安倍晋三政権は日本の外交・安全保障戦略の大転換を成し遂げた。吉田ドクトリンに取って代わり安倍政権が打ち立てた新たなグランド・ストラテジー(大戦略)は、実は坂本龍馬らが目指した海洋大国戦略につながる。その意義と背景を歴史的な文脈から解説する。日本研究の俊英、マイケル・J・グリーン氏による著作『安倍晋三と日本の大戦略 21世紀の「利益線」構想』(上原裕美子訳/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。
前編「
安倍晋三が築いた日本の新しいグランド・ストラテジーとは?
」
21世紀の「利益線」とは?
安倍晋三の指揮のもとで固められた戦略の基本路線は、当面は入れ替わることはないと考えられる。安倍のグランド・ストラテジーの大枠が今後も持続すると予想する理由として、これは日本の地理および歴史が入念に考慮された戦略であるという点を挙げたい。
新たに生じた競争的な地政学的環境で競っていくために、日本のリーダーが制度と外交政策の再編を迫られるという事態は、今回初めて起きたわけではない。むしろ、吉田ドクトリンとの比較で考えてみれば、19世紀の日本の立場を構成していた要素がさまざまな点で現在の状況に似ていることに気づく。
中国で清王朝が崩壊し、ロシアおよびヨーロッパの帝国勢力が貪欲(どんよく)に領土拡大を進めようとする状況で、明治期の首相山県有朋は1890年に、日本は国境線の防衛に徹するのではなく、むしろ外的環境の形成に打って出るべく、そして日本に対する重要なアクセスポイントを競合国が支配する事態を防ぐべく、競争優位を保つための一線、山県の言葉で言えば「利益線」(ライン・オブ・アドバンテージ)をどこに引くか考慮せねばならないと断言した。
安倍は山県と同じ言葉を使ったわけではないが、先手(プロアクティブ)を打つことを意図した安倍の新しい外交・防衛政策は、21世紀にふさわしい「利益線」を定めようとするという点で、山県と同じ追求であると言える──。
山県有朋の「利益線」とどこが違うのか
ただし、一つ極めて重要な違いがある。山県が当初に優先事項としたのは海を緩衝地帯として確立させることだったのだが、ほどなくして、その「利益線」をアジア大陸に引くことを考えるようになった。朝鮮半島の支配に始まり、次に満州および中国へと手を広げ、最終的に日本は西側の海洋民主主義諸国との戦争か、それとも中国からの撤退か、どちらかを選ばざるを得ない事態になった。日本は海洋諸大国との戦いを選び、結果として破滅的な敗北を喫した。
安倍にとっての利益線はそれとは対照的に、明らかに「海に引く」ものだ。20世紀初めに帝国軍と軍国主義者と大陸主義者が政府の意思決定を握るようになって、山県時代は転落していくわけだが、安倍の利益線はこの頃とはまったく別のグランド・ストラテジー観から引き出されている。この異なるグランド・ストラテジー観は、日本の近代化を目指した若き先導者、坂本龍馬が1867年に明治天皇に向けて起草した新政府綱領八策にも表れていた。坂本は強い海軍の必要性を訴えるほか、日本の通貨を国際的な銀比価水準に平衡させ、国際的商慣習に寄せていく、言外の意味としてはほかの海洋強国に日本を寄せていくことを主張した。
安倍および安倍政権は一貫して、そして意図的に、日本の新しいグランド・ストラテジーを海事用語や世界主義的な表現で構成している──日米豪印戦略対話、通称「クアッド」や、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想の枠組みにも、その様子が見て取れる。
安倍の新しい利益線構想の根幹には地政学に関する考え──島国にとって海がどれほど重要であるか──があった一方で、商業に頼る国家として、地域およびグローバルなルール形成と規範作りというアジェンダで日本が主導的立場を確保するという意図もあった。
安倍が掲げた「積極的平和主義」は、シーレーンからサイバースペースに至るまで、日本に対するアクセスポイントの防衛を目指すものであるが、それは戦前の日本に見られたような先制的軍事攻撃の戦略ではなく、理念と投資と同盟で戦っていこうとする戦略だった。
歴史から考えることがなぜ重要なのか
このように過去とは重大な違いがあるとはいえ、本書で坂本龍馬の存在を踏まえるなど日本史をさかのぼっての考察が日本の新しいグランド・ストラテジーを理解するのに有益だと考える理由は、三つある。
第一に、現代の日本は1930・40年代の残忍な軍国主義に陥ることなく一級国家として競っていける、という証明になる点だ。戦後日本の外交・安全保障政策をめぐる学術研究は、日本が反戦主義を貫くのか、それとも本格的な軍事能力を備えた「普通の」国家になるのか、その二者択一で板挟みになっているという前提に、あまりにも長く拘泥し続けている。
たしかに1945年以降の日本に広がった反軍国主義文化は、社会規範が国家の安全保障政策にどう影響するか論じるにあたり、重大な着眼対象だ。だが、規範というのは国際政治の構造に応じて変化しうるものであるし、日本でも実際に大きく変化してきた。
安倍のグランド・ストラテジーは軍事的手段を避けていないが、それを外交、経済、理念の手段より好ましいものとはしていない。安倍の政権復帰の際にこの点が誤解され、日本は軍国主義に逆戻りするのかという批判が殺到した。それでも、安倍が海事用語や世界主義的表現で戦略の枠組みを作ったことは功を奏した。今の日本は歴史修正主義国家ではなく、リベラルな国際秩序の最も重要な守り手の一人と見られるようになっている。
今日の日本が必要とするのは海洋戦略
第二の理由として、日本の海洋戦略を歴史的視点から解釈することで、島国として当然の優先事項が浮き彫りになる。1930・40年代のアジア大陸における日本の利益線拡張の試みが、リソース配分として甚大な誤りであり、海に守られる国家にとってリスクにほかならなかったということは、今ではよく理解されている。道徳的に間違っていたというだけではない──戦略的にも愚かな試みだった。
商業のため、そしてシーレーンの安全確保のために国際的スタンダードを強化することを狙いとして海洋諸大国と連携する、という戦略の主眼は今日の日本にとって理屈が通っているし、安倍が築いた成果が今後も継続されると考える理由になるほか、中国と連携する戦略や米国に逆らう戦略を求める声がまともに取り上げられない理由でもある。
米国、オーストラリア、その他の海洋民主主義諸国が同じ戦略に傾き、「インド太平洋」構想を取り入れつつあるという事実も、この枠組みの耐久性をさらに強めていくだろう。海洋戦略の当初の出現、その後の破綻、そして戦後において徐々に再登場してきたという経緯は、安倍による日本の外交政策転換を後押しした重大な歴史的要因でもあった。
第三の理由として、海洋戦略による枠組みは、シーレーン防衛と国際的スタンダードをめぐり日本がいかに首尾よく強みをまとめあわせているかを物語る一方で、新しい戦略に残る瑕疵(かし)のいくつかを説明するものでもある。
今の日本は、朝鮮半島の地政学を形成しようとする試み──山県が掲げた当初の利益線の目標──から、基本的には手を引いている。韓国に対する日本のアプローチの自滅的な迷走ぶりは、歴史的な悪感情や国内政治だけでは説明がつかない。海洋重視の展望のもとでは、日本のグランド・ストラテジーにおいて朝鮮半島は明らかに重要性が低下しているのだ。
2017年に米国と朝鮮民主主義人民共和国、通称「北朝鮮」との間に危機(いわゆる「北朝鮮危機」)が生じた際には、日本はこれに敏捷(びんしょう)に反応したものの、朝鮮半島の地政学の形成を試みることはここ何年もしていない──あくまでオフショア(対岸)に位置する海洋国家としての行動に徹している。
近代アジアの最も重要な発展の一つ
安倍は、先手(プロアクティブ)を打つことを重視した国政術を海洋戦略の枠組みで固めることを通じて、20世紀初頭の言説は日本の歴史における例外的状況であり、決してそれが日本の普遍的規範ではなかったという証明を試みた。その説が通ったとしても、1930年代から40年代にかけて日本がアジア全域にもたらした損害の責任が免除されるわけではないが、少なくとも日本が地政学という点で直面している持続的な条件のいくつかを理解するにあたり、ロングスパンでの視野を得ることができる。
日本のグランド・ストラテジーに安倍がもたらした転換は、近代アジアの国際関係において最も重要な発展の一つである。それがどこから生じ、どのように進行したか理解することで、中国がより支配的となりつつある21世紀における「破局なき競争」の見込みについて、私たちが正しく評価していく手助けになるだろう。
マイケル・J・グリーン著/上原裕美子訳/3850円(税込み)

