自由で開かれたインド太平洋構想、海洋パワーとしての日本の位置付け――。これらは安倍晋三政権が成し遂げた日本の外交・安全保障戦略の大転換を象徴するものである。安倍政権による日本の新たなグランド・ストラテジー(大戦略)の歴史的な意義は何か? どのようにして築かれていったのか? 日本研究の俊英、マイケル・J・グリーン氏による著作『安倍晋三と日本の大戦略 21世紀の「利益線」構想』(上原裕美子訳/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。

国家がグランド・ストラテジーに乗り出すとき

 バランス・オブ・パワー(勢力均衡)に生じる構造的変化。そして、新たな環境によって受動的に形成されるのではなく、みずから機をつかんで新たな環境を形成していく強い意志を持ったリーダーの台頭。その2つが図らずも重なったとき、国家は新たなグランド・ストラテジー(大戦略)に乗り出していくこととなる。

 現代米国史において、このような構造と行為主体(エージェンシー)の融合が起きた例と言えば、第33代大統領ハリー・S・トルーマン、トルーマン政権下で国務長官を務めたディーン・アチソン、その他にも冷戦初期の「創造の際に居合わせた」者たちの存在が挙げられるだろう。第40代大統領ロナルド・レーガン、英首相マーガレット・サッチャー、独首相ヘルムート・コールといった1980年代のリーダーたちも、冷戦下において同様に、戦略の世代交代の指揮をとった。

 戦後の日本が掲げたグランド・ストラテジーも、吉田茂というリーダーによって築かれたものだ。吉田ドクトリンは地政学的リスクの最小化を図り、安全保障では米国に頼りつつ、経済発展を最優先として、自国の自律と自由の確保を目指した。2012年から2020年にかけて安倍晋三が追求した日本のグランド・ストラテジーの転換は、重大性という点で、これらの例のいずれと比べても引けをとらない。安倍は吉田ドクトリンに終わりを告げ、日本の国政術(ステートクラフト)の新時代を開いたのである。

国家には3つの選択肢がある

 国際関係論研究者は長年、敵国との相対的パワーが低下している状況において、日本のような立場に置かれた国には大きく3つの選択肢があると仮定してきた。台頭してきた勢力に追従するか(バンドワゴニング)、好ましいパワーバランスを回復するような同盟を結成するか(対外バランシング)、自国の軍事力や経済力、その他の強みの最大化に努めるか(対内バランシング)。

 「日本は今も、これからも、二級国家にはなりません」とした安倍のCSIS(米戦略国際問題研究所)演説は、バンドワゴニングという選択肢を強く拒否するものだった。実際のところ日本は13世紀前、初代天皇が太陽神天照大神の子孫であると宣言し、中国の古い皇統と対等な神聖な正統性を有するとしたときから、中国の覇権を認めたことはない。バンドワゴニングの道をあらためて否定した安倍は、歴代最長となる7年強の首相在任期間を活用して、中国とのより好ましい均衡関係の回復を目指した入念な対外および対内バランシングを追求していったのである。

米国にも影響を与えた日本の対外戦略

 対外バランシングという点では、集団的自衛権の行使を禁じてきた長年の憲法解釈を修正。日本は直接的な自国防衛に限定せず、米国、そしてオーストラリアなど安全保障上のパートナー国と合同の計画策定や軍事活動に従事できることとなった。その後、アジアで覇権を握ろうとする中国の野望に対抗するべく、インド洋・太平洋地域における外交関係の増強、軍事能力の構築、インフラ・ファイナンス促進を進めるために、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」戦略を打ち出した。

 2017年、まだ固まっていなかったアジア政策のフレームワークおよび名称を模索していたトランプ政権はFOIP戦略をそのまま拝借し、4年後にはバイデン政権もこれを踏襲している。さらに、安倍が第1次政権の時点で提唱していた民主主義海洋大国による戦略対話の枠組み、通称「クアッド」にも、米国とオーストラリアとインドが署名をするに至った。中国について懸念を抱くヨーロッパ諸国も「インド太平洋」アプローチの導入を始めた。

G7伊勢志摩サミットで会見する安倍晋三首相(当時、2016年5月)(写真:ロイター/アフロ)
G7伊勢志摩サミットで会見する安倍晋三首相(当時、2016年5月)(写真:ロイター/アフロ)
画像のクリックで拡大表示

 安倍が追求した対外バランシングが、国際政治学で言うところの現実主義者(リアリスト)が期待する類いのものであったのだとしても、実際に推進されていたそれは、明らかに自由主義(リベラル)な国際主義的性質を帯びた対外バランシングだった。日本は安倍による指揮のもと、中国を地域的協調関係から締め出すことを目指すのではなく、中国の将来的な行動の筋道をつけられるであろうルール形成を固めていくことを目指して、大規模な多国間貿易および外交協定の確立に力を入れた。

 例えば、トランプ政権が環太平洋パートナーシップ(TPP)協定から離脱した際には、日本が音頭を取って(米国の最終的な復帰を期待しつつ)協定を発効させ、アジアにおける国際貿易規範を固めている。それと同時進行で、「地域的な包括的経済連携協定(RCEP)」と呼ばれる、中国を含んだ域内貿易協定も成立させた。こうした動向を受けて、オーストラリアのシンクタンクであるローウィ国際政策研究所は2019年に、地域的なパワーおよび影響力を評価したレビューにおいて、日本は「アジアにおける自由主義秩序のリーダー」として台頭していると評した。

国内における戦略の基盤を整える

 この対外バランシング戦略を補完していたのが、対内バランシングの戦略だ。安倍は日本の防衛予算をわずかながら増額したが、そうした「量的」バランシングよりも、主に国内の行政組織再編と実行力の一元化を通じて限られたリソースで最大のインパクトを目指すという「質的」バランシングのほうが、安倍の取り組みの大きな特徴であったと言える。

 特に、日本で戦後初となる本格的な国家安全保障会議の体制を整え、米国式の国家安全保障局の設立と、国家安全保障戦略の策定を行い、人事と政策判断をまとめる首相官邸の権限を強化したほか、方針判断および作戦遂行における自衛隊と海上保安庁の権限拡大、陸海空自衛隊間および海上保安庁との相互運用性強化、情報分析および情報セキュリティの一元化などを定めている。経済面では低迷産業に狙いを絞った改革を進め、沈滞していた日本経済の物質的パワー(経済力)を引き出すことに努めた。

日本のグランド・ストラテジーは揺るがない

 安倍の指揮のもとで固められた戦略の基本路線は、当面は入れ替わることはないと考えられる。その一因としては、安倍独自のグランド・ストラテジーを導いたメタプロセスが10年以上をかけて進行してきたものだからだ。安倍はパズルのピースを組み合わせはしたが、安倍が一人ですべてを発明したわけではない。

 同じく重要な点として、国家安全保障会議(NSC)のもと官僚機構の一元化が進み、首相に新たな権限が与えられたことを含め、日本の安全保障をめぐる官僚体制において2012年から2020年の間に安倍が実現させた改革は、それを活用するという点でも、その仕組みに縛られるという点でも、今後の内閣総理大臣に当面のところは適用されるものだ。首相が手にする戦略策定ツールとして、安倍によって整えられた仕組みを捨てたいという声は、首相の座を望む立場から聞かれたことは一度もない。

 当然ながら、これから先に日本の外的環境が劇的に変わるとすれば、現在の戦略フレームワークも変化するだろう。……とはいえ、大規模な外生的激動が起きない限りは、安倍がなしえたほどの大きなグランド・ストラテジーの転換がこの先しばらくの首相たちによって生み出されるとは考えにくい。単なる一総理大臣のグランド・ストラテジーではなく、安倍晋三時代と呼ぶべき一時代のグランド・ストラテジーが確立したからだ。

(後編に続く)

日本の新たなグランド・ストラテジー(大戦略)はどのように築かれていったのか。日本におけるグランド・ストラテジーの歴史的ルーツを明らかにした上で、安倍晋三のリーダーシップによって推進されたグランド・ストラテジー構築の過程を細部にわたって描く。

マイケル・J・グリーン著/上原裕美子訳/3850円(税込み)