年間200冊の本を読むKaizen Platform代表の須藤憲司さん。史上最年少で執行役員を務めたリクルートを辞め、起業を決意した裏側には、シリコンバレーの経営者たちの強烈な生き方を紹介した1冊の本がありました。須藤さんは、これまでどのように本と向き合い、その人生に影響を受けてきたのか。連載第2回は『ウェブ時代 5つの定理 この言葉が未来を切り開く!』(梅田望夫著/文春文庫)などを取り上げます。

起業のきっかけとなった金言集

 連載第2回は、僕が独立・起業するきっかけとなった本を紹介します。

 それは『ウェブ時代 5つの定理 この言葉が未来を切り開く!』(梅田望夫著/文春文庫)。著者の梅田さんはシリコンバレー在住で、ウェブビジネスの最先端を知る人です。

 「5つの定理」なので、本書は、第1定理の「アントレプレナーシップ」、第2定理の「チーム力」、第3定理の「技術者の眼」……と5つの定理(5章)に分かれています。もう、第1定理の「アントレプレナーシップ」から、読むとめちゃくちゃ元気が出ます。

 例えば、有名なコンピューター技術者で実業家のゴードン・ベルの言葉。「(前略)新しい技術や製品を作れるものなら、始めよ。仕事を辞めよ。そして、ビジネスプランを書く道具をそろえ、ビジネスプランを書き、ベンチャーキャピタルから資金を集め、新しい会社を始めるのだ」と、まるでプログラミング言語で書かれているようで、「この人は本当にコンピューターが好きで、研究してきたんだな」と納得させられます。

起業の「予感」も本からだった
起業の「予感」も本からだった
画像のクリックで拡大表示

 また、スティーブ・ジョブズの「より革命的な変化に、私は魅了され続けてきた。自分でもなぜだか分からない。なぜなら、それを選べば、もっと困難になってしまうからだ。より多くのストレスを心に抱え込むことになる。みんなに、『おまえは完全に失敗した』といわれる時期もおそらくあるだろう」「シリコンバレーの存在理由は『世界を変える』こと」といった言葉も紹介されています。

 スティーブ・ジョブズの言葉はいろいろと見聞きしてきましたが、この本を読むと、よりその心情に迫れるというか、どういう人間だったのかというところまで見えてきます。

 それからインテルのアンディ・グローブの「パラノイアだけが生き残る」、グーグルの元副社長、マリッサ・メイヤーの「政治的になるな、データを使え」など、他のアントレプレナー(起業家)たちの言葉も印象的です。

 僕がこの本を初めて読んだのはリクルートに勤務していた2010年ごろで、仕事は好きだし、面白いと思っていました。でも、「生き方」までは考えたことがなかった。この本を読んで経営者たちの強烈な生き方に刺激を受け、「自分も起業するかもしれないな」と思いました。「起業するならインターネットを一生の仕事にしよう」と心に誓い、2013年に米国でKaizen Platformを創業したのです。

再々読で面白さが分かった本

 『ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち』(ポール・グレアム著/川合史朗監訳/オーム社)は『ウェブ時代 5つの定理』よりも前、2005年ごろに読んでいたのですが、最初に読んだときは意味がよく分かりませんでした(笑)。

 著者のポール・グレアムはLispプログラマーで、Yahoo!Storeのソフトウエアを手掛けた人物です。スタートアップに投資する「Yコンビネータ」の設立者でもあり、Yコンビネータが出資した企業にはドロップボックス、エアビーアンドビーなどがあります。

 この本は、そのポール・グレアムのブログをまとめた1冊なのですが、

 「一般報道では、『ハッカー』とはコンピュータに侵入する人物のことを指す。プログラマの間では、その言葉は優れたプログラマを指す。この2つの意味は実はつながっている。プログラマにとって『ハッカー』とは、文字通りその道の達人であることを意味しているんだ。つまり、コンピュータに、良いことであれ悪いことであれ、自分のやりたいことをやらせることができる者、ということだ」


 といったように、自分の思いをひたすら書いてあるので、やや散漫で分かりづらい。

 初めて読んだときはよく分からず、もう1回チャレンジしたけれど、挫折しました。それが、『ウェブ時代 5つの定理』を読んだときにポール・グレアムのことも出てきたので読み返してみたら、やっと面白さが分かりました。

 例えば、「ハッカーはハッキングしてコードを書いていくが、それは絵や小説を書くのと同じくらいクールなことだ」とか、「名声は遅れてやってくる。500年前の画家たちが絵を描いていたおかげで、今は絵を描くことが価値のあることだと認められている。いつか僕たちの仕事もそうなるかもしれない」とか、言葉の一つひとつが味わい深いんです。

 読み慣れると、まるで夏目漱石の『草枕』──「智(ち)に働けば角が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る……」――を読んでいるような気分にもなります。

何度も読むごとに理解が深まり、キャリアに影響を与えてきた
何度も読むごとに理解が深まり、キャリアに影響を与えてきた
画像のクリックで拡大表示

 最初に読んだときに分からなかったのは、僕がインターネットは好きだけれども、エンジニアではなかったことも関係しているのでしょう。今、経営者になってエンジニアたちと話していると、「自分の哲学を持って仕事をしているんだな」と腑(ふ)に落ちる部分があります。

 自分の成長や成熟の度合いに応じて、読み方や理解が変わるのも本の面白さですね。

取材・文/三浦香代子 写真/雨宮百子(日経BOOKプラス編集部)