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今年7月、東京・恵比寿の駅ビル、アトレ恵比寿と有隣堂がコラボして「おもてなし書斎」という選書イベントが行われた。事前に登録してアンケートに答えると、後日一人ひとりに対面で本を推薦してくれる。選書された本は気に入れば購入できるが、買わなくてもいい。日経BOOKプラス編集部の桜井と雨宮が、読者になり代わり、体験取材してみた。

本でお悩み解決

 そもそも事の起こりは、日経BOOKプラス編集部のチャットに、同僚の雨宮からの書き込みがあったこと。雨宮は「ヤバイっすよ」が口癖の、平成生まれ編集者だ。東京・恵比寿の有隣堂で、「アトレ恵比寿×有隣堂 おもてなし書斎」なるイベントがあるのだという。

 日経BOOKプラスで個性派書店の連載 「この街に、この本屋さん」 を担当している私は、以前から選書サービスを一度体験してみたいと思っていた。うまくすれば記事になるかもしれない。

 まずは、職業や年齢、性別などをネット上で登録する。するとアンケートの内容が現れる。「健康」「仕事」「恋愛」「自分磨き」のなかからジャンルを選び、悩みの詳細を記述してください、とある。

 うーん。さて困った。これから残り人生をどう生きていくかという「問い」とか、人間存在の「哲学的悩み」(?)はあるけれど…。このジャンルにある悩みは思いつかない。

 私は編集部のチャットにこう書いた。

 「これ私、書けません。お悩みないし。誰か挑戦しませんか?」

 すると、雨宮から書き込みがあった。

 「悩み…笑 ディープすぎるものならありますが(笑)、公開するとドン引かれそう。とりあえずほぼ満席になってたんで、行くだけ行ってみますw」

 乗りかかった舟だ。私も、なんとか悩みをこしらえて、申し込んでみた。

 7月8日午後3時、職場を抜け出し、有隣堂アトレ恵比寿店に到着。書店員さんにイベントの場所を聞いたら、1階下のエスカレーター横広場で行うとのこと。

 会場にはソファとテーブル、テーブルの中央にはアクリル板がある。担当していただいたのは、有隣堂 店舗運営部 書籍・雑誌課 兼 運営グループ課長の神谷康江さんだ。

アトレ恵比寿にあるインテリアショップB-COMPANYのソファとテーブルが置かれた「おもてなし書斎」。参加者にはハーブティーも振る舞われた(写真/雨宮百子)
アトレ恵比寿にあるインテリアショップB-COMPANYのソファとテーブルが置かれた「おもてなし書斎」。参加者にはハーブティーも振る舞われた(写真/雨宮百子)
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結局、全冊買ってしまう

 私はアンケートのジャンルで「仕事」を選び、「60歳男性。出版社勤務。活字離れやデジタル化で会社の将来が心配」などと、“適当に”悩みを書いた(有隣堂さんすいません)。選書にはさぞ苦労されたことと思う。

 果たして私の前に置かれた本は、『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』(ミア・カンキマキ著/末延弘子訳/草思社)、『ブックセラーズ・ダイアリー スコットランド最大の古書店の一年』(ショーン・バイセル著/矢倉尚子訳/白水社)、『あつかったら ぬげばいい』(ヨシタケシンスケ著/白泉社)、『道しるべ』(ダグ・ハマーショルド著/鵜飼信成訳/みすず書房)の4冊であった。

『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』と『ブックセラーズ・ダイアリー』(写真/スタジオキャスパー)
『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』と『ブックセラーズ・ダイアリー』(写真/スタジオキャスパー)
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『あつかったら ぬげばいい』と『道しるべ』(写真/スタジオキャスパー)
『あつかったら ぬげばいい』と『道しるべ』(写真/スタジオキャスパー)
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 『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』と『ブックセラーズ・ダイアリー』は、地元の書店で立ち読みして、気になっていた本だ。さっそく『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』を読んでみた。京都の街を歩くのが好きで、外国人による日本論もよく読む私としては、非常に面白く読めた。

 『ブックセラーズ・ダイアリー』も読み始めたばかりだが、書店好きの私には、「ストライク」の選書。『あつかったら ぬげばいい』は、シリアスな悩みがなくても、うなずきながら読むことができた。本当にややこしい問題を抱えている人には刺さりそう。

 『道しるべ』は、元国連事務総長でノーベル平和賞受賞者でもあるスウェーデンの政治家による随筆。飛行機事故で不慮の死を遂げた。なぜこの本が選ばれたのかは、神谷さんの説明を聞いてもいまひとつ分からなかった。ぎりぎりまで迷った結果、3冊に絞り切れず、4冊になったそうだ。

 選書のセンスがなかなかいい、さすが有隣堂!と思い、即断即決で全冊購入した。

 以下は、その翌日、選書サービスを体験した雨宮からの報告である。

もともと有隣堂アトレ恵比寿店ファン

 私は、有隣堂アトレ恵比寿店の品ぞろえが好きで、よく行っている。どうして好きかというと、2つ理由がある。

 1つは、世界中のユニークな雑貨をテーマごとに集め、販売していること。そして、雑貨にひもづけて本が置いてあり、思ってもみなかった出合いがあることだ。

 もう1つは、女性についての本が多いこと。私はいつもビジネス書ばかり読んでいるので、例えばデヴィ夫人の『選ばれる女におなりなさい デヴィ夫人の婚活論』(講談社)などのタレント本はまず手に取らないが、そうした本も知ることができる。

ビジネス書以外をリクエスト

 今回のイベントはお店のLINEで情報を得て申し込んだ。お悩みアンケートには、「忙しいが、健康には気を使いたい。仕事でたくさんビジネス書を読んでいるので、ビジネス書以外で、忙しさを忘れられる本。新しいことを始める予定なので、後押ししてくれる本を読みたい」と書いた。

 当日は、酒井さんという書店員に担当していただいた。

 酒井さんが選んだ本は、『大人時間を味わう たのしいスパイス絵本』(武政三男総監修/日沼紀子監修/日本文芸社)、『遠い太鼓』(村上春樹著/講談社文庫)、『自分で「始めた」女たち 「好き」を仕事にするための最良のアドバイス&インスピレーション』(グレース・ボニー著/月谷真紀訳/海と月社)の3冊。

『大人時間を味わう たのしいスパイス絵本』(写真/雨宮百子)
『大人時間を味わう たのしいスパイス絵本』(写真/雨宮百子)
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『遠い太鼓』と『自分で「始めた」女たち』(写真/雨宮百子)
『遠い太鼓』と『自分で「始めた」女たち』(写真/雨宮百子)
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 『大人時間を味わう たのしいスパイス絵本』は、最初「なぜ、この本なの?」と思った。アンケートに「忙しい」と書いたので、この人は会社と家との往復の日々なんだろう、新しい趣味をもつのがいいのでは、と考えたのかもしれない。本書はとても美しい本で、イラスト入りで紹介されているスパイスも魅力的だった。

 『遠い太鼓』は初めて知った本。私は村上春樹の本が結構好きで、何冊か読んでいる。本書の初版は私が生まれる前の1990年。旅についてのエッセーで、私の大好きなギリシャも出てくる。少しページを開いただけで、すぐ買いたくなってしまった。

 『自分で「始めた」女たち』は、このアトレ恵比寿店で見かけたことがあった。ひそかに売れているようだ。本書の特徴は、著名人ではなく「普通の人」を取り上げているところ。オールカラーで見た目も美しい。「彼女たち」がどのような考えをもち、何を始めたのか気になる。背中を押してもらうのにはよさそうな本だ。

 結局、推薦いただいた3冊すべて買ってしまった。レジに向かう道すがら、酒井さんとの会話は尽きず、途中でさらに本を買い増した。今回のイベントでは、日常から離れたひと時を過ごすことができ、とても楽しかった。選んでいただいた本を、これからゆっくり読む時間が待ち遠しい。

不安感でいっぱいでした

 後日、「おもてなし書斎」イベントの責任者である有隣堂の神谷さんに、改めてお話をうかがった。

どういう経緯で、このイベントが行われたのですか?

 もともとはアトレ側から依頼された企画でした。「本によって人の心を癒やす」という狙いで、書店のなかでお客様に相談事をうかがい、お悩み解決に役立つ本を推薦してほしいということでした。

 私たち書店員は本についての情報はもっていますが、臨床心理士でもカウンセラーでもありません。仮に本を推薦できたとしても、それをお客様が受け入れてくれるかどうか、かえって失礼になってしまうかも、と心配でした。

 アトレの担当の方とは2度ほど打ち合わせをしました。お互いに意見を出し合うなかで、こういう形でならばできるかもしれないと逆提案しました。

 すなわち、お客様に事前にアンケートを取って、年齢、性別、職業、何を悩んでいるのかを書いてもらい、選書のための準備期間を十分に取ってからご提案する。事前に面談時間を予約いただいたお客様に、本の内容を説明し、気に入っていただけたら本を購入してもらうという形です。

 イベント当日まで、約1カ月かけて、お客様に推薦したい本のリストをつくりました。そして、アンケートが届いたところでリストに新たな本を加えていきました。

書店とは何かを考える機会に

実際やってみて、どんな感想をもちましたか?

 当日まで不安感でいっぱいでした。お客様にうまく本の説明をできるのか、会話は成立するのか、変な人だったらどうしようとか、憂鬱な気持ちでした。

 でも実際始めてみると、度胸が据わったのか、選書担当者は皆、本の内容をなんとかご説明することができました。参加した30人のお客様には、おかげさまで選書した本の大半を購入いただけました。

 一方で反省することも多かったです。推薦本を準備する段階では、引き出しの少なさに気づき、当日は本の内容を自分の言葉で伝えることの難しさを知りました。和気あいあいの雰囲気ではありましたが、本当にお客様が満足されておられたのかとも思います。

 イベント終了後は心地よい疲れとともに、自分の未熟さを痛感しました。これは私だけでなく、選書に携わった社員に共通する感想です。

今回のイベントの採算はいかがですか?

 事前準備のために費やした人件費やポスター作成などの経費を考えると、現段階では採算を取るのは難しいと思います。しかし、このイベントは普段、大量の本や雑誌を右から左に動かしている私としては、そもそも選書とはどういうことか、さらには本来、書店とはどうあるべきなのかを考えるよいきっかけとなりました。今後も選書サービスを含め、新たな書店のあり方を探っていきたいと思います。

*************

 今回のイベントで桜井が買った本の総額は9680円。雨宮は5500円。私は普段これだけの金額の本を一度に買うことはめったにないが、本のプロに選書してもらうと、財布のひもが緩んでしまうことが分かった。書店による選書サービスは、ビジネスとして十分可能性があると思った次第である。

 以下に、今回のイベントの選書一覧を紹介しよう。

性別 年代 お悩みテーマ 選書
女性 40代 自分磨き


・『50歳になりまして』光浦靖子著/文藝春秋
・『今日もごきげんよう』松浦弥太郎著/マガジンハウス
・『海が走るエンドロール』たらちねジョン著/秋田書店

女性 40代 健康


・『カラフル』森絵都著/文春文庫
・『あと少し、もう少し』瀬尾まい子著/新潮文庫
・『か「」く「」し「」ご「」と「』住野よる著/新潮文庫
・『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』汐見夏衛著/スターツ出版文庫

未回答 30代 恋愛


・『かけおちガール』ばったん著/講談社
・『嫌われる勇気』岸見一郎、古賀史健著/ダイヤモンド社
・『ナナメの夕暮れ』若林正恭著/文春文庫

女性 30代 自分磨き


・『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』若林正恭著/文春文庫
・『対岸の彼女』角田光代著/文春文庫
・『私は私のままで生きることにした』キム・スヒョン著、吉川南訳/ワニブックス

女性 50代 仕事


・『プレゼンテーション・パターン』井庭崇・井庭研究室著/慶応義塾大学出版会
・『知の編集術』松岡正剛著/講談社現代新書
・『思いがけず利他』中島岳志著/ミシマ社

女性 30代 仕事


・『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』川内有緒著/集英社インターナショナル
・『旅をする木』星野道夫著/文春文庫
・『紅茶スパイ』サラ・ローズ著、築地誠子訳/原書房

女性 60代 自分磨き


・『60歳すぎたらやめて幸せになれる100のこと』/宝島社
・『今日からはじめる 金継ぎStart Book』/KADOKAWA
・『最後の秘境 東京藝大』二宮敦人著/新潮文庫

女性 20代 恋愛


・『スモールワールズ』一穂ミチ著/講談社
・『オードリー・ヘップバーンの言葉』山口路子著/だいわ文庫
・『ハケンアニメ!』辻村深月著/マガジンハウス文庫

女性 30代 自分磨き


・『簡単!おうちで藍染』/宝島社
・『北欧こじらせ日記』週末北欧部chika著/世界文化社
・『うちの子が結婚しないので』垣谷美雨著/新潮文庫

女性 60代 健康


・『一汁一菜でよいという提案』土井善晴著/新潮文庫
・『ひとりほぐし』崎田ミナ著/日経BP
・『心も体もととのう 漢方の暮らし365日』川手鮎子著/自由国民社

女性 50代 恋愛


・『倚りかからず』茨木のり子著/ちくま文庫
・『掃除婦のための手引き書』ルシア・ベルリン著、岸本佐知子訳/講談社文庫
・『道ありき』三浦綾子著/新潮文庫

女性 40代 自分磨き


・『犬が星見た』武田百合子著/中公文庫
・『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』ミア・カンキマキ著、末延弘子訳/草思社
・『翻訳できない世界のことば』エラ・フランシス・サンダース著、前田まゆみ訳/創元社

男性 60代 仕事


・『ブックセラーズ・ダイアリー』ショーン・バイセル著、矢倉尚子訳/白水社
・『道しるべ』ダグ・ハマーショルド著、鵜飼信成訳/みすず書房
・『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』ミア・カンキマキ著、末延弘子訳/草思社
・『あつかったら ぬげばいい』ヨシタケシンスケ著/白泉社

女性 30代 仕事


・『あつかったら ぬげばいい』ヨシタケシンスケ著/白泉社
・『夜中の薔薇』向田邦子著/講談社文庫
・『一度しかない人生を「どう生きるか」がわかる 100年カレンダー』大住力著/ディスカバー・トゥエンティワン

女性 30代 自分磨き


・『自分で「始めた」女たち』グレース・ボニー著、月谷真紀訳/海と月社
・『大人時間を味わう たのしいスパイス絵本』武政三男・日沼紀子監修/日本文芸社
・『遠い太鼓』村上春樹著/講談社文庫

女性 20代 仕事


・『バベットの晩餐会』イサク・ディーネセン著、桝田啓介訳/ちくま文庫
・『るきさん』高野文子著/ちくま文庫
・『行動することが生きることである』宇野千代著/集英社文庫

女性 30代 自分磨き


・『思わず考えちゃう』ヨシタケシンスケ著/新潮社
・『食卓一期一会』長田弘著/ハルキ文庫
・『ダーク・マテリアルズⅠ 黄金の羅針盤』フィリップ・プルマン著、大久保寛訳/新潮文庫

男性 30代 仕事


・『限りある時間の使い方』オリバー・バークマン著、高橋璃子訳/かんき出版
・『イシューからはじめよ』安宅和人著/英治出版
・『プロジェクトマネジメントの基本が面白いほど身につく本』伊藤大輔著/KADOKAWA

女性 30代 自分磨き


・『自分で「始めた」女たち』グレース・ボニー著、月谷真紀訳/海と月社
・『「本当の自分」がわかる心理学』シュテファニー・シュタール著、 繁田香織訳/大和書房
・『5(ファイブ)5年後、あなたはどこにいるのだろう?』ダン・ゼドラ著、伊東奈美子訳/海と月社

女性 30代 自分磨き


・『日本の七十二候を楽しむ』白井明大著/KADOKAWA
・『茨木のり子集 言の葉2』茨木のり子著/ちくま文庫
・『断片的なものの社会学』岸政彦著/朝日出版社

女性 30代 自分磨き


・『日本の七十二候を楽しむ』白井明大著/KADOKAWA
・『海をあげる』上間陽子著/筑摩書房
・『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』東畑開人著/新潮社

女性 40代 自分磨き


・『未来に残すエンディングノート』未来に残すエンディングノート編集委員会著/集英社
・『50代からの生き方のカタチ』関西学院大学ジェネラティビティ研究センター編/アルソス
・『1日5分からの断捨離』やましたひでこ著/大和書房

女性 20代 自分磨き


・『3週間続ければ一生が変わる』ロビン・シャーマ著、北澤和彦訳/扶桑社
・『ハリネズミの願い』トーン・テレヘン著、長山さき訳/新潮社
・『とりつくしま』東直子著/ちくま文庫

取材・文/桜井保幸