ドナルド・トランプの再登板で世界はどう変わるのでしょうか。トランプの性格、意思決定のスタイル、大統領としての仕事ぶりを徹底取材したボブ・ウッドワードの「トランプ3部作」から、「何が起きるかわからない」2期目のトランプ政権の姿が見えてきます。ピュリツァー賞を2度受賞した米国を代表する調査報道記者の「3部作」を、書籍部門でデスクを務める金東洋が紹介します。(文中敬称略)
勝つとは思っていなかった1期目
ドナルド・トランプの性格、意思決定のスタイル、大統領としての仕事ぶりを徹底的に取材している本として、ピュリツァー賞を2度受賞した調査報道の名手で、ニクソンからバイデンまで歴代大統領を直接取材してきたボブ・ウッドワードによる「トランプ3部作」をご紹介します。
まずは、トランプが2016年の大統領選に出馬する前から追いかけた『 FEAR 恐怖の男 トランプ政権の真実 』です。
2016年のアメリカ大統領選では、投票日当日まで世界中の誰もがヒラリー・クリントン元国務長官の勝利を確信していました。開票当初は、ニューヨーク・タイムズ紙も「ヒラリーの勝率85%」と予想していたくらいです。
トランプ陣営の選挙対策本部のトップを務めたスティーブ・バノンは、トランプ自身も「勝つだろうとは、これっぽっちも思っていなかった」とのちに語っています。
そんな状態なので、トランプ陣営は閣僚候補も考えていません。国防長官候補に大口献金者の名前が記載される始末なので、当選後に慌てて候補者を探します。白羽の矢が立ったのは、退役海兵隊大将のジェームズ・マティスでした。
米軍を朝鮮半島から撤退させろ
マティスは物事を徹底的に考えるという優秀な人物。選挙期間中にトランプが唱えたNATO(北大西洋条約機構)に対する批判は「正気の沙汰ではない」と思い、国防長官に就任後には、どうにかこうにかトランプのNATO批判を押さえ込みます。
しかし海外駐留米軍にも懐疑的なトランプは「朝鮮半島に大軍を駐留させることで、われわれはなにを得ているのか?」「台湾を護(まも)ることで、われわれはなにを得ているのか?」などとマティスに問いかけ、困惑させます。
「私たちは第3次世界大戦を防ぐために、こういったことをやっています」とマティスは反駁(はんばく)し、情報収集能力と駐留部隊がなければ「残されたオプションは核兵器のみ」とトランプの説得を試みます。
しかしトランプの答えは「こんなに馬鹿(ばか)でなかったら、アメリカはもっと裕福になれたはずだ。アメリカはいいカモになっている」というものでした。中東には7兆ドルを支出しているのに、国内インフラに1兆ドル捻出することもできないなんておかしい──などと、なんでもかんでも「カネ」の話にしてしまうトランプに、政権上層部では怒りが充満。
ことにマティスはあきれ果て、近しい補佐官に対して、トランプの理解力は「小学5、6年生」とこぼします。大統領の最側近である大統領首席補佐官ジョン・ケリーですら、「彼は馬鹿だ。説得しようとしても無駄だ」とサジを投げてしまいます。トランプが思いつきで“米軍を朝鮮半島から撤退させろ”などと要求しはじめるからです。
大統領の寝室は「悪魔の作業場」
第1次トランプ政権では、トランプがツイッター(現X)上でツイートを連発しメディアを賑(にぎ)わせましたが、その裏では側近たちがトランプの奔放な発信をコントロールしようと、夜の政治ニュースを見せないようにしていたとか。『FEAR 恐怖の男』には、その舞台裏が描かれます。
大統領の寝室には巨大なテレビがつけっぱなしで、1人でリモコンをいじって録画した番組を見たり、ツイートしたり……。大統領首席補佐官だったラインス・プリーバスは、ひどいツイートが生まれる寝室のことを「悪魔の作業場」と呼んでいました。北朝鮮の金正恩総書記に対しては、ほとんど核戦争の脅しとも取れるツイートを連発。
「衰えて飢えている北朝鮮政権のだれでもいい、私も核ボタンを持っていて、彼(注:金正恩)の核ボタンよりもずっとでかく&強力なのを、教えてやってくれないか。それに、私のボタンはちゃんと機能する!」
最終的には公にはならなかったものの、トランプは在韓米軍の帯同家族(数万人におよぶ)の避難命令をツイッターで発信することすらホワイトハウス内部で提案していたと本書で明らかにされています。そんなことをすれば北朝鮮に対する「最後通牒(つうちょう)」に聞こえるので、国防総省上層部は肝を潰します。
その計画をトランプから相談された盟友、リンゼー・グラム共和党上院議員は「韓国の株式市場と日本経済が激動する」し、「後戻りできない」から絶対にやめろと進言します。このように『FEAR 恐怖の男』には、一歩間違えば大惨事だったのではないかと「恐怖」を覚える話が満載です。

「柔軟さ」がトランプの戦略
トランプ政権の意思決定には「私は大統領令嬢(ファーストドーター)よ」と叫んだイバンカ・トランプや、その夫でどの首席補佐官よりも長くトランプの側近を務めたジャレッド・クシュナーなど、トランプの親族が想像以上に深く絡んでいました。続いてご紹介する『 RAGE(レイジ)怒り 』には、娘婿クシュナーがトランプを理解するための4つの教科書を挙げています。
1つ目はウォール・ストリート・ジャーナル紙に寄稿するコラムニスト、ペギー・ヌーナンのコラム。「彼は正気ではない……それが功を奏している」。「トランプの場合は、蝶番(ちょうつがい)がはずれたようにあぶなっかしく揺れ動き、どんな悲劇的事件が起きるかわからないと感じる」
2つ目は『不思議の国のアリス』のチェシャ猫。「どこへ行くのかわからなくても、どの道でもそこへ行ける」
3つ目は首席補佐官の重要性を述べたクリス・ウィップルの『The Gatekeepers』(未邦訳)。「首席補佐官がだれだろうと、トランプはトランプのまま」
4つ目は漫画『ディルバート』作者、スコット・アダムズの『Win Bigly』(未邦訳)。トランプが事実を誤って述べるのは、うっかりした間違いや道義が欠けているからではなく、「故意の事実歪曲(わいきょく)説得」というテクニックの一環。
ウッドワードはクシュナーが挙げた「教科書」を聞いて驚愕(きょうがく)します。なぜならこれら4つを合わせて考えると「トランプ大統領は正気ではなく、目的意識がなく、頑迷で、大衆を巧みに操っていることになる」からです。
しかしクシュナーは、トランプに目的意識がないのではなく、「予想がつかない。それが大きな力なんだ。一線がどこにあるのか、だれにもわからない」とポジティブに捉えます。
トランプはビジネスの経験が豊富なので、「署名欄にサインするまでは、契約が成立しないことを知っている。交渉して取引を進める。でも、サインされない限り、契約は成立しない。だから、彼はそういうふうなんだ。だからつねに柔軟なんだ」と説明します。
トランプ自身も、ウッドワードのインタビューにこう話します。
「政策は変わるものだよ。私は柔軟であることを好む。私がよく変わるというものもいる。たしかに変わる。私は柔軟なほうが好きだ。政策を決めていて、その政策のために煉瓦(れんが)の壁を突き破るような人間ではない。容易に変わることができれば、煉瓦の壁に突っ込む必要はないんだ」
「私の戦略はきわめて柔軟なんだ。長い歳月、私にはずっと戦略がある。私の全人生が柔軟な戦略だし、それで大成功を収めてきた」
ニクソン以来の歴代大統領を取材してきたウッドワードは、「トランプ政権では何事が起きてもおかしくない──なにが起きるか見当もつかない」と結論を下します。
ウッドワードの危機感が的中したのは、2020年の大統領選後にトランプ陣営が連発した「選挙不正」を訴える訴訟や、2021年1月に起きたアメリカ連邦議会議事堂襲撃事件でしょう。
『RAGE 怒り』には、「トランプはロイ・コーンの勇壮な反撃主義を信奉している」と紹介されています。
反撃主義とは「①合意したり屈服したりするな、②ただちに反撃、反訴しろ、③なにがあっても、どれほど窮地に陥っても、勝利を宣言し、敗北を認めるな」という戦略3本柱で、2020年の大統領選後の反応はその最たるものでした。
米国が中国攻撃を計画?
『 日経ビジネス人文庫 国家の危機 』は大統領選の前後に「『アメリカがひそかに中国攻撃を計画している』と中国が信じている」という機密情報を米軍がキャッチするシーンから始まります。「やけっぱちになったトランプが危機を引き起こして、自分が救い主になり、それを利用して選挙に勝つのではないか」と中国が考えていたのです。トランプの「反撃主義」に照らして考えれば、突飛(とっぴ)な考えとも言い切れません。
マーク・ミリー統合参謀本部議長(当時)は、中国人民解放軍トップ(当時)の李作成上将に電話をかけ、落ち着くように説得します。しかし2021年1月6日、トランプの支持者がアメリカ連邦議会議事堂を襲撃。中国側は前代未聞の攻撃をテレビで見て混乱します。
「アメリカは不安定になっているのか? 崩壊しそうなのか? 米軍はなにかをやるつもりなのか?」
この時もミリーは電話をかけて李を安心させますが、ミリーは確信します。
「私たちは中国のことを理解していない。そして、中国も私たちのことを理解していない」。ミリーの考えによれば「中国のような敵が戦いを望むときには、『“先手有利”と呼ばれるもの、あるいは“真珠湾攻撃”を選択して、攻撃する可能性がある』」
なにしろミリーですら「なにが大統領の怒りの引き金になるか、見当もつかない」と述べているくらいです。中国に引き金が分かるわけがありません。世界はひとつの突発的な事件や誤解で大惨事に拡大しかねない一触即発の状況に追い込まれたのです。
「トランプが『軍事敵対行動を開始する』か『核攻撃を命じる』のを防ぐ」ために、ミリーは核兵器発射の手順を確認します。指揮系統を迂回して、米軍全体の最高司令官であるトランプが指揮官や部隊に直接連絡し、攻撃を命じるリスクを危惧したからです。
トランプが「軍幹部と国防総省を使ってクーデターを起こすことが、最大の懸念だ……トランプが国のファシスト式乗っ取りを画策することを、私はつねに恐れていた」と、下院軍事委員会委員長アダム・スミス民主党下院議員も語ります。
大言壮語で喧嘩っ早い男

感情的で気まぐれで予想のつかない意思決定、本能や衝動に突き動かされているとしか思えない政治であるにもかかわらず、なぜトランプ人気は高いのでしょうか? ウッドワードは2016年の大統領選で共和党予備選に勝利する前のトランプとのインタビューを回想します。
「さまざまな面で、アメリカ国民が思い描いていた台本から生まれた勢力だった。アウトサイダー。反エスタブリッシュメント。ビジネスマン。建設者。大言壮語。自信満々。早口でしゃべる喧嘩(けんか)っ早い男」
世界はまた「大言壮語で喧嘩っ早い男」に振り回されることになりそうです。発言の真意やホワイトハウスの舞台裏を思い巡らすために、ここでご紹介した「トランプ3部作」がお役に立つことと思います。なお、ボブ・ウッドワードの最新刊の日本語版『 WAR(ウォー) 3つの戦争 』は2025年はじめに刊行予定です。



