Strategy Partners 代表取締役社長 兼 Wisdom Evolution Company 代表取締役社長の西口一希氏と中央大学名誉教授/日本マーケティング学会 元会長の田中 洋氏による、「ブランディング」談義は白熱する。米小売りのウォルマートとKマートの戦略の違いから、西口氏はブランディングの本質を学んだという。ウォルマートのEDLP戦略がなぜもうかるのかを解説する。
- ウォルマートに学ぶ「ブランドの本質」
- 「EDLP」は長期的な顧客との“約束”
- 短期的な安売りは既存顧客の利益も下げる
- 「起源の忘却」でブランドの強さを喪失
- 創業者の精神を時代に合わせて展開する
田中 洋氏(以下、田中) ご指摘の通り、商品・サービスの便益や独自性が弱いのでは、強いブランドになるための基礎条件が整っていないのではないかと思います。基本的なマーケティングができていないところでは、ブランド戦略ができるわけがありません。
まずは、そのブランドがどのように顧客の課題解決につながっているかをデザインできていなければなりません。
そのために必要な一つの考え方は、イノベーションではないかと思います。「コカ・コーラ」にしても、「マクドナルド」にしても、ある種のイノベーションの体現者です。それまでになかった新しい便益を提供することでブランドになったことは確かだと思います。それを第一にやらないといけません。
西口一希氏(以下、西口) おっしゃる通りです。これまで私は380を超える企業の相談に乗りましたが(2024年10月時点)、ブランド戦略を明確に持っている企業はありませんでした。
企業側が期待する思いこみのブランド像がほとんどで、顧客が記憶し、購入行動につながるような評価をしているブランドイメージとはかなりずれているケースが多いです。そこで、顧客起点でのブランド戦略のつくり直しを提案しますが、それはうちのブランドではないとして、結局、自社の理想的なブランド像だけに入りこんでしまう。
「購入行動につながらないブランディングをしたいのか」と尋ねると、口をそろえて「やりたくない」と言います。ところが、実態は、購入につながるかどうか分からない思いこみのブランディングに投資しています。ブランドとは顧客の心の中で成立するものです。
理想像は大事ですが、理想像だけを押し付けようとすると、無駄な投資が発生します。
田中 ブランドをどれだけ意識して、経営やマーケティングをできるのかが重要です。ブランドをつくる場合には、時に売り上げを犠牲にするケースもあります。
ソニー(現ソニーグループ)共同創業者の故・盛田昭夫氏が米国へ進出するために、取引先にラジオを紹介したところ、OEM(相手先ブランドによる生産)を提案された。ですが、盛田氏はソニーの名前で売るために、この提案を断ったという逸話があります。目先の売り上げよりもブランドを優先した、意思決定でした。
西口 一例として、説明したい事例があります。私は2000年代前半に、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)で日本と韓国の小売業向けのショッパーマーケティングの導入責任者をしていました。
ウォルマートに学ぶ「ブランドの本質」
そこで、米国の上位10の小売企業を回って、どういう戦略とオペレーションをしているのかを聞いたことがあります。その中で、ウォルマートとKマートの戦略の違いが印象的でした。
下図はイメージですが、新店舗をオープンする際に、ウォルマートでは、ゆっくり売り上げと利益が上がっていく。一方、Kマートは一気に立ち上がって、徐々に落ちていきます。おおよそ、そういう傾向でした。
Kマートは、新店をオープンすると販売促進策に大きなコストをかけます。開店時の特売や目玉商品の安売りなどで集客するため、瞬間的な来店者数と売り上げは伸びますが、費用が大きいために、利益率は非常に低い傾向にあります。
一方、ウォルマートはそういった特売をあまりやりません。基本的には、「エブリデイ・ロー・プライス(EDLP)」を掲げ、極端な特売ではなく毎日安く商品を提供します。もっとも、短期間で見れば特売をするKマートのほうが安いため、顧客が流れます。
ですが、長期で見るとKマートは、初期の開店セールの後の売り上げの落ち込みが大きく、利益の回収も遅い。一方、ウォルマートのほうは派手な売り上げ増加はありませんが、安定的に売り上げが伸長し、結果、累計の利益が大きいため、新店舗オープン後の利益の回収が早い傾向にありました。
ウォルマートは、EDLPが最も顧客に信頼されリピートにつながること、そして目玉商品がなくても習慣的に来店されるリピート顧客からしか高い利益が出ないことを知っているからです。
「EDLP」は長期的な顧客との“約束”
EDLPはいつでも安心、いつでも安い。短期間ではなく、「長期でおしなべて見るとウォルマートのほうが安心でお得」という信頼イメージの構築が最も効果的だからこのような戦略を取っていました。EDLPしかやらないと、人件費や物流費や在庫管理を含めた店舗オペレーションにかかる販売管理費も抑えられます。
この話を聞いた当時、小売業のEDLP戦略の強さとして納得できました。加えて、一般の消費財だけでなく、全ての事業に関わるブランディングの本質であり、短期と長期での売り上げと利益の違いとその関係を明確に表していると感じました。
ウォルマートはEDLPを掲げており、顧客もそういう認識を抱いている。つまり、EDLPを一貫することで、「いつでも安い。だから、あれこれ悩まず、買い物ならウォルマート」というブランドイメージをつくり、ブランドとして強力になったのです。
一方、Kマートは安い時に行く店というイメージのブランドになってしまった。それが、その後の結果に表れていました。この小売業での気付きは、その後の、私のキャリアにとって非常に大きな影響を与えてくれました。
田中 興味深いですね。Kマートは新店を出して、プロモーションで「チェリーピッカー(特売品や安売りセール品のみを購入する顧客)」は引き寄せられるものの、それ以外の人は引き寄せられないという構造になっていたのかもしれません。
短期的な安売りは既存顧客の利益も下げる
西口 当時もチェリーピッカーの話は出ていました。しかも安売りをすると、そもそもチェリーピッカーではなかった顧客もチェリーピッカー化してしまい、利益が出ない構造になってしまう。そのため、価格だけで顧客を引っ張ってはいけないというのは印象的でした。
これはものすごく本質的です。先ほど対談前の雑談で、田中先生とスターバックスコーヒーの歴史について話題になったので「ブランドの歴史」という切り口で、お話しさせてください。
ご存じない方のために、説明しますと、スターバックスの創業期はコーヒー豆の卸売業でした。当時、従業員だったハワード・シュルツ氏がイタリアのスタンディングバーでカプチーノを飲んだ経験に憧れて、米国で独立し、カフェ事業を開始。やがて、スタバを買収し、そのブランドで事業を拡大しました。
そのカフェ事業も、最初はイタリア式のスタンディングバーでした。ですが、居心地をよくするためにソファを用意するなど、様々な改善を繰り返し、長年の試行錯誤の結果、現在のスタバの店舗ができあがりました。
シュルツ氏がスタバを創業するにあたりイタリア的な店舗をそのまま持ち込んでも、米国の顧客にはそのままでは受け入れられなかった。そこで、顧客のための居心地のよさを突き詰めて、価値を生み出しました。
創業者が顧客にどういう価値をつくりたいと思って事業をつくったのか。それが明文化されてない企業は多いのですが、そこにこそブランドの本質があります。
ですが、こうしたスタバの起源を知る人は減っています。田中先生は「起源の忘却」と名付けて指摘されていますが、本来ブランドとは試行錯誤の末につくられたものです。
「起源の忘却」でブランドの強さを喪失
田中 シュルツ氏はカフェを始めた当初は店内の音楽をオペラにして、メニューの表記をイタリア語にしていました。ですが米国の顧客とイタリアの顧客では、居心地のよさを感じるポイントが異なります。そこで改善を加えていき、今のスタバの姿になったと本人の著書に書かれています。
ブランドとはそういう、いろいろな失敗をへて、徐々につくられているのはその通りです。西口さんが指摘されている米アップルの広告の失敗事例は、大変貴重なご指摘だと思いました。あのアップルにしても、まっすぐ成功してきたわけではなくて、失敗を重ねて今があるということになります。
現在、強力といわれるブランドは長い時間をかけて市場で育ってきたものです。その結果だけを見て成功の要因を抽出することは困難です。西口さんが指摘されているように、第三者によるブランドランキングを眺めているだけでは何かを得ることはできません。
創業期にイノベーションによって顧客の支持を得たブランドは、当初は限られた人にしか支持されていません。この初期段階では、経営やマーケティングが重要です。
しかし、その後、ブランド名だけが市場の中で独り歩きをして著名になっていきます。この段階では、広告やプロモーションが大きな役割を果たします。「マクドナルド」やドイツの高級自動車の「メルセデス」はこのような歴史をたどってきたと思います。
ところが、ブランドは市場に拡大する段階で初期のイノベーションのありかが忘れられていくことになります。これを私は、起源の忘却と呼んでいます。
西口 創業期の思いが明文化できておらず、本質的な価値を見失うケースは多いです。ですが、中には創業時に生まれた価値を一貫できているブランドもあります。スポーツブランドの「ニューバランス」もその一つです。
私はブランディングの効果測定を説明するため、スニーカーブランドを対象に調査しました。その調査においても、多くの顧客からニューバランスのスニーカーは「履き心地が良い」「足にフィットする」といった点が圧倒的に評価されていました。根本的にはリピーターはこの点を強く支持しています。
そこで、ブランドの起源をたどったところ、靴の補整器具(インソール)にありました。1906年の創業時、創業者は靴をつくったのではなくて、労働者が働きやくなるように、既製品の靴を顧客の足に合わせるための補助から、事業を始めていたでのす。
創業から50年以上たち、ようやく靴の製造に入ったのは1960年代です。その思いが、ニューバランスの社内でどう受け継がれているかは分かりません。ですが、今でもニューバランスのスニーカーは一般的なサイズ展開に加え、足幅のサイズもバリエーションがあります。人の足に合わせるという祖業の軸からぶれずに、各国で履き心地の良さを追求しています。
ブランドの体験を構成する要素として、多くの場合は、その創業に起因するものがあり、ブランドの根本的な価値はそこにあるのではないかと思います。
創業者の精神を時代に合わせて展開する
田中 非常に興味深い話ですね。以前、ラグジュアリーブランドで働く人と話していて、どういう人をブランド担当者として雇いたいかを聞いたら、「ブランドを理解している人を雇う」とおっしゃっていました。
創業のスピリットをそのままとはいかないかもしれませんが、再解釈しながら、時代のニーズに合わせて展開していくことはブランドにとって、とても大切です。
西口 (前編の)ロクシタンの話に戻ると、創業者はもともとアーティストでした。フランス南東部のプロヴァンス地域の植物から抽出したエッセンシャルオイルを、かわいい小瓶に詰めてギフトとして売ることから始めたものの、赤字続きでした。
その後、絵の具のチューブにハンドクリームを入れたらかわいいというアイデアを思いつき、売り出すと、それが大当たりしました。お土産として大人気となり、さらに共同創業者が加わり、投資を加速して世界中で大きく売り上げを増やしました。
かつてのグローバルチームがロクシタンはもはやギフトではない、と口にしていた話をしましたが、実はこれは祖業から離れる言葉です。創業者が最初に顧客に受けたのは、かわいいハンドクリームのギフト価値です。そこから派生して、スキンケア商品を薦めるのはかまいませんが、ブランドの存在価値や意味は、多くの場合、創業期にその秘密があるものなのです。
そこを考えずに、後の事業担当が、短期間の売り上げの視点で戦略を考えるのは非常にリスキーだと思います。もちろん、古い商品やこだわりに小さく閉じこもっているだけではなく、イノベーションは必要です。ですが、それは必ずしも創業の起源や理念を否定することではありません。
成功しているほとんどのブランドは必ず、創業期に得た成功のエッセンスが今でも保たれています。
(写真/新関 雅士)
[日経クロストレンド 2025年1月7日付の記事を転載]
西口一希著/日経BP/2200円(税込み)






