かれているわけではない。
本と現実を行き来する
だからこそ、経営者という立場で、「南場さんの場合はこうだけど、自分は果たしてどうだろう?」「私は今、ここに課題がある。南場さんだったらどう考え、どう切り抜けただろう」と、本と現実を行ったり来たりすることで見えてきた光のようなものを感じるんです。
最初は、物語を読むような感覚でのどごしよく読み、受け身で刺激をもらっていただけのものが、次第に、自分の中で跳ね返りを感じるところができたり、線引きができるようになったり。
まさに、咀嚼(そしゃく)している感じ。本を通して、新しい自分に出合えるような感覚で、読書の面白さも感じています。
取材・文/真貝友香 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 写真/品田裕美