11月6日、米大統領選でドナルド・トランプが第47代米大統領に当選しました。トランプが有利な情勢になった途端に為替も急変し、株価指数も軒並み上昇しています。トランプの再登板で世界はどう変わるのでしょうか。米中対立の行方は? 日本の安全保障は? 世界情勢が激変しそうな今だからこそ読みたい地政学と国際政治の「日経の本」を、書籍部門でデスクを務める金東洋が紹介します。(文中敬称略)
必読のトランプ3部作
まずご紹介したいのは、ピュリツァー賞を2度受賞した調査報道の名手で、ニクソンからバイデンまで歴代大統領を直接取材してきたボブ・ウッドワードによる『 FEAR 恐怖の男 トランプ政権の真実 』『 RAGE(レイジ)怒り 』『 日経ビジネス人文庫 国家の危機 』の「トランプ3部作」です。
振り返ってみれば、誰もがヒラリー・クリントンが勝利すると思っていた2016年の大統領選。全世界が注目する「トランプ劇場」はここから始まりました。感情的で気まぐれで予想のつかない意思決定、大統領がツイートで閣僚人事や外交政策を発表、中国への強硬姿勢、北朝鮮の金正恩総書記との電撃的な会談、コロナ禍……世界中がトランプの予想のつかない言動に振り回されていたあのとき、大統領執務室で何が起きていたのでしょうか? また2期目も同じようなことが起きるのでしょうか? トランプの意思決定スタイルや性格を知るために、必読の3部作です。
世界秩序が変わる時、投資家はどう動く?
激動の世界情勢を先読みするには、どこを見ればいいのでしょうか。世界最大のヘッジファンド、ブリッジウォーター・アソシエイツの創業者レイ・ダリオは、歴史から類似事例を探せといいます。『 世界秩序の変化に対処するための原則 なぜ国家は興亡するのか 』で、ダリオは「帝国の興亡」と「その準備通貨と市場に起きたこと」を研究。とりわけ中国の歴代王朝、オランダ帝国、大英帝国を取り上げ、帝国の興亡のサイクルと8つの決定要因を解説しています。
ダリオの研究によればアメリカは6ステージに分けられた「帝国の興亡サイクル」の「ステージ5 財務状況が悪化し、激しい対立が起きる」にあり、「ステージ6 内戦/革命が生じる」の一歩手前です。「ステージ5」から「ステージ6」への移行期に入ったら、株式市場と為替市場はどのような動きを見せるのか? 金価格はどう動くのか? 圧倒的なデータ量で示される「原則」は、考え方を知るだけでも大きく役立つことでしょう。
チャイナ・ショックが生んだトランプ大統領
米大統領選では、ダリオがいうような「激しい対立」が見て取れました。11月6日に日経電子版が報じたAP通信の世論調査によれば、「米国の未来にとって民主主義とは」という問いに対し、「ささいなもの」と答えた人の70%、「全く重要ではない」と答えた人の82%が「共和党支持・トランプ支持」でした。「唯一無二の重要な存在」と答えた人の63%が「民主党・ハリス支持」だったこととは対照的です。(※1)
次にご紹介するのは、このような価値観の分裂がもたらす政治の変化です。フィナンシャル・タイムズ紙の経済コメンテーターのトップであるマーティン・ウルフは、『 民主主義と資本主義の危機 』で、先進国では民主主義と自由市場資本主義への信頼が失われていると述べています。2007年に発生したリーマン・ショックとそれに続く世界金融危機によって「経済への失望」が多くの人々に生じ、ポピュリズムを台頭させていると解説しています。
1期目のトランプ当選が実現したのは、中国が世界経済に参入したことで米国製造業の雇用が喪失した「チャイナ・ショック」が一因だと指摘。「チャイナ・ショック」から10年たっても米国の地方では雇用が回復せず、打撃を受けた失業者やコミュニティーに米政府が適切な支援をしなかったことが、トランプを大統領職に押し上げた、と分析しています。
フィナンシャル・タイムズ紙の著名ジャーナリスト、ギデオン・ラックマンは『 強権的指導者の時代 民主主義を脅かす世界の新潮流 』で、リベラルな政治・経済思想がこの10年ほど弱まり続け、世界の「自由度」は15年連続で低下していると指摘します。
1999年にプーチンがロシアで政権を掌握してから1世代がたち、中国、インド、トルコ、ハンガリー、ポーランド、サウジアラビアなど、プーチン的手法のフォロワーが世界に増えています。世界を揺るがす「強権的指導者」はなぜ誕生し、なぜ世界の潮流となったのか?
「ロシアの侵攻が成功すれば、他の強権的指導者も戦争に走るかもしれない。アメリカが支援したにもかかわらずウクライナが敗れることになれば、中国による台湾攻撃の舞台を整えてしまう可能性さえある」という警告は、第2次トランプ政権誕生でウクライナ情勢が不透明になっている今、改めて耳を傾けるべきです。
米国の外交・通商政策を考える
経済的な格差が広がり、中間層が空洞化し、既存体制への怒りが広がる──この現象は先進国に共通しています。「チャイナ・ショック」から身を守るために、トランプのような保護貿易主義を採用し、自由貿易を放棄しようという動きが広がると、何が起きるのでしょうか。
米国の政治学者ヘンリー・ファレルとアブラハム・ニューマンの『 武器化する経済 アメリカはいかにして世界経済を脅しの道具にしたのか 』は、米国が突き進む「経済の武器化」を解説しています。自由貿易に背を向けて保護貿易主義を採用しつつある米国は、米企業が開発した先端技術やインターネット、金融ネットワーク、ドル決済システムなど、他国に圧力をかける「武器」を豊富に持っています。
トランプの主張する保護貿易主義を実践する手段が「関税引き上げ」にとどまらないことが本書からよく分かります。「武器化」の影響は、これまで米国が築いてきた自由市場の基礎に依存している日本にも波及します。本書では、経済安全保障と地政学の両面から、世界情勢の真実と近未来を読み解いています。
自由貿易を推し進めていたはずの米国が、なぜこのような急転回を見せるのでしょうか。共和党政権で国務副長官を務めたロバート・ゼーリックの『 アメリカ・イン・ザ・ワールド 合衆国の外交と対外政策の歴史(上)(下) 』は、建国の時代から世界秩序形成の時代、冷戦後の世界に至るまで、米外交の流れを一望できます。
外交とは時代ごとの課題に応えるためのプラグマティックな問題解決であるとする本書を読むと、第2次トランプ政権が再び掲げる「アメリカ・ファースト」も腑(ふ)に落ちます。第1次世界大戦の参戦以来、世界秩序の形成をリードしてきた伝統的な米外交を大きく変えるかに見えるトランプ政権の政策転換を大局的・歴史的な視点で考えるうえで役立ちます。
2049年までに「中華民族の復興」はなるか?
先見の明に優れたリーダーとして知られたシンガポール建国の父リー・クアンユーは、10年以上前のインタビューで「中国が世界最大の経済国になる」「アジアでNo.1の国家になり、世界でNo.1の国家になる野望を持つ」と明言しています。
冷戦の終結以降、中国はまず地域レベルで米国を追い落とすための大戦略(グランド・ストラテジー)を推し進め、今ではグローバルなレベルで展開している──これが『 中国の大戦略 覇権奪取へのロング・ゲーム 』の主張です。
中国の覇権戦略は習近平時代に突如始まったものではなく、3段階で長期的に行われてきました。第1段階は1989年ごろから始まり、中国に対する米国の影響力が削(そ)がれてきました。そして2009年ごろから始まる第2段階では、アジア域内に覇権の基盤を整えることを目指しました。そして第1次トランプ政権の誕生を見て「100年に1度の大変動」が起きていると確信し、世界的リーダーの座から米国を引きずり下ろす第3段階が2016年から始まっていると著者はいいます。
長期的な中国の大戦略を阻止するためには、中国の弱みを突くような「非対称な取り組み」が必要だと著者は主張します。中国語の文献や中国政府や共産党、高官の発言など、膨大な資料に裏打ちされ、中国の大戦略を歴史的なプロセスから解き明かした大作です。
よりビジュアルに中国政治を理解したい方におすすめなのは『 習近平政権の権力構造 1人が14億人を統べる理由 』です。2022年10月に誕生した習近平総書記の3期目政権が、「真の習近平時代の始まり」と捉え、どのような理想郷を目指し、どのような波乱を中国と世界にもたらすのかを解き明かします。第1章は党内権力の再構築の様子をビジュアルデータで解説しています。
第1次トランプ政権高官が語る世界
各国の利害が対立する世界の最前線では何が起こっているのでしょうか。『 戦場としての世界 自由世界を守るための闘い 』の著者H・R・マクマスターは、米陸軍に34年在籍し陸軍中将として退役。湾岸戦争、イラク戦争、アフガニスタン戦争を経験した米国有数の戦略家で、第1次トランプ政権では国家安全保障担当大統領補佐官を務めた人物です。軍事史の博士号を持ち、豊富な実戦経験を持つ著者が、歴代大統領をはじめとする指導者が陥った誤り、「戦略的ナルシシズム」を明らかにします。
「戦略的ナルシシズム」とは、自信過剰と慢心から、相手の思考や戦略を見失い、現実から乖離(かいり)した意思決定を下すことです。米国が考えたとおりに相手国が動くという信念が、数々の失敗をもたらしたと指摘。相手国の真意を見抜く「戦略的エンパシー」を身につけるべきだと主張しています。著者は中国を競争相手と定めた「2017年国家安全保障戦略」に携わりました。
第1次トランプ政権で「2018年国家防衛戦略」の策定を主導した元国防総省国防次官補代理(戦略・戦力開発担当)のエルブリッジ・A・コルビーが、覇権への野心に満ちた中国の動きに対して米国と同盟国がどう動くべきかを書いたのが『 拒否戦略 中国覇権阻止への米国の防衛戦略 』です。
冒頭に収録された「日本語版への序文」は、戦後続いてきた日本の非軍事的政策の前提条件である「日本周辺における米国の軍事的優位」が過去のものとなったと喝破しています。「米国がアジアにおける中国との戦争に勝利できるかが問題となりつつある」状況下では、「日本は非常に直接的な形で中国の軍事力に対して脆弱」になりつつあるとします。
「平和を心から願っても、ただ願うだけでは実現できない」と主張する本書は、中国を軍事的に制圧するのではなく、中国による覇権奪取を阻止する戦略、つまり「拒否戦略」を提案します。中国に対抗する反覇権連合とはどのようなものになり、日本はどのような役割を果たすべきでしょうか。「最終的に適切な平和を維持するための日本の進化に、本書が寄与することを願ってやまない」という言葉が重く響きます。
戦争に関する最高の古典
軍事論、国際関係論、戦略論を語るうえで、グローバルな常識となっているクラウゼヴィッツの『戦争論』。戦争に関する最高の古典とされているものの、あまりに難解なために「読まれざる古典」の代表格となっていました。今夏、その名著を格段に読みやすく翻訳した『 全訳 戦争論(上)(下) 』が刊行されました。
「敵の無力化が戦争の行動の目標である」「ただ善良な気持ちから戦争について語るのは最悪である」など名言揃(ぞろ)いの『戦争論』は、ナポレオンの軍制、戦略・戦術を徹底分析して対抗策を練った結果として書かれたものですが、今日の戦争、戦略、軍事に通じる普遍性を秘めており、いまなお世界中で読み継がれています。
第2次トランプ政権の誕生で世界はどう変わるのか? 様々な視点を与えてくれる「日経の本」をご紹介しました。冒頭でご紹介したウッドワードの『国家の危機』には、トランプを「自分のやり方を押し通すために、恐怖を利用するのにやぶさかでない」と表現している一節があります。どのような恐怖を利用し、どこまで影響が及ぶのか、ここでご紹介した書籍をご参考にしていただければと思います。なお、ボブ・ウッドワードの最新刊の日本語版『 WAR(ウォー) 3つの戦争 』は2025年はじめに刊行予定です。














