「ブランディング」という言葉は定義が曖昧で、現在も様々な誤解が広がっている。中央大学名誉教授/日本マーケティング学会 元会長の田中 洋氏が広告代理店に勤務していたころは、ブランドのロゴ、パッケージデザイン、広告など、非常に狭い範囲を指す言葉だったという。だが、広告で差別化が可能な時代は終わり、より本質的なブランディングが求められている。Strategy Partners 代表取締役社長 兼 Wisdom Evolution Company 代表取締役社長の西口一希氏と田中氏が徹底議論した。
- 商品・サービスの持つ価値の記憶化
- コミュニケーションだけでは差別化できない時代
- 購買につながらない連想イメージも存在する
- ロクシタンのグローバル戦略の穴
- 現場の販売員の実感とは異なる認識
- 企業と顧客のブランドイメージの接点を探す
西口一希氏(以下、西口) 「会計」などは一定の国際ルールが定められており、「科学」や「物理」などは普遍的な法則性がありますが、田中先生もご存じのように「マーケティング」「ブランディング」といった言葉は、普遍的な法則もルールもなく、ユニバーサルな定義が存在しません。
私は35年ぐらいマーケティングに携わっていますが、マーケティングという業務領域はそもそも言葉の定義が曖昧なため、無駄な投資をたくさんしてきました。そうした成功と失敗を積み重ねる中で、自分なりの定義をつくったので、まずはそれを説明させてください。
「マーケティングとは企業が顧客のニーズを洞察し、価値を生み出して、利益を得る。その利益を再投資し、さらなる価値をつくる。こうした継続可能な循環をつくる企業の活動である」
経営とマーケティングは何が違うのかと、よく聞かれます。企業規模が大きくなるにつれ、経営は、複数の事業をどのように組織として大人数で展開していくかという比重が大きくなります。
ですが、創業期の単一事業の立ち上げから利益化するころは、経営とマーケティングはほぼ一致しています。したがって、個別事業に対する経営はマーケティングと同義であり、複数事業を束ねる組織と大人数を対象にすることを経営と定義しています。
商品・サービスの持つ価値の記憶化
そして、マーケティングを行う事業において、顧客が自社の商品・サービスに対して見いだした価値を忘れられては困ります。そこで、商品・サービスの持つ価値を顧客にとって記憶化しやすくし、想起率を高めるための行為や手段が基本的なブランディングです。
おいしいラーメンだったと商品が評価されても、後日に店名を思い出してもらえない、あるいはテレビCMで見て寝心地のよさそうな布団だという印象を与えることには成功したのに、いざ購入を検討する段階でブランド名を思い出してもらえない。
こうなるとブランディングは失敗しており、その上位概念としてのマーケティングが不十分だと考えています。
田中 洋氏(以下、田中) 「マーケティングやブランディングに大きな誤解がある」というのが今回の対談の前提になっていると思いますが、それには私も同感です。私は40年前に米国に留学していて「マスコミュニケーション」を専攻していましたが、マスコミには定義に対する問題提起はありませんでした。
ですが、それに付随して、マーケティングについて勉強し始めたところ、その定義は日本や米国のマーケティング専門団体で異なっている。定義がこれほどばらばらな業界は珍しいと思いました。
私も西口さんがおっしゃる「継続性を重視している点」は同感しています。顧客との取引は1回だけで終わるわけではありません。私自身はマーケティングの定義について、「エクスチェンジ(交換)」をベースに考えています。
エクスチェンジというのは、売りたい人と買いたい人の利害を一致させ、売り買いを成立させることが根底にあります。マーケティングは顧客のニーズを優先的に考えることで、この利害の一致という問題を解決していくことだと理解しています。
この継続的な利益を生み出すという中で、私は「ブランド」という考えが入ってきたと考えています。「ブランドとは売れ続けるための戦略である」と言ったことがありますが、まさしく顧客と継続的な関係性を構築することが前提にあります。
次にブランドとブランディングの定義について。私が広告代理店で働き始めた1980年代には、ブランディングという言葉は既に存在していました。ですが、当時のブランディングといえば、非常に対象が狭くて、ブランドのロゴ、パッケージデザイン、広告に応用したときのビジュアルを指していました。
少し話題とはずれるかもしれませんが、「ブランドイメージ広告」というアイデアを考えたのはデビッド・オグルビーというコピーライター出身の広告会社経営者でした。
コミュニケーションだけでは差別化できない時代
彼が1951年に制作した「ハザウェイ・シャツを着た男」という雑誌広告は、ハザウェイシャツを有名にしただけでなく、オグルビーの名前も有名にしました。20世紀は確かにブランドイメージの時代だったと考えられると思います。
ですが、それは、ワイシャツのような差別性の乏しい工業製品が大量に出てきた時代、広告による差別化が機能した時代だったからだと思います。しかし、21世紀にはそのような時代は終わったと考えています。
ブランド戦略は「経営」「マーケティング」「コミュニケーション」の3つの層から成り立っているというのが持論です。西口さんが指摘されている誤解とは、コミュニケーションのことだけを指したブランド戦略のことだと思います。
西口さんは商品・サービスの持つ価値、つまり便益と独自性を重視して、それを記憶化して、想起しやすくし、購入につなげていく手段と定義しています。このようにブランディングを広く捉えることに、異論はありません。
私もブランド戦略は、ブランドの価値を高める総合的な活動と捉えています。ただ、実際には事業の現場ではブランディングという言葉は定義が曖昧で、ややこしくなるので使わないようにしています。そこで、ブランドに代わる言葉として、「商品についての認知システム」と呼んでいます。
例えば、京都の清水寺に続く二寧坂には古民家が連なっていますが、その中の一軒にスターバックスコーヒーのロゴを見つけられます。それを目にしただけで、どんなサービスを提供しているのか、店内がどんな雰囲気なのかをすぐに想像できます。
ロゴを見ただけで過去の利用経験から、体験、商品のイメージが連想されるからです。これを認知システムと呼び、マーケティングにおいて重要だと考えています。
西口 田中先生はどういうブランドを目指すのかをブランド戦略として捉え、その実行戦略として誰に何を売るのかというマーケティング戦略、経営資源をつかさどる経営戦略、それを顧客にどのように伝えるかをコミュニケーション戦略だと整理されています。
私のマーケティングと経営の捉え方とは異なりますが、先生の整理には納得しています。このブランド戦略でつくり上げるものとして認知や知覚品質などを整理されていますが、私は、顧客の心の中に記憶されるものをまとめて「連想イメージ」としています。
購買につながらない連想イメージも存在する
ですが、この顧客の記憶にある連想イメージの中には購入行動につながるものもあれば、つながらないものもある。これを多くの事業主は誤解しています。どれだけ特定のブランドイメージを強化しても、その特定イメージが購入行動と無関係では、認知は得られても、その顧客からの売り上げ向上は期待できません。
事業主側がそうありたいと、自社商品やサービスに期待する「ブランドイメージ」と、顧客が実際にブランドに抱いている認知や記憶としての「ブランドエクイティ」を区別してない場合が非常に多い。ブランドに対して、事業主が「思い」や「期待」として理想イメージを持つのはかまいませんが、顧客がどう捉えるかは分かりません。
重要なのは、顧客が、そのブランドを買い続けたいと思えるイメージを記憶して持ち続けてもらうことです。その区別がないままに、多くの無駄なブランディングが行われています。
田中先生と初めてお会いしたころに、社長を務めていたロクシタンジャポン(東京・千代田)では、「2年で利益を3倍にする」という使命を与えられました。
ロクシタンのグローバル戦略の穴
ロクシタンに参画したころ、特に北米で雑多な雑貨店のような認識になっていました。これを危惧したグローバルのマーケティングチームを束ねるCMO(最高マーケティング責任者)と経営陣は、「プレミアムスキンケアブランドを目指す」という新たな戦略を打ち出しており、その説明を受けました。
グローバルチームの間では、この戦略転換の合言葉のように「L'OCCITANE is not gift anymore.(ロクシタンはもはやギフトではない)」という言葉が飛び交っていました。
ですが、私には違和感がありました。日本でも非常に売れているロクシタンの人気商品にハンドクリームがあります。データを見ればこれを愛用し、ギフトとして友人や知人にプレゼントするような層はLTV(顧客生涯価値)が低い。一方、スキンケア商品のオイルを使っている層は少数だがLTVが高い傾向がありました。
年間の業績を利益で見ると、年間ユニーク購入者の中の約20%弱の顧客が100%の利益を生んでいました。そのロイヤル顧客はスキンケア商品を買い続けてくれています。残りの80%超の顧客は売り上げには貢献していますが、利益には貢献していません。この層が、ハンドクリームや新商品などを主にギフト目的に買っている人たちでした。
このデータだけを見れば、一瞬、グローバルチームの戦略は合っているようにも思えました。
ですが、現実的にはロクシタンをスキンケアブランドだと認識している顧客は一部しかいません。当時はロクシタンの顧客における、スキンケア商品の認知度は10%以下でした。また、購入行動として、そもそもスキンケアから入る顧客は非常に少ないことが分かりました。
現場の販売員の実感とは異なる認識
しかも、現場の販売員などに聞けば、「日々の売り上げの9割近くがギフト目的です。新規顧客に限れば、スキンケアを目指して来られる方などいません」と言います。
この収益構造を見て、ギフトを捨ててスキンケアに特化するのは、ブランドをゼロから立ち上げるようなリスクしかなく、2年で利益性を上げる戦略としては全く不適切だと分かりました。
むしろ、ロクシタンはギフトや新商品の強化により、まず集客する。来店時に接客の中で必ずスキンケア商品を推奨して、最初の一品として最も継続リピート率の高いオイルを使ってもらうという戦略に変えました。
この方針転換を進める上で、グローバルチームと大議論になりましたが、別の国でも同様の傾向があるという話になりました。グローバル会議でも何度も大もめになり、実質的に、グローバル戦略が動かない状態で、強引に国ごとの戦略を推し進めました。
少しずつ結果が伴う中で、当初に提案されたグローバルチーム戦略は採用されないまま、2年が過ぎ、なんとか利益目標を達成できました。グローバルチームとの関係はひどい状態になってしまいましたが、目標の達成のために、明らかに適切でないグローバル戦略を採用するわけにはいかなかったのです。
売り上げ拡大を特に期待されていた米国でギフト目的の安売りの雑貨のようなブランドになっている状況で、プレミアムなスキンケアブランドに生まれ変わりたいと考えた事業主としての気持ちは分かります。
そのときのメタファーは「フランス南東部のプロヴァンス発の自然派高級スキンケア」でしたが、ほとんどの既存顧客がそういうブランドだと認識していません。新ブランドでも立ち上げない限り、2年やそこらで、そのようなブランドになれるわけがありませんでした。
企業と顧客のブランドイメージの接点を探す
田中 顧客がブランドに対して抱いているイメージと、事業側が目指すブランドイメージのギャップはよく生じます。「顧客は同じイメージで飽きているから、新しいものの提案が必要だ」と安易に考え、訴求ポイントを変えるケースがありますが、本来ブランド戦略とはそういうものではありません。
ブランド戦略では、顧客がブランドに対してどのようなイメージを抱いているかを探り、自分たちがどうあるべきかという接点を見つけていくことがとても重要です。
もう一点、「ブランド価値を高める活動」というのは、知名度を上げる、ロイヤルティーを高めるなど、様々なゴールがあり、どれを高めるのかは企業次第です。ですが、結果的に売り上げや利益に結び付けることが前提です。
売り上げを伸ばすには、必ず自社の資源と連結しなければなりません。いくらブランドが有名でも、小売店の店頭に並んでいなければ全く売れません。ブランド価値を高めると同時に、経営資源と連結することが重要です。
西口 当時のロクシタンのグローバルチームはそこまで細かく考えず、カテゴリーの売り上げ構成と利益率の違いと社内議論を重ねた「期待」としてのビジョンだけで、スキンケアブランドになろうと考えていました。
ですが、現実はそう甘くはありません。新ブランドではなく、非常に多くの既存顧客がいます。そのほとんどが、ロクシタンはハンドクリームやギフトのブランドだと認識しているため、いきなりスキンケアの商品を薦めても納得できません。シャネルが、急に、自然派のハンドクリームブランドになれないのと同じことです。
ロクシタンの場合、重要な経営資源である、はずれのない誰でも喜ぶハンドクリームとギフトイメージで来店を促す。そして、圧倒的な対人コミュニケーションが可能な店舗の販売員という独自資源を使って、ギフトを売りつつ、接客の中でスキンケアを徹底訴求することでした。
田中 西口さんが取り組んだのは「浸透率」にも関連する話ですね。ブランドの浸透率を高め、ライトユーザーを増やさないと、ミドルやヘビーユーザーに転換できません。ですので、既にある資産を使い、ギフトでライトユーザー層の獲得を強化したことは納得できます。
コミュニケーションだけを行って、ブランドが高級化することはありません。ブランド戦略をやるなら経営、マーケティング戦略が前提です。私に言わせればブランドを意識する経営戦略はありますが、「純粋なブランド戦略」を持つ企業は存在しません。
ですが、日本企業はそもそもマーケティングそのものができていないという課題が少なからずあります。
(後編に続く)
(写真/新関 雅士)
[日経クロストレンド 2025年1月6日付の記事を転載]
西口一希著/日経BP/2200円(税込み)





