10年以上にわたり、広告クリエイティブやコミュニケーション、マーケティングの支援に従事し、このほど『顧客を見れば、戦略はいらない 解像度を上げるボトムアップマーケティング』を出版した川端康介氏と、顧客の悩みに寄り添った商品で差別化を図り、徹底的なマーケティング力で高利益体質をつくり上げた北の達人コーポレーション社長の木下勝寿氏。独自の視点を持つ二人が考える「顧客理解とは何か」。対談を前後編で公開する。

北の達人コーポレーション社長の木下勝寿氏(右)とマテリアルデジタル取締役の川端康介氏(左)
北の達人コーポレーション社長の木下勝寿氏(右)とマテリアルデジタル(東京・港)取締役の川端康介氏(左)
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木下勝寿氏(以下、木下) 川端さんの著書に、レビューからコンバージョン・エントリー・ポイント(CVEP)を見つけるとあったでしょう。あれを読んで「そうか、レビューを見たらええんや」と、さっそく研修に取り入れているんですよ。

 これまで社員にウェブマーケティングの教育をするときに、顧客理解を教えるのが大変だったんです。「この商品のターゲットは?」と聞くと、「化粧が好きな人です」と答えるレベルの新人に対して……。「まず女性は基本的に化粧が好きです。好きの度合いや化粧品に使える額の違いもあるし、時間がなくて化粧できない人もいる。18歳からおしゃれのためにずっとスキンケアをしている人もいれば、50歳になって年齢肌を食い止めるために使う人もいる。全然別ものなんだよ」と、1つの商品についてターゲットの解像度を高めるのに2、3カ月かかっていました。

 それが、レビューを見たら、「目じりの小じわが気になって同窓会の前日に使いました」「将来のために、お守りのつもりで使っています」など、たぶん新人の男性社員は全く知らない世界が目の前にあり、この粒度でやらなくてはならないことがすぐに伝わります。

川端氏の書籍を読み、その一部を研修に取り入れたという木下氏
川端氏の書籍を読み、その一部を研修に取り入れたという木下氏
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北の達人コーポレーション代表取締役社長 木下勝寿氏
資本金は1万円、社員は自分一人というところから起業し、独自のウェブマーケティングで時価総額1000億円の東証プライム上場企業まで育て上げた現役の代表取締役社長兼ダイレクト・ツー・コンシューマー(D2C)マーケター。事業においては「北の快適工房」という化粧品、健康食品ブランドのD2C事業を行っており、社長を務めながらもウェブマーケティング部長を兼任し、現在もマーケティングの最前線で戦っている

川端康介氏(以下、川端) そうやって活用いただけるのは、本当にうれしいですね。私がレビューに着眼したきっかけは、以前ECサイトでものを売っていた時代に、自社と他社のレビューから読み取った内容を商品名や説明文に入れるだけで、反応が全く変わるのを実感したことです。今も、レビューを見てカテゴリーの中の情報ストックを一定以上ためることを続けています。そして自分自身の消費行動との共通項や差異を見いだしています。

自身が見いだしたアプローチを初著書にまとめた川端氏
自身が見いだしたアプローチを初著書にまとめた川端氏
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マテリアルデジタル取締役 川端康介氏
2004年、EC事業スタートアップに参画。デザイン/広告/プロダクト開発などの知見と技術をベースに、2010年にnano colorを設立。10年以上EC業界で顧客コミュニケーションや事業戦略を支援。WHO×WHATを軸にブランディングとマーケティングを分断しないプランニングとクリエイティブを設計することを得意とする。23年10月にマテリアルデジタルに参画し、同社取締役に就任

ブランディング<CEP<CVEP

木下 書籍でCVEPという見方を提唱しておられますが、あれはどう導き出したんですか。

川端 今注目されているカテゴリー・エントリー・ポイント(CEP)は確かに、消費者がブランドを想起するきっかけが多いほど選ばれる可能性は高まります。しかし、想起にとどまらず、今選ばれるためにどうしたらいいかと考えたときに、購入一歩手前の状況を捉える必要があると考え、CVEPに至りました。

 「状況」と「そのときに求めた便益」、そして「今は得られていない未充足なニーズ」の3要素を理解し、クリエイティブに反映させることで、顧客獲得へのより効果的なアプローチになるというものです。

木下 私たちは商品企画の段階でアンケートを取りますが、その時点で評価が良かったものを商品化したらすごく売れるかというと、そんなことはない。実際の購入時点で、お客様の状況や商品の見え方が重要で、そこも川端さんの本で面白いなと思った点です。いわゆるブランドがあって、CEPがあって、でも実際のコンバージョンではCVEPの方が重要だよねという話。こっちからやっていくべきなんですけど、例えばビールのCMは非常に無駄が多いなと思っています。

 私自身、ビールのCMは覚えていても銘柄は覚えていないんです。しかも実際に購入するときは「あのビールが飲みたい」ではなくて、「ビールが飲みたいから買おう」であり、コンビニで冷蔵庫のドアを開けた段階でCMの記憶はどこかに行っています。パッケージに書いてあることやネーミングなど、目の前にあるものの訴求力の方が影響を与える。これって完全にCVEPだと思いますね。

 あるいは、何かの商品を買いたいと思ったときに、CEPとして真っ先にある商品を思い浮かべてAmazonを見に行ったとします。すると同ジャンルのおすすめがズラッと出てくる。その瞬間に1回リセットされてしまうのも同じです。

 おそらくブランディングやCEPの重要性は下がっていると思います。インターネットが入っていけない世界では通用すると思うのですが、ネットによって無効化されるリスクがある。だとしたら、コンバージョンするポイント、いわゆるCVEPにパワーを割いた方が売り上げ・利益につながるでしょうと。私たちがブランディングにあまり力を入れていない理由もそこです。

川端 デジタル起点で考えると、選ばれる勝率を上げていくためには、ニーズが発生している状況を捉えたコミュニケーションも含め、4P(プロダクト、プライス、プレイス、プロモーション)を設計する。その瞬間に選ばれやすくなる方が、大きな投資をしてCEPをいっぱいつくりましたというより結果が出やすいし、チューニングもしやすいし、蓄積もできると思いますね。

顧客理解に「観察」「置き換え」「憑依」

川端 顧客理解の重要性が改めて叫ばれるようになってきたのはなぜだと思いますか?

木下 そもそも重要なんだけれど軽視されるようになった経緯がウェブマーケティングにあると思っています。本来、マーケティングはお客様に対してものを売っていくためにどうするか、答えはお客様が知っているというのがベースだと思います。しかしウェブマーケティングで、お客様の声やニーズを数値化して判断できるようになった。確かに便利な部分はあったのですが、どんどん進化したらお客様を知らずに数値だけで物事を見るマーケターが生まれてきた。それでは限界があると気付き始めた印象ですね。

川端 私は以前LP(ランディングページ)の制作会社を経営していたのですが、そのときに同様のことを感じました。顧客インタビューなどを通じた本質的な理解の上でマーケティング戦略を立てましょうと提案しても、例えば「こういう肌のシミに悩んでいる方が何パーセントいる」といった市場データやアンケート結果を持っているから必要ないという企業もあったんです。どういう悩みで、どんなときにそれが顕在化したのかなど、顧客の具体的な悩みや行動の背景にある理由までは把握できていないケースが多いと感じていました。

 顧客理解とはどういうことなのか、木下さんはどう見られていますか。

木下 定義が曖昧なのですが、成果を出したことがある人しか、顧客理解のレベル感の違いは分かっていないですよね。私は最近、顧客理解には、「観察」と「置き換え」と「憑依(ひょうい)」の3段階があると定義づけしています。

 「観察」は、女性がどんな化粧品を何時にどう使っているかを見ているとか、先ほどのシミに悩んでいる人が何パーセントいるとかも同様ですね。はっきり言えば人でなく人工知能(AI)で十分な話で、「なぜか?」を全く理解していない状態です。

 「置き換え」は、自分がこの化粧品を使う立場だったらどうだろうと考えます。自分自身がターゲットの場合には有効ですが、女性向けの化粧品について、若い男性が考えても自分の価値観で判断してしまいますよね。

 「憑依」は、全く異なる属性の人の判断基準を理解して行うもの。そのお客様がAとBならどっちを良いと思うか、はっきり分かるレベルまで理解していく。そこまでやらないとマーケティングの戦略って考えられないと思っています。

木下氏は顧客理解を3段階で定義しているという
木下氏は顧客理解を3段階で定義しているという
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インタビューで、買う理由を言語化

川端 私には「憑依」まで到ることは難しそうですが、どうすればその域までいけるとお考えですか。

木下 大事なのは憑依している人がどういうレベルでやっているかを知ることです。私がよくやるのは、例えばスタッフがある商品がいいと言ったときに「なんでいいの?」「それが理由なら他にもあるのにこっちにしたのはどうして?」「どこが違うの?」「じゃあこれはどう?」……と延々聞き続けていきます。本人が言語化できていない理由を、「ということはAとBならこっちが好きだろう」と当てられるぐらいまで掘り下げていく。その人の価値判断基準が分かるまで、何人も行っていきます。自分の感性でやっていくのではないことを理解するのが大事だと思いますね。

 ただ、傾向として男性は人にものを聞くのが嫌いですね。分からないことを人に聞く=負けを認めると思っている。一方、女性は人との関係を共感で考えるから聞くのが好きな人が多い。チャットツールが普及したことで、男性もお客様へのヒアリングがしやすくなって、社内でも聞く風土がだいぶ根付いてきました。

川端 私もゴリゴリ、インタビューするタイプです。レビューを読んで、ニーズの中央値は何なのか、特異点の人たちはどんなニーズを持っているのか、他にどんなものを選んでいるのかインプットした上で、インタビューやヒアリングで深掘りしていきます。「こうですか?」「違います」「じゃあこれは?」と繰り返すので、木下さんと近いですね。ネタを集めて、自分の中で形成していくプロセスを踏んで、分かったつもりにならないように気をつけている側面もあります。

レビュー分析に加え、インタビューでも掘り下げるという川端氏
レビュー分析に加え、インタビューでも掘り下げるという川端氏
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(写真/古立康三)

日経クロストレンド 2024年12月26日付の記事を転載]

顧客理解というと「インサイト」を探ることが重要視されていますが、実際は多くの人が扱い切れていないのではないでしょうか。本著では「状況」「便益」「未充足なニーズ」から顧客獲得へとつなげるコンバージョン・エントリー・ポイント(Conversion Entry Point)を提唱。再現性が高く、実践的なメソッドとして、多くの方に役立てていただける一冊です。

川端康介著/日経BP/1980円(税込み)