音楽産業は、テクノロジーによるディスラプト(破壊)を受けまくり、無料化と有料化の歴史が繰り返されている――。UX(ユーザーエクスペリエンス)を探究し、企業や政府へのアドバイザリーを行う藤井保文さんがお薦めするのは、 『音楽が未来を連れてくる 時代を創った音楽ビジネス百年の革新者たち』 (榎本幹朗著/DU BOOKS)。音楽産業の対応スピードの速さは、他のビジネスでも応用できるといいます。
無料化と有料化の応酬
今回は『音楽が未来を連れてくる 時代を創った音楽ビジネス百年の革新者たち』を紹介します。タイトルからも分かるように、ここ100年ほどの音楽産業の変遷を追いかけた本。ビジネスの世界で起こる大きな変化は音楽からスタートし、音楽産業を超えて世の中に浸透していくケースがとても多いことが述べられています。この本から明確に伝わってくるのは、「歴史は繰り返す」ということです。
音楽産業は、テクノロジーによるディスラプトを受けまくっています。新たな技術が生まれることで従来の慣例が破壊され、新しい商売の在り方を考えて次のステップへ進む。今までそういうサイクルがひたすら繰り返されてきたわけです。
この本には、そうした歴史的な事例がこれでもか、と詰め込まれていて、世の中の変化を先取りできたり、イノベーションやディスラプトをどう起こすのかというヒントが見えてきたりします。ページ数が600以上もあり、字も小さくて情報量が膨大なのですが、これでも事例をかなり削っているとか。著者の熱量には驚かされるばかりです。
具体的な例を紹介すると、音楽を聴くメディアとしてCDが全盛だった頃にインターネットが普及し、音楽をデジタルデータとして違法に無料でダウンロードできるようになりました。ダウンロードを禁止する施策が生まれると、今度はデジタルデータを売るスタイルが出来上がり、それが盛り上がってきたところにサブスクリプション(定額課金)サービスが登場。今では、1曲という単位で考えれば半ば無料に近いような状況になってしまっています。
こうした変遷は、実はCDよりも前にラジオが登場したときにも起きているんです。それまではレコードを買って聴いていたものが、ラジオによって無料で聴けるようになる。そうしてレコードが売れなくなると、高音質化などの付加価値で勝負する道を探るなど、音楽産業では無料化と有料化の応酬がずっと続いてきているんですね。
中国の自由なマネタイズ手法
この本には、そうした時代ごとの音楽産業の変遷に関するエピソードや考察がぎっしりと詰め込まれています。歴史が繰り返す中で、どのような手法を使ってマネタイズ(収益化)を行ってきたのかが説明されている一方で、読み進めると、無料であることが本当に悪いことなのかという疑問もわいてきます。
今、音楽が売れなくなってミュージシャンも苦しくなり、厳しい時代だ、といわれたりもしますが、この本を読むと、「いやいや、今までもずっとそうだったんじゃないか」と現状を相対化し、フラットな視点で見られるようになります。
繰り返されてきた過去の事例を見ることで、ディスラプトのアイデアがどう生まれるのか、現状を打破するにはどのようにすればいいのか、さまざまな示唆が得られると思います。
有料化の話で個人的に面白いと感じたのは、第三部の「カデンツァ 音楽産業の復活とポスト・サブスクの誕生――そして未来へ」というパートの中にある、中国のテンセント・ミュージック・エンターテイメントを取り上げた一節、「サブスクを超えた中国テンセントのソーシャル・エンタメ売上」ですね。
中国では、音楽にお金を払う文化が成熟していませんでした。海賊版のCDが安く買えたりしたので、音楽でマネタイズする取り組みが育たなかった。その分、今は、ある意味自由な形でいろいろなマネタイズ手法が生まれていて、無名の人が有名な曲を歌っている、いってみればただカラオケを楽しんでいるような映像に“投げ銭”をするといったことが起きています。
日本の感覚からすると「何それ?」という感じですが、そうしたことが当たり前のように行われていて、そこにコミュニティーが生まれたり、双方向にコミュニケーションするソーシャル化が起こったりしているんです。
人気が出てコンテンツとしての価値が生まれると、今度はそれを独占して楽しめる権利や先行して楽しめる権利を有料化し、「お金を出せばこんな楽しみが得られる」という新たなビジネスモデルをどんどん生み出しています。
日本では、高額だったものが安くなったり無料になったりするなど、今までの価値構造が崩れていっています。そんな状況で苦しんでいる方々にとって、テンセントを取り上げたこの一節には、かなりのヒントが得られるのではないかと思いますね。
音楽業界以外でも応用が可能
最近増えている音楽のサブスクリプションサービスは、ユーザーから見ると確かに有料ではあります。でも、ミュージシャンの側から見ると、これで稼ごうと思ったら膨大な再生回数を獲得しないといけないため、貧富の差が激しくなる構造です。
そんな状況の中でミュージシャンが安定的なマネタイズを考えるなら、まず、ライブの開催やグッズの販売といった手があります。以前からある方法ですが、今なら、ミュージシャンが自分でECサイトを作ってグッズを販売することが簡単にできます。また、生配信で投げ銭を得たり、ファンクラブをオンラインサロン化したりといった方法もあるでしょう。
ミュージシャンが音楽でお金を稼ぐためには、これまではレコード会社と契約してメジャーデビューすることが王道のパターンでした。しかし、それだけが生きる道ではなくなり、マネタイズの手段が多様化してきているんです。
ライブにしても、コロナ禍の中でオンラインライブに注目が集まりました。僕がファンの「cero」というバンドは、2020年3月13日にいち早く“電子チケット制ライブ配信「Contemporary http Cruise」”を行いました。
その配信はたったの1000円で、家にいながらにしてライブを見られる、とても良い体験でした。もっと高いお金を払ってもいいと思ったし、毎月開催されるなら、毎月見てもいいとも思った。2020年6月には、サザンオールスターズのオンラインライブを50万人が視聴したといわれています。急速に広がったオンラインライブは、とても希望のある話だと感じます。
コロナ禍が落ち着き、リアルを楽しめる日常が戻ってきても、リアルとオンラインを併用する手があります。リアルの会場に来ている人はより濃密な体験ができ、家が遠くて会場へ行けない人や、もう少し手軽に参加したい人はオンラインで楽しむ。こうした取り組みはユーザー側にもメリットがあるし、ミュージシャン側も、会場の大きさに制限されずに多くの人に視聴してもらうことができます。
2020年2月にコロナ禍でリアルのライブが開催できなくなると、翌3月にはもう有料のオンラインライブを開催している。『音楽が未来を連れてくる』にも書かれているように、世の中の変化に対する音楽業界の対応のスピード感にはすさまじいものがあります。
こうした最近起きていることを考えても、この本の内容は、音楽業界の枠を超えて、他のビジネスでも応用できることがたくさんあると感じますね。
取材・文/稲垣宗彦 構成/山田剛良(日経BP 技術メディアユニット クロスメディア編集部) 写真/加藤 康