年間200冊の本を読むKaizen Platform代表の須藤憲司さんが、マイベストワンとして挙げるのが 『坂の上の雲』(司馬遼太郎著/文春文庫) 。50回以上読み返しており、読むたびに新しい発見があるといいます。須藤さんがリクルートで史上最年少執行役員を務め、起業して今に至るまでに、どのように本と向き合い、その人生に影響を受けてきたのかを探る連載の第1回。
年齢とともに読み方が変わった
幼稚園のときから絵本が好きで、子どもの頃は図書館に行くのが楽しみでした。今も暇さえあれば本を読んでいるので、1週間に4~5冊、年間200冊くらいは読んでいます。最近は自宅に造ったサウナで読むことも多いですね。立ち上る蒸気と本からのインプットで、サウナから上がったときは、すっかり「整って」います。
今回紹介するのは、これまで読んできた本のなかでも圧倒的に好きな1冊、『坂の上の雲』。マイベストワンは『坂の上の雲』か、『銀河英雄伝説』(田中芳樹著/創元SF文庫)か迷うところですが、やっぱり『坂の上の雲』です。
『坂の上の雲』は明治維新後、日本が先進国に追いつこうとして駆け上がっていく時代の物語です。主人公は日露戦争で活躍した軍人の秋山好古・真之兄弟、そして2人の友人である正岡子規。そこに高橋是清や伊藤博文、渋沢栄一といった面々が登場し、物語が展開していきます。
「日本騎兵の父」といわれた兄の秋山好古は、日露戦争では騎兵を率いてロシアのコサック騎兵と死闘を繰り広げました。弟の真之は東郷平八郎の下で連合艦隊の作戦立案に関わり、バルチック艦隊を壊滅させます。真之が出撃に際して打った電報、「本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」は有名ですよね。
僕がどうしてこの作品が好きかというと、「強い者が勝つ」のではなく、「勝った者が強い」から。日露戦争では巨大なロシア帝国に、貧しい小国の日本が勝った。どうして勝てたかというと、持てる戦力で戦ったのではなく、足りないところを工夫して策をこらし、「戦力の運用」で勝ったんですよね。
よくビジネスは戦争に例えられますが、経営者としても学ぶところが多く、ビジネス書としても読める1冊だと思っています。
この本を最初に読んだのは中学生の頃でした。当時は「コサック隊を破った秋山好古って、すごい」「バルチック艦隊を破った秋山真之って、カッコいいな」と思っていたけれど、後から読み返してみると、文学の世界で戦っている正岡子規もカッコいい。大人になってから読むと、官僚の世界で戦っている高橋是清にもしびれます。
登場人物みんながそれぞれ、人間関係に悩み、信念に基づいて行動し、必死に自分の戦いをしているところがいいんです。
もう50回以上は読み返していますが、毎回、感情移入する人物が違うし、読むたびに新しい発見があります。仕事やいろんなことで悩んだときに読み返すと、「この人たちはこんなに大変な時代に生きて、これほど悩んでいるのに、どうしてこのような頑張る底力があるんだ」と感心させられます。
年齢とともに読み方、楽しみ方が変わってきた1冊です。
義務感があると面白くなくなる
よく、「年間200冊もどんな本を読んでいるんですか?」「ビジネス書ばかりですか?」と聞かれるのですが、「あえて仕事とは関係ない本」を選ぶようにしています。宮沢賢治の詩集や『坂の上の雲』以外の歴史小説、自己啓発本や漫画などもよく読みます。
なぜかというと、本って、「これを読まねば」「ここから知識を得なくては」と思って読むと、途端に面白くなくなるから。義務感を覚えた瞬間に、読書の楽しさが消えうせてしまうんですよね。
それに1冊丸ごと読破する必要もないと思っています。どこかのページで気になる一節があり、頭や心の片隅に残れば十分。後々それが仕事のアイデアとして生きてくることも多いですね。
一度挫折した本に再チャレンジすることもあります。不思議なことに「ああ、この本を読むタイミングは今だったのか」と2回目、3回目の方がすんなり読み進められる。
読むジャンルや冊数、タイミングに縛られずに楽しめるのが、本の魅力だと思います。
最近読んで面白かったのは、『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』(内田洋子著/方丈社)です。まだ、誰もが簡単に本を読めなかった時代、トスカーナの山奥にイタリア中に本を届ける行商の人々がいた──というノンフィクションです。
なぜ、トスカーナの山奥なのか? という歴史の謎を、イタリア在住のジャーナリスト・内田洋子さんが解き明かしています。読んでいると、ダンテやヘミングウェイなど様々な年代の本を知る時空の旅、行商の人々と共にイタリアを巡る旅の両方が楽しめました。
時には、ふと手にした1冊、タイトルに引かれた本などセレンディピティ(偶然の産物)を楽しんでみるのもおすすめです。
取材・文/三浦香代子 写真/雨宮百子(日経BOOKプラス編集部)