新規事業の開発や既存事業の変革を任されたマネジャーが何をすべきかを体系化した超実践的なマネジメント手法「リーン・マネジメント」。今回は、従来型のビジネス開発プロセスの問題点では対応できない「未知のこと」に取り組むための「明日からでも実行できる使えるネタ」について、細野真悟氏の著書 『リーンマネジメントの教科書 あなたのチームがスタートアップのように生まれ変わる』 から一部抜粋して掲載します。

自分の決裁権で可能な小さな実験を行う

 前回は、「既知のこと」を扱うビジネス開発プロセスとその問題点を解説しました。今回は、皆さんが現場でリーン・マネジメントを使いこなすための概要を紹介します。「未知のこと」を扱うマネジメントが、従来の「既知のこと」を扱うマネジメントとどのように違うのかのポイントを解説します。

 「既知のこと」を扱うビジネス開発プロセスと対比して「未知のこと」を扱うビジネスプロセスが大きく違う点は、「ビジネス検討フェーズ」が「実験フェーズ」に変わることです。

(『リーンマネジメントの教科書』81ページに掲載)
(『リーンマネジメントの教科書』81ページに掲載)
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 実験フェーズでは、自分の決裁権の中で実行できる小さな実験を行い、その方向に筋があるのかどうかを確かめます。つまり、決裁会議で経営陣にパワーポイントで固めた数十枚の計画を提出する前に、自分の決裁権の中でやれる小さな実験を行い、その方向に筋があるのかどうかを確かめます。

 そして、実験結果で「筋がいい」と判断できるものを正式に経営陣に起案するフェーズが「実装フェーズ」です。

「構造的な仮説」を立てる

 では、「実験フェーズ」では何をするのかについて説明していきます。

 実験フェーズで最初にすることは「伸びシロ探し」です。既知のことを扱うビジネス開発プロセスでは、「顧客セグメント別提供価値議論」を最初に行ったと思うのですが、「未知のこと」を扱う場合は、売り上げや利益の伸びシロは一体どこにあるのかという構造的なサーチから始めます。

 よくビジネス開発では「顧客から始めろ」と言われるので、顧客の困りごとを探すといった入り方をすることが多いのですが、そうではなくて、「ビジネスが大きく成長するための伸びシロはどこにあるのか?」という考え方をベースに、構造的な問題について仮説を立てて、それを証明する事実を探していきます。手元にデータがなくても大胆に仮説を立てていきます。

 まずは細かい課題や明確な課題を見にいくのではなく、あくまで構造的な課題に着目するというスタンスが大事です。

 さらに、自社のサービス、もしくは競合のサービスを実際に顧客として体験して、どこに問題点があるのかを自分の肌身で感じてみることも有効です。アンケートのような2次情報では、表面化しているささいな問題を捉えることしかできません。まだ表面化していない大きな課題を探すには、実際に自分で体験してみて、顧客の「声にならない声」に気づくことが近道になります。

他業界の当たり前を取り入れてみる

 こうしたリサーチをする場合、よく同業界の中だけで比較してしまいがちですが、ここでは他業種の中で当たり前にやっている業務フローやシステムの活用などと比較する目線が重要です。

 例えば、アナログな業界が他のアナログな競合をベンチマークしても何の発見もありません。自社の業界とは別に「最近、一気にIT化が進んだ業界」などに着目するといいでしょう。同じ領域の中だけで伸びシロを探していても、本当の意味での伸びシロを見つけることはできません。

 不動産業界を例に出すと、以前は不動産屋さんに行かなければ物件情報を見せてもらえなかったのに、今はネットで先に物件を見てから来訪するという流れが当たり前になっています。「なぜ不動産業界で当たり前のことが人材業界では当たり前ではないのか?」ということに気づくことができます。

 TikTokもヒントをくれます。TikTokは、ユーチューブのように「動画を検索して一覧画面から選んで見る」という方式ではなく、「立ち上げたら勝手に動画再生が始まり、上にスワイプすることで次の動画が出る」という斬新な表示方法を採用しています。まずはユーザーにコンテンツを見せて、そのコンテンツの視聴時間やリアクションを見て、その人がどんなコンテンツに興味があるかを学習していき、最適なコンテンツを表示していくロジックになっています。

 私がリクルートエージェントで行った施策も、このTikTok的なユーザーインターフェースからヒントを得ています。「なぜ人材業界ではこの方法は当たり前ではないのか?」「実際の求人を見て初めて、好きか嫌いかがわかることもあるのではないか?」。そういう仮説から、打ち手を考えたわけです。

 「他業界の当たり前」を自社サービスにも取り入れてみるというのは、そういうことです。

既に考え尽くしたところを探しても…

 そして実験フェーズの最後は、「今、自社が一番大事にしているものを否定してみる」というやり方です。これは一番パワフルで個人的にはお勧めです。

 大企業の場合は、自社の巨大なサービスを運営するために、「自社の何が強みで、何を大事にするか」という方針がしっかりと社内に浸透しています。皆さんの会社にも「当社はここを大事にしている」ということがきっとあるでしょう。

 逆説的に考えると、今行われているすべての施策は、自社が大事にしたいと思っていることを中心にして、それを強化するような形で行われているはずです。つまり、大事にしていることは「不可侵の聖域」で、それ以外で何ができるかを必死に考えていくという暗黙のルールがあるのです。

 しかし、実際の伸びシロはどこにあるのかというと、自社が大事にしていることとトレードオフの関係になっているために諦めていることの中に存在する可能性が高いと思っています。つまり、自社が大事にしていることを守ることによって犠牲になっていることの中に大きな伸びシロがある可能性が高いのに、そこを探るのではなく、既に考え尽くされているところばかり気にしている。だから伸びシロが見つかりにくいのです。

 まずは自社が大事にしているものを一度否定してみて、そのせいで捨てている顧客価値があると仮定してから考えてみることが、伸びシロ探しにおける必殺技です。

探偵のように社内でヒアリングしていく

 いよいよ伸びシロが見つかったら、なぜここに大きな伸びシロがあるのかという課題仮説を立てにいきます。ここでは「課題仮説ツリー」を使います。これはツリー状に漏れなくダブりなく課題を洗い出すツールです。

 そして、「なぜこの課題が残っているのか?」を社内の担当メンバーやユーザーなどに探偵のようにヒアリングしていきます。「法律によって決められている」「利害関係があるからこのやり方をするしかない」といった何らかの理由があって、そのやり方になっていることがほとんどです。まずは課題が残っている理由を、構造的に理解することが大切です。

 ヒアリングをする際は、データと観察力の両刀使いをします。つまり、定量データと定性データのどちらも駆使するということです。ヒアリングをしても、相手の表情の変化や受け答えで本心ではないなと感じたら、さらに深掘りしてヒアリングしていきます。感性で探りにいくというイメージです。

 基本的には、このフェーズは表面化していないインサイトを探りに行くので、ユーザーや社内担当者、自分自身で体験した他社のサービスの不満など、すべてにおいて、データを見ながら仮説を立てて、観察力で探りにいくということを繰り返します。そして、「このやり方になっている理由」が構造的に理解できたところで、それに対する打ち手を考えます。

 「打ち手の仮説」では、誰もが賛成するような「ありきたりな打ち手」ではなく、「これまでに誰も考えなかった打ち手」を考え尽くす必要があります。

 なぜかというと、既存事業であれば、過去にこのビジネスに関わってきた先輩たちが一生懸命課題と向き合い、一生懸命解決しようとしてきているはずです。それに敬意を払うのであれば、当然、自分が考えつくような打ち手は、過去の先輩も考えついていたと考えるべきなのです。

 その打ち手は、何らかの理由で過去に実行されなかったか、実行されたのかもしれないが課題が解決されなかったので元に戻っている、という前提に立つべきです。

「筋の良い打ち手」で課題を一網打尽に

 では、どうやって「これまで誰も考えなかった打ち手」を考えればいいのでしょうか?

 この場合、2つの方向で打ち手を考えます。

 1つ目は、自社では過去に「タブー」とされていた打ち手が、本当に今でもタブーなのかを確かめることです。タブーと言っても、法律を犯したり、倫理的にNGなことをしたりするという意味ではありません。業界の慣習として「そういうことはやらないことになっている」「やろうとしてもやれない」という打ち手です。

 タブー視されている打ち手は、考えても実行できなさそうなので、常識のある人は考えません。だからこそ考える価値があるのです。もしかすると、それは法律の制約を受けていることかもしれません。ただ、その法律の範囲内で、何とかやれる方法がみつかるかもしれませんし、過去にタブーとされていた理由は、今はもう効力を失っているかもしれないのです。そんな強制思考を回すことによって見えてくる打ち手もあります。

 2つ目は、課題に対して打ち手を一対一で考えないということです。ある課題Aに対する打ち手をa、課題Bに対する打ち手をb、というように、ツリーの末端に対して1つひとつ打ち手を考えていくということは基本的にはしません。なぜならば、解決するコストがリターンと見合わなかったり、課題同士が絡み合ったりしている可能性があるので、1つの課題を解決すると、そのしわ寄せで別の課題が大きくなるということがよくあるからです。

 では、どうすればいいのかというと、ツリー状に作った課題仮説の1つずつに対して打ち手を考えるのではなく、複数の課題を一網打尽に解決できるような打ち手を考えます。トレードオフにあるような課題が複数ある場合は、その課題群を一気に解決する打ち手を考えつかない限り、課題のしわ寄せごっこをしているにすぎないのです。

(『リーンマネジメントの教科書』91ページに掲載)
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 これら2つの打ち手の方向性は、メンバーに何度も何度も言い続けなければなりません。「過去はダメだったかもしれないが現在はOKになっているかもしれないことを探そう」「一網打尽にできる打ち手を考えよう」ということをメンバーに再三伝えた上で、意識的に実行してもらうようにします。メンバーが思いつかなければ自分も必死に考えて、思いつくようにします。簡単に思いつくような打ち手が「正解」である確率は低いと考えるべきです。

小さな実験を続けていくためのコツ

 実験フェーズの最後に行うのが、まさに「実験」です。本質的な課題を撃ち抜くような斬新な打ち手を思いついたとして、それをいきなり決裁会議で起案すると、「リスクがあるんじゃないか?」「うまくいかないんじゃないか?」「うまくいくと思う根拠は何だ?」と決裁者から問われてしまうでしょう。

 そこで、すぐには起案せずに、先に課題を解決できることを証明するために、小さく実験をします。「リスクがあるんじゃないか?」と議論している暇があったら、リスクを小さくして実験してみて、実際には大した問題は起きないと証明するのが、リーン・マネジメントの考え方です。

 実験で大事なのは、メンバー1人ひとりに複数の案件を回してもらうということです。仮に1つしか案件を持っていなかった場合、「その実験がうまくいかなかったら仕事がなくなる」という恐怖心が生じてしまい、実験をダラダラと続けたり、うまくいかなかった事実を素直に報告できなくなったりする可能性があるからです。

 ですから、メンバーの心理的安全性を守るためにも、各人に3つぐらいの実験を持ってもらうのがいいと思っています。そうすれば、1つぐらいうまくいかなくても正直に実験結果を振り返ってくれます。「うまくいかない」ということがわかっただけでも、事業にとってはプラスなのです。

パワポ禁止。「紙」が「神」になるから

 一神教マネジメントのやり方では、本当に必要かどうかもわからない機能まで全部要件定義に盛り込んで起案しますが、リーン・マネジメントでは、実験で証明できた部分だけ、どうやって今の業務フローの中に組み込むかを起案すればいいわけです。つまり、実験で見えた事実や、それによって描ける近い未来だけを描きます。

 そのため、「パワーポイントで戦略を固めたりしないように」とメンバーには言い続けます。パワーポイントを作り始めると、「紙が神になってしまう」からです(笑)。実際、私のグループ内ではパワーポイントの使用は禁止でした。手書きかテキストメモでいいよと。

「べき論」ではなく「太陽アプローチ」

 起案するときは、「こうすべきだ」と鬼の首をとったように「べき論」で論破しようとするのは、絶対にいけません。

 イソップ寓話の『北風と太陽』をご存じだと思います。あるとき、北風と太陽が力比べをしようとする。そこで、通りすがりの旅人の外套を脱がせることができるかという勝負をする。まず、北風が力いっぱい吹いて上着を吹き飛ばそうとする。しかし寒さを嫌った旅人が外套をしっかり押さえてしまい、北風は旅人の服を脱がせることができなかった。次に、太陽が燦燦と照りつけた。すると旅人は暑さに耐え切れず、今度は自分から外套を脱いでしまった。

 「べき論」は「北風」と同じで、よりコートを厚く着込まれてしまうように、反発を強めてしまいます。そうではなくて、「こんな実験をしたら、こんな結果が出て、顧客行動が変わったのですが、どうしましょうか~?」と、ポカポカと太陽が照らすように起案するのが成功の秘訣です。つまり太陽アプローチでいくべきなのです。そうすると、「おお、やろうよ」と自らコートを脱いでくれます。

起案は「全体の戦略」に合わせて語る

 また、起案するときには、事業全体の戦略ストーリーに合わせます。仮に今期の事業戦略と真っ向勝負するような事実が見つかったとして、「今期の戦略は間違っています、本当はこうです」といった起案をすれば、決裁をもらいにくくなるからです。

 今期の事業で重視されているものを尊重した上で、自分たちの案をうまく組み合わせるというのが、「事業のストーリーに合わせる」というやり方です。これは、過去の私の失敗経験から学んだポイントです。若い頃は血気盛んで、よく「べき論」で起案して却下され、本当に悔しくて、夜な夜な枕を濡らしてました。

 リーン・マネジメントを使いこなせるようになれば、新事業の創造や既存事業の変革を迫られたとしても、マネジメントにおけるハードルが一気に下がります。より多くの人がこのマネジメント手法を実践できるようになれば、未知なることへのチャレンジがもっと楽しめるようになり、多くの企業でイノベーションが生まれやすくなるでしょう。

 大企業にはベンチャー企業とは違う、大企業なりの創造・変革マネジメント手法があります。リーン・マネジメントによって、皆さんが、つらく出口の見えないプロジェクトから解放され、ワクワクして、手触り感のあるプロジェクトを生み出していっていただけることを心から願っています。

(写真=Rawpixel.com/Shutterstock.com)
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会社を変えるのではなく、チームを変える

新規事業や事業変革を推進する上での障害となる「不幸な光景」「大企業あるある」を解決する、「目から鱗」のマネジメント手法の解説書。日本を代表する企業のマネジャーたちが絶賛する超実践講座を書籍化。驚きのセオリー&明日から使えるツールが満載。

【目次】
第1章 なぜ日本の大企業では「イノベーションの教科書」が役立たないのか?
第2章 リクルートエージェントの売り上げをどうやって1年で100億円アップさせたのか?
第3章 「未知のこと」を扱うリーン・マネジメント(概要編)
第4章 実験とは何か?
第5章 実践編1 驚きのセオリー
第6章 実践編2 明日から使えるツール
第7章 脱・平凡発想
第8章 現場で一歩踏み出すためのヒント