作ってわかる大規模言語モデルの仕組み 』を執筆した井上顧基氏と下垣内隆太氏に、大規模言語モデル(LLM)の仕組みを学ぶ意味や、LLMを含む生成AIの最新動向を編集担当者が聞きました。本書では、小規模のLLM(GPT-2/3相当)を自分で実際に作る方法を示しながら、LLMの仕組みを解説します。後編では、LLM関連の最新動向を聞きます。AIエージェントを開発する上で(犬の)「ハーネス」が鍵になると説明します。

前編では、LLMの中身を学ぶ意味について聞きました。後編では、LLM関連の最近の動向について教えてください。

Elith 代表取締役 CEO/CTO・井上顧基氏(以下、井上) 最近出てきたプロダクトでいうと、やはりオープンクロー(OpenClaw)が注目ですね。PCローカルで動かせるAIエージェントということで、かなり盛り上がっています。自分の秘書のように使える存在で、情報を整理してくれます。例えば、LINEの返信を代わりにしてくれます。LINEの履歴を見て、同じトーンで返す、ということもできます。

PC上で動くAIエージェント「オープンクロー」に注目

PC上やGoogleドライブ上のファイルなど、AIエージェントがいろいろ触れるようになりますよね。

井上 そうですね。逆に制御できない部分もあって、勝手にファイルを消してしまったりメールを送ったりするセキュリティーリスクがあります。
 それでも、すごく盛り上がっているのは事実で、今までと違うのは、本当に人間のように動いてくれる、という点だと思います。
 これまではエージェントに細かく指示を与える必要があって大変でしたが、最近は米アンソロピックの「Claude Cowork」が出てきました。これまでは開発者向けのClaude Codeが有名でしたが、ビジネス向けのCoworkもオープンクローも同じように、ローカルファイルを参照して、ドキュメントや成果物を作ってくれます。
 これまでは人間が途中で介在していた部分が多かったのですが、今はかなり減っています。それはメリットでもありますが、その分リスクも同じだけあります。
 Claude系は承認プロセスを設けていますが、それをスキップすることも可能です。その辺りはリスクとの兼ね合いですね。

Elith 代表取締役 CEO/CTO 井上顧基氏
Elith 代表取締役 CEO/CTO 井上顧基氏

オープンクローのほうは、もっとカジュアルなんですね。

Elith CAIO / Generative AI Research Engineer 下垣内隆太氏(以下、下垣内) オープンクローを企業で使うのは、今のところ厳しいと思います。AIのセキュリティーをやっている方が、SNSで「自分のGmailをオープンクローに全部消された」と言っていました。守る側の人でもそうなるのか、と思いました。使えるけれど、それなりに危ないツールですね。
 一方で、2026年3月には、NVIDIA社がオープンクローをより安全に使えるようにするための「ネモクロー(NemoClaw)」を発表しました。今後の進化にも目が離せません。

AIエージェントの「ハーネス」でLLM自体も進化する

技術的な進化で注目されているものはありますか?

下垣内 LLM自体もどんどん進化をしていますが、それを取り巻く「ハーネス」と呼ばれる制御部分が重要になってくると思います。AIエージェントをうまく制御するための技術で、それがLLM自体にも組み込まれていっています。
 LLMが生成できるのは、基本的に言葉や画像だけです。このため、AIエージェントのオープンクローのように、LLMが実際にファイルを参照・変更したり、メールを出したりすることはできません。その機能を提供するプログラムが「ツール」です。ファイルアクセス、メール送受信ができる「ツール」があることを、LLMにプロンプトなどで教えます。するとLLMは、必要だと思ったときに「このツールでファイルを消して」といった指示を出すのです。
 LLMに「どんなツールを使わせるのか」「ファイル消去など、どこまでの権限を与えるのか」「その実行計画をどうプランニングするのか」「実行結果をどうフィードバックするのか」というように、エージェントがLLMをうまく制御するための機能が、ハーネスです。犬につけるハーネスのように、LLMを「これ以上あっちには行かせない」といった制御をするのです。

井上 アンソロピックのClaudeは、ハーネスの設計がかなり得意ですよね。一方で、OpenAIは汎用モデルが強い分、ハーネスは後追いになっている印象があります。

そのハーネスがLLM自体にも取り込まれていっているのですか?

下垣内 ハーネスをどう使うか、どうプランニングするか、という部分も含めてLLMに学習させています。
 具体的には、ツールを呼ぶための特殊なトークンなどを学習させています。前編でも紹介した中国のディープシークが出てきた頃からその傾向が強くなってきました。
 単体で正しい答えを出すだけでなく、ツールを使うなど、いろいろなことをする前提の学習データになってきています。例えば「自分は計算が苦手だから、計算問題が来たらツールを呼ぶ」といった振る舞いですね。電卓を使うような感覚です。
 AIエージェントの可能性を広げた技術に「コードインタープリタ」があります。LLMが自分でコード(プログラム)を記述して、その実行結果を回答に使う技術です。これもLLMがコードを実行できる手段がある、ということを学習していないと、そもそも使えません。そうした「手段がある」ということ自体を、学習データに入れているんだと思います。

Elith CAIO / Generative AI Research Engineer 下垣内隆太氏
Elith CAIO / Generative AI Research Engineer 下垣内隆太氏

LLMの仕組みを知っていれば変な誤解も防げる

書籍で解説されている「アラインメント」に近い話でしょうか。学習済みのLLMに「人間が好む回答」を学習させる。

下垣内 そうですね。近い部分です。ClaudeのようなLLMはそもそも、インターネット上の大量のデータを学習させただけでは作れません。「爆弾の作り方を聞かれても答えてはいけない」といった人間の倫理観や価値判断基準などを学習させないと使い物にならず、それがアラインメントと呼ぶ技術です。ハーネスも同様に追加で学習させているのだと思います。

井上 『 作ってわかる大規模言語モデルの仕組み 』では、誰でもLLMを一から作れるように、その方法を解説しました。実際に、最小限のLLMなら本書向けに公開しているコードを動かして学習/推論ができます。
 このことは、昨今の地政学的にも重要だと考えています。我々は実質的に海外の生成AIサービスに依存しています。それが急に使えなくなるリスクはあります。ベンダーロックインの問題も含めて、LLMを自分たちで作れるようになることは、この本の本質的な価値の一つだと思っています。
 前述のオープンクローのようなソフトも自作ができるわけです。LLMを自作して、少し高価なGPUを用意すればローカルで動かせます。

下垣内 LLMの中身を知っておくことは「生成AIに対する変な誤解」を避けるためにも重要です。

井上 そうですね。例えば、中国系のオープンソースのモデルを使うと、バックドアがあって情報が漏れるのではないかといった話がありますが、仕組みを知っていればそんなことはないと分かります。

下垣内 お客さんからもよく聞かれますね。中国産のモデルだと、情報が中国に送られるんじゃないか、という話ですが、ローカルモデルでオフラインなら、送られるわけがない、という。

井上 当社は海外でも営業していますが、例えば台湾でも中国のモデルが普通に使われています。

なるほど、そうなんですね。国産のLLMには期待していますか?

井上 大きく2種類ありますね。フルスクラッチで一から開発するタイプと、海外産のLLMをファインチューニング(微調整)するタイプです。
 フルスクラッチタイプでは、Preferred Networksのモデルや、ソフトバンクのSarashina(サラシナ)などは期待できると思っています。

短期で約5兆円売り上げのアンソロピックは戦略的

海外のLLMで気になるものはありますか?

井上 やはり、アンソロピックのClaudeですね。アンソロピックは4月初めに、年換算売上高(ランレート)が300億ドル(約4兆7000億円)を超えたと発表しました。2025年末時点では90億ドルだったので、たった3カ月で3倍以上とすごい勢いで伸びています。
 やっぱり当たったのは開発者向けのClaude Codeですよね。個人的な見立てでは、最初はChatGPTと同様の汎用サービスを出しておいて、どう使われているのかをじっくり分析したのだと思っています。そこで生成AIのターゲットは「コーディングだ」と振り切りました。それが急成長につながり、とても戦略的だったと思います。
 これまでのスタートアップだと、いわゆるJカーブで回収までかなり時間がかかるのが普通でした。それが、このAI時代では、すぐに売り上げが立つ。そこがすごいなと思いました。
 一方で、OpenAIは画像生成に注力するなど、汎用モデルの性能をとにかく上げる方向に振ったので、今は結構苦しんでいるのかな、という印象があります。動画生成のSoraもやめてしまいましたね。

下垣内 OpenAIやGoogleは、動画生成や画像生成もかなりやっていますが、アンソロピックは特徴的で、少なくともWebアプリとしては、画像生成や動画生成を一切出していませんね。

なるほど。コーディングに振り切ったのが、現在の躍進につながっているのですね。本日は貴重なお話、ありがとうございました。

取材・文/安東一真(日経BOOKSユニット編集部長) 構成/西 倫英(日経BOOKプラス編集) 写真/小野さやか

最小限のLLMならゼロから誰でも作れる!

ChatGPTが使う大規模言語モデル(LLM)「GPT」を一から作りながら、LLMの基本から実装まで体系的に学べる本です。TransformerからGPTまで一から作り、「人間の意図に沿った応答」を生成するアラインメント(SFT、DPO)も実装しながら、その仕組みを学べます。最新の推論強化モデルまでカバー!現代のLLMがどのように作られているのか、その本質をこの1冊で理解できます。

価格:3,630円(税込)
発行日:2026年3月20日
著者名:井上顧基、下垣内隆太、高島直也、澤風吹 著