この世界は、天才と秀才と凡人でできている。でも、三者は殺し合うことがある――13万部ベストセラーをオリジナル脚本でマンガ化した『
マンガ 天才を殺す凡人
』(北野唯我著、日本経済新聞出版)から、三者の違いが分かるマンガ、そして、それぞれの生き方についてのアドバイスを抜粋・再構成して3回に渡ってお届けする。本記事は3回目。
1回目 「直感で自由に発言する人は、本当に『邪魔者』なのか」
2回目 「凡人か、秀才か、天才か、人は3種類 凡人は天才を殺す」
凡人はどう生きればいいのか
『天才を殺す凡人』を読んだ人からは「自分は凡人です。特別な才能がありません」「凡人は凡人として生きるしかありませんか」という感想が多く寄せられました。
北野 おそらく「天才」という言葉にインパクトがあり、「天才のように才能がある人は、自分とはかけ離れた特別な存在」だという思い込みがあるからですね。
僕は「凡人に才能がない」とは一言も言っていませんし、凡人の強みである共感性が生きる仕事もたくさん存在します。例えば営業職だったら、最後の最後、「顧客にとって良いものを売る」というところでは共感性が必要です。多くの人を束ねるリーダーや、僕が文章を書くときにも、読者の心を打つために共感性が求められます。
一方、ルールや正確さが求められるような法律や医療の世界では、秀才が得意とする再現性が求められるでしょう。会社や組織が大きくなっていくときにも、論理的に物事を進める秀才が重宝されます。
自分のタイプと合致する業界や職種を選べば、活躍の場は大いにあります。
確かに職種によって違いますね。同じ文章を書くとしても、北野さんのような作家に必要なのは共感性や創造性ですが、記者となると「正確な文章を間違えずに書く」という再現性がまず求められますね。
北野 そうですね。だから、自分のタイプを把握しつつ、「自分が相反するタイプの誰かを殺してしまうかもしれない」と理解しておくことが大事だと思います。そこのポイントが分かっていると、活躍できる領域が広がり、自分がアンバサダーとなって手を組めるパートナーの種類が増えるはずです。
どうやって「自分の言葉」を語ればいいのか
本の中では「凡人は、自らの言葉という最強の武器を使え」と書かれています。すごく元気の出るアドバイスですが、半面、「自分は凡人だ」と思っている人にとって、いきなり自らの言葉を語り出すのはハードルが高いかもしれません。
北野 それはどこかで「凡人になりきれていない」のだと思います。「世の中的にヘンかな」「こんなことを言ったら笑われるかも」「否定されたらどうしよう」と気にしているから、自信を持って話せないんですね。
でも、本来「自らの言葉」というのは、誰にもじゃまされない領域であるはずです。だって、自分の意見ですよ。「私はこう思う」「私はこうしたい」「私はこうなんだ」ということは、他人は誰も否定できません。
とはいえ、「いきなり自分の言葉で語るには抵抗がある」という人は、「私はこう思う」というI(私)を主語にしたIメッセージを使うということから始めればいいと思います。例えば、「AかBか」という議論をしているときに、相手は「Aだ」と言ったとします。でも、自分は「Bだ」と思った場合、「Bであるべきです」と言うのと、「私はBが好きです」と言うのでは、まったく印象が違いますよね。
「Bであるべきです」というのは、客観的な事実を語ろうとしているだけですが、「私はBが好きです」には感情がこもっています。思い返してみれば、誰もが小学生のころは「私はBが好きです」という言い方をしていたはずです。それがいつの間にかできなくなってしまっただけ。本来はできるはずなので、思い出してやっていけばいいんです。
自らの言葉を使うポイントは、1つが「他人の言葉をデトックスすること」。誰かから借りてきたような言葉やビジネス用語は使わないことです。2つ目は「白状すること」。カッコつけずに自らのありのままを話せばいいんです。
凡人の武器は「自分の言葉」とのことですが、それ以外に武器となるものはありませんか。
北野 人間関係や信頼関係を構築するのは、基本的に共感性を持っている人のほうが得意です。だから、凡人が持つ共感性は強力な武器になります。
現実には、もしかしたら仕事術なんかよりも人間関係や信頼関係って、めちゃくちゃ重要ですよね。人間関係や信頼関係を生かして仕事をすることは、どの職種でもできます。例えば、営業であれば長いお付き合いになる顧客を獲得する、マーケティングなら社内の人から「この人の言うことだったら間違いなさそうだ」「この人のために頑張ろう」と思ってもらえる――ということがあるでしょう。凡人がリーダーシップを取って、仕事を進めていける場面は大いにあります。
そのためにも「自分の言葉」を磨いておくことが大事なのですね。
北野 自分の言葉で話すことは、コミュニケーションの1つの手法だと思うので、その技術を学ぶことはすごく重要です。
1980年代半ばに、アメリカの社会心理学者ダニエル・ウェグナーが提唱した「トランザクティブメモリー」という「組織学習」に関する概念があります。その中で述べられているのは、結局、強い組織とは「組織全体が同じ知識を記憶するのではなく」、「Who knows what ?」である。つまり「誰が何をしているか知っている組織は強い」と言っています。
組織が大きくなればなるほど、「誰が何を知っているのか」「あの情報はどこにあるのか」を探すのが難しくなりますよね。そんな中で「あの人はあの情報に詳しい」「あの分野はあの人に聞けば分かる」と周知されておくのは、武器になります。日頃から自分の言葉で、「何ができるか」「何を考えているか」を話しておくことはものすごく重要です。
出版社にもそんな人が多いです。「あれはあの人に聞けば分かる」みたいな、潤滑油のような人がいます。
北野 何回も言いますが、凡人が悪いわけではありません。凡人の才能の生かし方はたくさんあります。自分のできることを言語化して、説明できるようにしておくのは大事ですね。
天才のいない組織はどうすればいいのか
『天才を殺す凡人』を読んだ人からは、「自分の組織には秀才と凡人しかいない」と心配する声も多く寄せられました。
北野 それは別に悪いことではないと思います。秀才と凡人だけで戦える組織、もう再現性の塊のような組織を作ればいいんです。先に挙げたコンビニエンスストアのように、全国のどこで誰が仕事をしたとしても絶対に成果が出るようなオペレーションやルールを作ればいい。
一方で創造性が必要な場合は、「外注」という手段があります。例えるならば、コンビニエンスストアや旧財閥系の企業が、佐藤可士和さんのようなクリエイターに外注する│といったイメージです。その方式で成功している企業もたくさんありますよね。
なるほど。でも、クリエイターを探す嗅覚を持っていないといけませんね。そして、その才能を値切ろうとしないことも大事ですね。
北野 クリエイターの価値が分からないので、適正な価格を付けられないということがあるかもしれません。
僕がすごく好きなピカソのエピソードがあります。あるときピカソが市場を歩いていたら、一人の女性に「何か絵を描いてください」と頼まれたそうです。ピカソは30秒ほどでサラサラッと絵を描き上げた。女性が「いくらなら譲ってもらえますか」と聞いたら、「100万ドル」だという。女性が驚いて「30秒で描いた絵が、どうして100万ドルもするのですか!?」とたずねると、「私は30年間も絵を描く技術を磨いてきた。だから、この絵は30秒と30年間の価値がある」と答えたそうです。
ピカソのようなクリエイターからすれば当然の言い分ですが、クリエイティビティを発揮したことがない人には、その価値は分からないかもしれません。
せっかくの天才を、秀才と凡人が殺してしまいそうになったら、どうしたらいいですか。
北野 クリエイティビティの芽を摘まないためには、アンバサダーの力が必要です。天才と秀才、天才と凡人を橋渡しできるアンバサダーを通じて社内のコミュニケーションを円滑にしたり、予算を組んだりすればいいと思います。それが無理なら、あきらめるしかないですね。
僕が最近読んだ本で面白かったのは「子どもの強みは忘れやすいことである」というくだりです。子どもって、何回注意しても同じ失敗をするじゃないですか。それは過去を忘れるから挑戦できるんですよね。
大人は失敗したり、怒られたりしたら、なかなかもう1回挑戦できません。だから、子どもに学んで、過去を忘れて新しいことに挑戦したいですね。
子どもも天才も過去を引きずらないですよね。
北野 失敗しても、それを失敗だと思わないんでしょうね。イーロン・マスクは「破壊的少年」という印象だし、過去のことを気にしているイメージはないです。好き勝手にやっている感じですよね。
13万部のあのベストセラーがついにマンガ化! 天才は生き残れるのか。天才がいない組織はどうすればいいのか。凡人が持つ最強の武器とは何なのか。『天才を殺す凡人』に寄せられた質問に著者が答える特別付録も収録。
北野唯我著、松枝尚嗣(作画)、星井博文(シナリオ)/日本経済新聞出版/1540円(税込み)