北の達人コーポレーション社長の木下勝寿氏と、『顧客を見れば、戦略はいらない 解像度を上げるボトムアップマーケティング』(日経BP)を出版した川端康介氏による対談の後編。前編ではコンバージョン・エントリー・ポイントの有効性などについて意見を交わしたが、後編では「顧客理解の誤解」や戦略と実行のバランス、A/Bテストへと話が広がった。
「誰しも反応する部分」にフォーカスする
川端康介氏(以下、川端) 競合が増えてニーズが多様化し、顧客理解の難度が上がっていると感じることはありますか?
木下勝寿氏(以下、木下) いや、それはないですね。顧客というか人って、「誰もが同じように反応する部分」と「人によって異なる部分」があるじゃないですか。この商品が売れました、この広告が当たりましたというときに、誰しも反応する部分を探って、セルフ・インサイト分析をします。例えば、この広告を見たときの自分の感情を全部書き出すという方法。自分の心の動きを書くことで、それを再現していくためにどういうものを作っていくかを考える。「人によって異なる部分」=「ニーズが細分化された部分」は、そこだけを見てしまうと勝率が下がったり的を外したりするので、まずは普遍的な部分をちゃんと捉えることを大事にしています。
川端 まさに同じように感じていました。巷(ちまた)にある顧客理解の3つの誤解として、僕はセグメントとペルソナとインサイトを書籍で挙げているのですが、「これこそがターゲットのインサイトです!」という場合の多くが、人の心の動きや価値観について予想の範疇(はんちゅう)を出ず、高度な職人芸のように再現性が低い。難度が上がるだけで、それが正解なのかどうかは分からない。それよりも商品やブランドに価値を感じた状況を明らかにすべきだと思います。
木下 商品を買うインサイト部分は大事ですが、お客様の価値観までは分かりませんよね。実践からインサイトを探る必要性に気付いた人って必要な部分しかやらないのですが、学問から入った人はペルソナの項目で「それ化粧品に関係ないよね?」といったことまで挙げたりする。あまり意味がないと思いますね。
川端 その不要な部分があまりに多過ぎると感じていました。企業支援の際、何歳の女性で、住まいはどこで、家族構成は、世帯年収は、趣味は、といったペルソナをまとめた資料を企業から頂くことがあるのですが、役に立った記憶がありません。そこには購買行動につながるデータがほとんど含まれておらず、今の状態を固定化したに過ぎない情報ばかりです。
人によって、悩みが顕在化したらすぐに手立てとなるモノやサービスを探す人もいれば、ずっとほったらかしでモヤモヤしている人もいる。何に悩んでいるかよりも、その悩みに対してどういうきっかけや状況があって、お金を払ってでも解決しようと思ったのか、その一瞬の理由を捉えることが大切。もしくは、それさえすれば素晴らしい世界が待っていることに気付かせるためのクリエイティブやコミュニケーションを取った方が早いし確実だと思っています。
木下さんのおっしゃる普遍的という部分が、僕の中では広告やクリエイティブの最大公約数を狙うために必要なところという位置付けです。
戦略は7割。5割では無謀、9割だと逃す
川端 戦略と実行のバランスを取るために、どんなアプローチが効果的とお考えですか? 組織の構造がトップダウン型の企業では仮説に仮説を上塗りしたり、リスク回避のために過度に慎重になったりして、PDCA(計画、実行、評価、改善)サイクルの「Pが長過ぎ問題」が発生しているとしばしば感じています。
木下 私は、戦略は7割の勝算と3割のPDCAと考えています。10割の勝算は絶対無理ですし、9割まで勝算を上げようと思っていたらいつまでも着手できないからチャンスを逃すことになる。逆に5割では無謀ですよね。
戦略を実行することが仕事だと思い込んでしまう人は、「この戦略をやったけど失敗しました」みたいに言います。戦略をそのままで実行したら失敗します。実行したら、3割は結果を見ながら改善するPDCAサイクルを回し、成功へ導けばいいと思っています。
一方、ビジネス経験値が少ない人はデータだけで戦略を立てたりもする。
川端 クイックに聞いてしまえばいいのにアンケートの設問設計のために時間をとられたり、市場の成長性を見るためにデータを集めようとし過ぎたりして、戦略の確かさがねじ曲がってしまう例も見受けられます。
木下 1000億円の事業なら市場規模も重要ですが、20億、30億円ならタレントの一言でマーケットができてしまったりします。要はお客様がこれが欲しいと思うようなものを出したら伸びる。単発のヒットは正直そんなことで生まれていきます。むしろ、それを事業として永続的にしていくために、どうしていくかがすごく重要です。
A/Bテスト。それよりも見るべきは
川端 自社の既存顧客になられた方を永続的にしていくため、掘り下げた調査もされますか?
木下 ユーザーインタビューはしますね。ロイヤル顧客と新規顧客では商品知識も期待することも違いますので。LTV(顧客生涯価値)が高い人を探していくためには、何をセールスポイントにするべきか、両者の声を聞くことで違いが分かってくる。ただし、ロイヤル顧客はゴールにはなるのですが、そこばかりを狙っていたら数を追えないので、あらゆる段階のユーザーが必要です。
川端 僕は以前、「A:手に化粧品を持っているだけのバナー」と「B:商品ラインアップや価格、割引表記まで入れたバナー」でA/Bテストをしたことがあります。Aはクリック数では圧勝でしたが、CVR(コンバージョン率)ではBの方が4倍以上の差をつけて圧勝でした。
どちらかがいいのではなく、それぞれの狙っているターゲットが違うわけですね。Bの価格訴求のバナーは、既にブランドを認知していている人たちの需要を刈り取る。Aは、関心を喚起して間口を広げる。事業フェーズや目標数値に対して配分を考えていくことが大事ですね。
木下 川端さんの著書では、それぞれのバナーのクリック数やCPA(顧客獲得単価)などの数字も紹介されていましたね。私は、実はインプレッションの利益にどれが一番つながっているかを見ています。川端さんのテストだと、その後のLTVを考えたときに、価格訴求で買った人よりも、そうじゃなくて買った人の方がクリック率(CTR)は高くてCVRは低く、LTVは高いということですよね。それらを全部比較したときにインプレッション当たりの利益を計算して、最適な方法を選んでいます。
川端 1インプレッションまでは見ていませんでした。勉強になります。数字で次の施策や戦略、企画まで作ってしまえる部分もあり、顧客理解をする必要があるのかという人もいます。でも、私はお客さんに聞くことに加えて、自分の軸も入れておきたいなという部分があります。商品を買って使って、買いやすさや使い勝手、楽しんでみることも自分としては大切にしています。
(写真/古立康三)
[日経クロストレンド 2025年1月21日付の記事を転載]
川端康介著/日経BP/1980円(税込み)





