異常な世界だった「コロナの時代」から私たちが抜け出すためには、まったく新しいことを始めるのが大切――。小林弘幸・順天堂大学医学部教授による 『リセットの習慣』 (日経ビジネス人文庫)刊行を記念して行われたオンラインセミナー(丸善ジュンク堂書店主催/聞き手:産業カウンセラー・イイダテツヤ氏)をもとに、コロナ後に向けて新たなスタートを切るさまざまな実践法を紹介します。

新しい自分になろう

なぜ今「リセット」をテーマに本を書かれたのですか。

小林弘幸氏(以下、小林) 私たちが暮らしている空間は、一見コロナ前と変わりませんが、実は全く違う世界に入り込んでしまっています。コロナ前の世界に戻りたいと思っても、その出口はなかなか見つかりません。

 コロナ禍も3年がたち、私たちはずっと自律神経が乱れたままの空間を過ごしてきました。ですから、コロナ前の世界に戻るにも、相当の時間を要するはずです。であれば、新しい世界へ向かう入り口を探そう、異常だったこれまでの自分から脱皮しよう、という発想から、『リセットの習慣』という本を執筆しようと思いました。

ちょっとしたプラスワンを始める

5つのテーマに沿ってお話を伺います。まずは「アフターコロナの処方箋」。アフターコロナに向けて、私たちはどのようなことを意識して生活すればいいですか。

小林 基本として「違う自分をつくり出す」ことが重要です。そのためには、ちょっとしたプラスワンを意識することです。

 例えば、今まで朝起きてご飯を食べ、歯を磨いてというパターンだったのを、体操をする、コップ1杯の水を飲む、ベッドの上で座禅を組む、1カ所掃除する、シャワーを浴びるなど、何でもいいので、今までやっていなかったことを加えれば、異なる世界への扉を開くことになります。

先生が新たに始めたことはありますか。

小林 2年ほど前にインスタグラムを始めました。ある朝、散歩していたら、とてもきれいな青空が広がっていました。当時は緊急事態宣言の真っ最中で、外を歩く人も車も少なくて、ゴーストタウンのようでした。

 そんな美しい空なのに、見えていなかった自分に気づき、何か変えないと自分がダメになるかもしれないと思いました。そこで、1日1枚写真を撮ってインスタにアップすることにしたのです。

『リセットの習慣』(写真/スタジオキャスパー)
『リセットの習慣』(写真/スタジオキャスパー)
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何か変化はありましたか。

小林 毎日写真を撮ると決めると、何を撮ろうかと、道端の1輪の花にまで気づくようになりました。荒廃した建物でも、味のあるものに目がいきます。写真を撮ることを意識すると、今まで目に入ってこなかったものも目に入ってくるようになりました。

こうしたことでも、自律神経が整ってくるのですか。

小林 自分から主体的に動くと、交感神経が活発になります。コロナ禍にいる私たちは交感神経も副交感神経も落ちています。まるで慢性疲労のような状態で、何をやるにもおっくうで、意欲がなくなっている人もいるでしょう。そうした状態を一気に戻そうとするのではなく、ちょっとした新しいことを毎日続けることで、交感神経を徐々に上げていくのです。

ゴールではなくスタートを目指す

2つ目は「減らす、片付ける、軽くなる」です。先生はよく片付けについて話をされていますが、本書では「ゴールではなくスタートを目指す」と強調されていますね。

小林 数年前、高校教師の同級生に会いました。彼はふと「俺は3月で定年、どうしようかな…」と言ったんです。定年というゴールに暗いイメージがあるように感じました。

 ゴールがあればスタートがあります。ですからゴールを目指すのではなく、次のスタートのために今どう生きるかを考えたほうが、前向きな人生となります。片付けも、終えるためではなく、次のスタートに備えるためと考えれば、自分を鼓舞できるように思います。

セミナーで話す小林氏
セミナーで話す小林氏
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先生もいずれ大学を辞めるタイミングが来るとおっしゃっていました。スタートとして次のことを考えていますか。

小林 常に考えています。辞めるまでの3年半をスタートのための準備期間として考えていくつもりです。そういう気持ちでいると、今やらなければいけないことまで150%できます。次のスタートがあると思うから、より発展的に環境を改善し、いい方向にいくことができるのです。

終わりに向かって暗くなる人と、スタートとして前向きに考えられる人は、何が違うのですか。

小林 どちらかというと私は、終わりばかり考えるタイプの人間です。だからこそ、それじゃダメだから何とかしようと考えますし、できない人の気持ちも分かります。

本の中で、先生は写真を処分すると書かれていました。あまり過去は振り返らないタイプですか。

小林 過去を振り返って、「昔はよかった」「あのときに戻れれば」と後悔はしたくありません。それよりも、未来にこうなりたいと思っていたいです。

 限られた人生の中でやれることは本当に少ないので、次のことを考えて創造的にどんどん新しいものを作り出していったほうがいいと思っています。

ものを片付けて身軽になることは、どうして大切なのですか。

小林 家の中が整理され、必要なものだけがあって、これから始めることを考えているほうが自律神経は安定するからです。逆にものがたまって家が汚くなっていれば、帰宅しても自律神経は整いませんし、新しいことを始めようという意欲も湧いてこないと思います。

取材・文/佐々木恵美 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部)

自律神経の名医が説く「悪い流れを断ち切る」99の行動術

なんとなく調子が優れない――。
それは、先の見えないコロナ禍で心身が「悪い流れ」に乗り、知らぬ間に自律神経が乱れているから。
そんなときに大事なのは、「新たに始めること」「大胆にリセットすること」です。心身のリセット術を見開き構成で99紹介。

小林弘幸(著)/日本経済新聞出版/880円(税込み)

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前編■よく怒る人のパフォーマンスが上がらない医学的理由
後編■モーツァルトとハードロック。自律神経にいいのは?