新しいサービスやイノベーションは失敗から生まれる――。創業から11年、1400万ユーザーを抱え、フィンテックで大きな存在感を持つマネーフォワードも、数々の失敗や困難を経験した。意気揚々と開発した新サービスは関係者しかユーザーがつかない、接続していたサービスから接続拒否される、大規模停電でユーザーの一部データが消えそうになるといった危機もあった。だが、胃がキリキリと痛み、眠れない日々を乗り越え、ユーザーに向き合ったから、大きく成長できた。マネーフォワードの辻庸介CEOが体験した失敗の数々を記した著書『 失敗を語ろう。「わからないことだらけ」を突き進んだ僕らが学んだこと 』から一部抜粋・再編集して掲載する。今回は、思い入れが強すぎたプロダクトが失敗してしまう理由について。
創業から11年、僕たちマネーフォワードは数々の失敗を繰り返してきた。紙一重のギリギリの決断や幸運で命拾いをした経験が山とある。しかしそもそも、僕らはスタートから大失敗で始まったのだった。
起業の思いを込めたプロダクトで大失敗
記念すべき初代プロダクトは2012年春にリリースされた。
その名も「マネーブック」。
イメージしたのは「フェイスブックのマネー版」のようなもので、個人が自分の資産でどんな金融商品を買ったり、投資したりしているのかを知り合い限定で公開し、ネットワークを広げていくという、今思えばなかなか刺激的なサービスだった。
名前はニックネームで登録できるが、知り合いからつながるネットワークだから、お互いに誰かはだいたい分かる。「社会的に活躍している人が、どんな資産管理をしているのか知りたい」という好奇心に応えるもので、原型としてKaChing(現Wealthfront)というアメリカのスタートアップの事例があった。「他人の資産運用を参考にしながら家計管理をしよう」という発想で生まれたソーシャルトレーディングのサービスは、アメリカでは受け入れられて、有名なエンジェル投資家から資金を集めていたのだ。
加えて、「マネーリテラシーについて学べる教育の機会が足りていない」という課題も各所で見聞きし、なんとかしたいという思いがあった。「人生の質を左右するお金の教育はぜひ受けたい。しかし、時間もお金もかかるし、多忙な社会人はなかなか行動には至らない」。この問題を、テクノロジーの力で解消できればいい。1つのアプローチとして、「家計管理や資産運用の上級者の“お金の内訳”を見ながら成功則を勉強する」というサービス提供をすることに意味はあるのではないか? そんな狙いも、この「マネーブック」にはあった。
ネックは情報を守るセキュリティーの問題だったが、もちろん可能な限りの対策は取っていた。「家計や資産を見せ合うことに抵抗はないだろうか?」という疑問も容易に浮かぶはずだが、創業時特有の気分の盛り上がりの中ではすべての解釈は楽観に傾くもので、「日本は裸を見せ合う温泉文化があるのだから、資産を見せ合うのもきっと平気だよな」なんて言い合っていた。
結果は、――惨敗。
恐ろしいことに、僕らはいきなり誰も使ってくれないサービスをつくってしまった。いや、「誰も」というのはさすがに言い過ぎで、こんなアバンギャルドなサービスを触って楽しんでくれたユーザーもいた。しかし、その大半は僕ら創業メンバーの友達とその友達。ご祝儀の範囲を超えない人数で、50人にも満たなかった。
ユーザーが増えない原因が「ここが使いにくい」といった解消可能な不便であれば、改善さえすればいいのだから希望は持てた。けれど、このときに僕たちがつかんだユーザーのリアクションはどれも、「使うのが不安」「すぐに退会したい。データを消して」といった利用自体に積極的になれないニュアンスを含んでいた。
家族を説得してマネーフォワードにジョインしてくれた社員もいたが、彼は、その家族が使おうとしてくれないのだと苦笑いをしていた。
今思えば、「マネーブック」は一部のマネーリテラシーの高い、新しもの好きの好奇心は確かに満たしたかもしれないが、皆が抱える課題を解決できるプロダクトでは全くなかった。
リリースから2、3カ月たって、やめる決断をした。
めったにないが、当時の顔ぶれで当時を振り返ることがある。中には、「時代が追いついていなかっただけ。今なら受け入れられるかもしれないぞ」と“復活”の希望を捨てていないメンバーもいるが、さて、どうだろうか。
売り上げゼロ、焦りからの方針転換
半年以上かけて準備した初代プロダクト、しかも人生を賭けて、わざわざ皆に好きだった会社を辞めてもらってまでチャレンジしたプロダクトが全くの空振りに終わったことは、ショックだった。残ったのは、これからどうすればいいんだろうという不安だけ。
けれど、今振り返ればだが、これは僕らにとって必要なつまずきだった。
マネーブックの失敗がなければ、今のようにUser Focus(ユーザーフォーカス)をとことん突き詰める会社にはなれなかったと思う。シリコンバレーでよくいわれる「Fail fast」(早く失敗しろ)のお手本のような経験ができた。というのは、楽観的すぎるだろうか。
思いが強い起業家ほど陥りがちなのかもしれないが、世に出ては消えていくプロダクトのほとんどが、「開発者目線」「提供者目線」に偏り過ぎている。「こういうサービスがあったら、きっと喜んでくれるだろう!」という理想が先走り過ぎて、ユーザーが見えなくなっているのだ。「ユーザーのために」と言いながら、実はユーザーを見ていない。そんなズレが大きな失敗につながるという痛烈な学びを、僕たちはいきなり体験したのだった。
「使ってもらえるサービス」を目指して
マネーブックの失敗を通じて、僕らは切実な渇望を感じていた。
「ユーザーに使ってもらえるサービスをつくりたい」
つくり手の独りよがりではなく、使い手に「あって良かった」と思わせるサービスをつくりたい。つくってみせる。起業してすぐに経験した強烈な失敗体験が、僕たちの結束を一気に強めた。すでに全員が退路を断ってマネーフォワードの一員になっていて、何かを生み出すしか道はなかった。
売り上げゼロが続くのだから、焦りしかない。しかも、進むべき方向が分からず、正直、頭を抱えていた。どうしたらいいのか? どんなサービスならユーザーに喜んで使ってもらえるのか? 仲間と何度も議論を重ねた。
自分のお金についての情報を他人に知られていいと思う人は、あまりいない。一方で、自分のお金の情報を、自分自身で正しく把握したいというニーズはやはり大きい。これが、このときの僕たちの結論だった。
毎日の生活で生じる支出や預貯金、運用している資産など、お金のフローとストックの全体像を把握できれば、お金の不安が軽減したり、やりたいことにチャレンジできたり、個人の人生を前向きに支えられる。
それは僕たちが一番やりたいことだったし、そこには可能性があると確信できた。まずは、家計・資産管理に特化したアプリの開発に集中しようと、次の方針は決まった。プロダクト第1号の頓挫(とんざ)からすばやくピボットし、半年後の2012年12月には「マネーフォワード ME」(当時の名称は「マネーフォワード」)のβ版をリリースできたことは、我ながら切り替えが早かったと思う。

[日経ビジネス電子版 2021年6月28日付の記事を転載]
多くの危機を乗り越えてきた起業家からのアドバイス
誰も使ってくれないプロダクト、接続先からのアクセス拒否、訴訟や規制との摩擦、サービス全停止の危機、仲間とのすれ違い、ユーザーからの大反発……胃がキリキリする“黒歴史”が、起業家をタフに変え、強いチームと成功を生み出しました。本書では、マネーフォワードCEOの辻庸介さんが、スタートアップから今に至るまでのマネーフォワードの試行錯誤を、「本当に、ここまで書いていいんですか?」というところまで語ります。課題解決に向けた必死の取り組み、困難を経て生まれる組織としての一体感、そして失敗にひもづいた多くの学びは、起業したい人はもちろん、日々の仕事や生活で困難や課題に直面している方のヒントとなるはずです。