仕事に臨む上では、日々の業務で感情に左右されないことが重要です。そのためには、(1)事象を可視化すること、(2)議論に勝つのではなくすり合わせること、(3)目の前にある状況を俯瞰(ふかん)してモニタリングすること、が求められます。これら3つのポイントについて、書籍『 6スキル トップコンサルタントの新時代の思考法 』(佐渡誠、鈴木拓著/日本経済新聞出版)から抜粋して解説します。
(1)事象を「可視化」する
感情とは各々の心の中にある目に見えない気持ちなので、感情を切り離す手っ取り早い方法は、議論の対象となっているものを「可視化」することです。例えば、メモを取ったりホワイトボードを使ったりするだけでも、相手の発言や主張だけを取り出して手元で「可視化」することができるため、感情を切り離した状態で相手の情報を受け取ることができます。
特に正解のない仕事においては抽象的・概念的な議論が多くなりがちですが、口頭だけで抽象的な内容がやり取りされてしまうと、挙げられている情報がファクトなのかその人の感想や印象なのかが分からなくなって、なんとなく受け答えしたり対処したりしがちになります。そうして発生した認識の齟齬(そご)が時間とともに大きくなって、予期せぬ事故やリスクを呼び起こすことにもつながるのです。
自分が理解できないハイコンテクストなコミュニケーションをされて「何を言っているか分からん!」と言う前に、そのまま分かったつもりにせずローコンテクストに落として相対することが重要です。その場で分からなければ、後で自分なりに言語化をする・資料に落として整理してみるといったことを実践するとよいと思います。
筆者自身も、クライアントミーティングが終わったら、パソコンのメモ帳機能を開いて、次の議論に向けた前提の整理、論点の言語化、作業アプローチの可視化、アウトプットイメージの明確化を必ず言葉に落とす形で行っています。そうしないと今何をすべきかがもやもやしたまま日々を過ごすことになるので、そういった感情から自分を解き放つために「可視化」という手段を日常的に取り入れています。
(2)議論に「勝つ」のではなく「すり合わせる」
会議や議論での発言や提案は、「自分のロジカルシンキング力を見せつける」ためでも、「自分の考えた仮説を作品のようにお披露目する」ためでもなく、人やビジネスを動かすというゴールに向けたものであるという意識を持つことが非常に重要です。
例えば、上司にコテンパンにフィードバックされることが続くと、「なにくそ」「これでどうだ」という気持ちが芽生えると思いますが、これを勝負ごととして捉えてしまうと、対症療法的な思考になったり、不毛な議論準備に時間を使ってしまったりと、さらに状況が悪くなることにつながります。
そうならないためのポイントとして、自分の仮説や意見は様々な要素の集合からできていると考えると相手からの意見や考えが受け入れやすくなります。例えば、「ロジカルシンキングができていない」と言われたときに、まず指摘対象となっている「ロジカルシンキング」を「ロジカル」と「シンキング」に分解します。さらに「ロジカル」は「論理構造(前提・結論・根拠)」「論理展開(演繹・帰納)」などに分解され、「シンキング」は「認知・解釈(主観的認知・メタ認知など)」「概念操作(具体化・抽象化、分解・統合など)」などに分解されます。
「ロジカルシンキングができていない」ということを字句通り受け取ってしまうと、ぼんやりとした能力不足を指摘されているような気分になるかもしれませんが、このように分解していくと、具体的に自分に何が足りないのかを「建設的」に理解する頭に切り替えることができます。
上司からフィードバックされた内容の全体感をぼんやりと受け取るのではなく、一つ一つの要素に着目して何について話されているのかを意識的に切り分けていくと、すり合わせるべき対象が明らかになり、自然と感情の切り離しができるようになるのです。
(3)目の前にある状況を「モニタリング」する
よく自分を客観視することが大切だ、と言われますが、確かに自分を客観視できれば、今自分が喜怒哀楽のどの感情にいるのかが分かるような気がします。一方で、実践的な観点で自分を客観視するのはなかなか難しいことだと思います。筆者がよく心掛けていることとしては、自分とその周囲の状況を上から「モニタリング」して見ている幽体離脱のようなイメージの感覚を持つことです。
例えば、「上司と次回クライアントミーティングで提示する仮説を決める」という会議を行っているとしましょう。自分が考える方向性と上司が考える構想に大きなズレがあるため議論が平行線で、結論に行き着く目途がつかないことにいら立ちを覚えている状況を想定します。
この状況を別の自分から「モニタリング」すると、「現在時刻20時43分。21時までに上司とこの論点は合意したい。けれども自分と上司で大きな方向性のズレがある。それは前提の理解が異なっているからだ。まずは置くべき前提をすり合わせる必要がある。でも残り17分で前提を説明して結論まで持っていくのは無理だ。であれば、まず今日は前提の説明だけで終えて、翌日改めて前提を可視化した上で方向性を議論しよう」ということになります。
ただただ理解し合えないイライラをよどませるよりも、置かれている物理的状況そのものを俯瞰して「モニタリング」することで、その場で何が起きているのか、何がすり合っていないのかといったことを冷静に理解・判断できるようになります。
これを俯瞰的な目線を持たずに、ただ「現在時刻20時43分」というパソコン上の時計表示を見てしまうと、「もうこんな時間か、早く終わりたいのに、もう」という感情に流されがちになります。また、「モニタリング」の意識を持つことで、自分が上司やチームメンバーからどう映っているかということに気づいて、自分の姿勢や態度を改めることができます。
感情に左右されずに今やるべきことをしっかり自分の中に腹落ちさせて物事を進めていくためのこれらの意識は、日々の仕事に「安定感」と「再現性」をもたらします。正解のない仕事に立ち向かっていく中で、どのような環境変化や状況変化があっても「安定感」と「再現性」をもって仕事ができるということは、そのまま上司やチームメンバーからの信頼につながります。ぜひここで説明した意識・姿勢を持って、日々の仕事に向き合ってみてください。
佐渡誠、鈴木拓著/日本経済新聞出版/1760円(税込み)