リクルート時代の実体験をもとに細野真悟氏が体系化した実践的ビジネス開発手法「リーン・マネジメント」。その解説書 『リーンマネジメントの教科書 あなたのチームがスタートアップのように生まれ変わる』 は大企業マネジャーから絶賛され、細野氏のもとには多数の反響が寄せられている。そのなかには「当時チームに参加したメンバーの受け止め方や、彼らのその後の仕事にどう生かされているかを知りたい」という声が目立ったという。そこで当時のメンバーによるオンライン座談会を聞き、実感を語ってもらった。

[座談会参加者]
南雲亮さん このプロジェクトの後は、主に新規事業開発に携わり、HRテクノロジーSaaS「リクナビHRTech」の新規事業開発/エージェントサービス企画部長を担当。現在は、リクルートを退職し、sincereed株式会社を創業
石井束査さん このプロジェクトの後は、主にリクナビNEXT、リクルートエージェント、リクナビのコンテンツマーケティングを担当。現在は株式会社キュービックにて執行役員として「your SELECT.」などメディア事業を管掌
東虎太郎さん このプロジェクトの後は、主にリクナビNEXTのプロダクト企画やメディア営業のDX推進を担当しマネジメントも行う。現在は株式会社LITALICOでSaaS事業のプロダクト責任者

[聞き手]
光村圭一郎さん
講談社勤務を経て、2007年に三井不動産に入社。都心オフィスビルの再開発・運営管理・戦略立案に従事した後、2014年に自身の新規事業案件として、大企業・スタートアップ・クリエイターなどのコラボレーションを目的としたコワーキングスペース「Clipニホンバシ」を開業。2018年、大手企業の新規事業創出/インタープレナー育成を目指すプログラム「BASE Q」を立ち上げ、現在も運営責任者を務める。

右上から時計回りに、光村圭一郎さん、石井束査さん、南雲亮さん、東虎太郎さん
右上から時計回りに、光村圭一郎さん、石井束査さん、南雲亮さん、東虎太郎さん
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レガシーな事業のDXプロジェクトに呼ばれる

光村:私はもともと講談社に入って『週刊現代』とか『FRIDAY』の記事を書いていたのですが、2007年に三井不動産に転職して、今は新規事業の担当です。2018年に東京ミッドタウン日比谷に「BASE Q」を開設して、大手企業の新規事業やイノベーションを支援するプログラムを提供しています。

 リクルートさんは、日本の典型的な大企業とはちょっと違うとは思うものの、大企業の中で新しいことをやるのは大変じゃないですか。大企業でリーンを実践するというのは壁がある。それを乗り越えて、皆さんはリクルートエージェントの売上高100億円アップを実現した。僕は「うまくやったな」「どうやったのかな」って興味があるし、担当レイヤーの方が使いこなしていくことに非常に大きな可能性があると思っています。

南雲:リクルートエージェントは転職支援のサービスですが、ウェブメディア事業ではないので、営業組織への投資や研修に重みを置いており、大胆なテクノロジー活用が進みにくいレガシーな事業でした。そこで今でいうDXを推進する企画チームを立ち上げようということになりました。確か2013年です。マネジャーの細野さんを含めて総勢7人でした。

光村:皆さんはそれまで何を担当されていた?

石井:新卒でゲーム会社に入って、リクルートに転職して、キャリアアドバイザーや営業をやって、2010年からマーケティングでした。

:ウェブやアプリのプロダクト開発の仕事を9年ほどやって、2013年にリクルートに転職してプロダクトの企画をしていたんですが、すぐに細野さんのプロジェクトに異動になりました。

南雲:2008年に当時分社化していたリクルートエージェントに新卒で入って、法人営業とか、転職希望者に対応するキャリアアドバイザーなどの現場をやって、その後マーケティング担当でした。ずっと現場をやっていたので、効率化とかDXに興味がありましたね。

「ちょっと試してみてよ」みたいな感じでスタート

光村:プロジェクトに対する会社の期待はどうだったんですか? 「IT活用による売り上げアップはエージェントの重要テーマだ」という大きな期待があったのか、「ちょっと試してみてよ」みたいな感じだったのか?

南雲:「ちょっとやってみてよ」だったと思います。ただ、当時はITというと情報システム系の部署しかなかったので、ユーザー体験の向上とか生産性の改善も含めた企画チームができたのは初めてでした。

光村:自分で希望して異動したんですか? それとも会社からの辞令で異動したんですか?

石井:会社からの辞令でしたね。

光村:そのときの気持ちは?

南雲:シンプルにとてもワクワクしました。キャリアアドバイザーをやっているときに、すべて人がやる必要性はなくて、IT化できることもあると思っていたので。

光村:それまで、会社が必ずしもデジタル化に対して積極的ではなかったので、これはチャンスだ、というわけですね。

石井:僕は楽しそうだなと思いました。リクルート本体とエージェントとのIT活用や企画力の差を感じていたので、本体の開発力や企画力をエージェントに転用すれば良くなりそうだし、自分のキャリアとしても開発とか企画の力を伸ばせそうだな、と。

:僕はわくわくしていましたね。別部署のときに細野さんとディスカッションする機会があって、エネルギーがあって面白い人だなと思っていたので、一緒に仕事ができることにわくわくしていましたね。

非の打ちどころのない論理だと感じた

光村:どういう方向性で進むというのは、すぐ決まった?

南雲:細野さんは現場のキャリアアドバイザーに話を聞いたり、ユーザー体験などの情報を収集したりしていましたね。

光村:当時そういうマネジャーは新鮮?

南雲:新鮮でした。普通の人ならデータを見たり前任者の戦略を確認したりとか、2次情報から入ると思うんですが、細野さんはとにかく1次情報を取りに行った。キャリアアドバイザーのマネジャーが言うことを細野さんは全部疑っている感じでしたね。そういうことも新鮮でした。

光村:疑ってみたり、小さく実験したり、いわゆるリーンなアプローチは今となっては「そんなもんかな」と受け止められると思いますが、当時そういうアプローチの仕方、プロジェクトの進め方は、皆さん経験や理解がありましたか?

南雲:ぜんぜんありませんでした。

光村:皆さん「システム開発は、ウオーターフォールでやるんだ」「要件定義してからやるんだ」と言われてきた?

石井:僕と東はまさにそういう部署にいました。SIerさんがいて、「向こう何カ月、何人月どう使いましょう」みたいなことを先にバシッと決める。みんなやりたいことがあるから、やりたいことをどう決めるかというと、鉛筆をなめなめして、「このくらいリターンが出るはずだから、やりましょう」と決める。そして半年後くらいにリリースして、結果がどうだったかよく分からず終わる。それが繰り返されていた。

光村:そういうやり方に、もやもや感があった?

石井:システム開発って、そういうものだと思っていました。

光村:「小さく実験して検証するリーンでやろう」という細野さんのやり方を「あほじゃない」と思ったりしなかった?

石井:むしろ合理的だなと思いました。

南雲:非の打ちどころのない論理だと感じた。

:丁寧に導入してくれましたね。「リーンスタートアップとは何か」というところから。

南雲:リーンスタートアップ研修も開いてくれました。

光村:「うまくいくかも」と思った?

南雲:本質的にユーザーの課題をちゃんと探りに行くことのプロセスイメージが湧きました。

(『リーンマネジメントの教科書』65ページに掲載)
(『リーンマネジメントの教科書』65ページに掲載)
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「壁打ち」でボコボコにされました

光村:『リーンマネジメントの教科書』を読むと、細野さんは「実験は1人で完結しろ」「実験はクリエイティブだ」と言っていたそうですね。でも「実験なんてやったことない」というのが普通の反応だと思うんですけど、皆さんすぐにできましたか?

:最初は「壁打ち」っていって、自分なりに考えたアイデアや仮説検証の仕方を細野さんにぶつけにいっていました。週に1~2回ぶつけにいって、毎回ボコボコにされる。その繰り返しでしたね。

光村:ボコボコのエピソードは?

:言われた言葉で言うと「普通だね」とか(一同爆笑)。

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光村:一番傷つく言われ方じゃないですか。「普通で何が悪いんですか、普通で」って思いますよね(一同爆笑)。そこで普通じゃない考え方を細野さんが示してくれた?

:自分で考えたちょっとした着想の種から、細野さんなりに着想を広げて、ホワイトボードにわーっと書きながら、「こんな世界観がいいんじゃないか」みたいに発想を広げてくれる。それをヒントにして、持ち帰って、また考えて、ということを繰り返していましたね。検証のフェーズになると、自分なりに考えた実験方法に対して、「それって検証になってないよね?」「それを比較しても意味なくない?」みたいな、そういうご指導をいただきましたね。

 皆さんの壁打ちはどうでした? ボコボコは僕だけ?

石井:一緒に考えるみたいなイメージでしたね。「もっと違うところがリスク高いんじゃないの?」「ここだったら軽く実験できるんじゃないの?」「あ、確かに」みたいな。ボコボコにされて「どうしよう?」で終わることはあんまりなかった。

 僕の場合、最初の頃は「これをやったらいいじゃん」「もっとIT使ったらいいじゃん」と思っていたところがあったので、そういう「むっちゃ課題だよね」というところにストレートに行った感じでしたね。

光村:自分が試してみたいと思っていた案があって、それを細野さんと壁打ちしながら昇華させるという感覚ですかね。

ランダムサンプリングやABテストの勉強になった

光村:ちゃんとした実験をして、一番やばそうなリスクを検証していくって、難しいですよね。

南雲:『リーンマネジメントの教科書』にも書いてありましたが、かなりの成果が出た「応募履歴レコメンド」を起案する前のABテストでは、最初の実験案は「それじゃ実験にならない」ってことになって、サンプルを偶数奇数でランダムに分けることにしました。実験に協力してくれたキャリアアドバイザーの方は大変だったんですけど。

光村:恣意性を排除するにはそうするしかない。

南雲:ランダムサンプリングとかABテストとは何かということは勉強になりましたね。「ABテスト」って言うけど、実はABテストになっていないことが多い。

光村:誘導しちゃったりね。

南雲:僕たちの実験結果に対しては、経営の方々は反論する点が見当たらないという雰囲気でした。

『リーンマネジメントの教科書 あなたのチームがスタートアップのように生まれ変わる』
『リーンマネジメントの教科書 あなたのチームがスタートアップのように生まれ変わる』

実験の「結果」だけでなく「明瞭度」を重視

光村:普通の会社の経営陣だと、良い結果が出れば力を込めてやりたいと思う人が多い。だから担当者はウソをつかない範囲で盛ったり、角度を変えて見せたりして、悪い面を弱くして、良い面を強めて見せようとする。皆さんは、「正直に結果を見せたら上の人がうんと言ってくれない」という不安はなかった?

石井:実験の結果が良くなかったら起案まで行かない。だから1つの実験にこだわらないように、3つか4つくらい並行して実験を持とうよ、という運用をしていました。

南雲:細野さんは評価体系のなかで、良い結果が出たかどうか、インパクトがあったかどうかだけでなく、「実験の明瞭度」を評価項目に入れて重視していた。実験の結果が良くなかったとしても、「この方法ではうまくいかない」ということがクリアになればマイナスにはならない。実験の明瞭度が大事だった。だから、みんな「失敗しました」みたいな感じ。

光村:確かに、たくさん実験のプランを持っているのは大事ですよね。1つにこだわり過ぎて、1つを後生大事にして、粉飾してでも通したくなる欲望がなくなりますよね。かつ実験の明瞭度という評価項目があって、「やみくもに実験してもダメ」「良い実験をしなくちゃダメ」だけど、「この方法はうまくいかない」ということをクリアにすれば、むしろプラスの評価になる。そこに不安とか不満を持ちようがない。そういうことがつながっている感じですね。なるほどな。

 ただ、まったくその通りだと思いますけど、でも良い実験結果が出なくて、「細野よ、お前の言っていることは分からないでもないけど…」となったら、「以上、終わり」ですよね。

南雲:最初に起案した「応募履歴レコメンド」で良い結果が出たので、「このチームに任せておけば面白いことが生まれそうだ」ということだったんじゃないでしょうか。最初の打ち上げ花火に成功したのが大きかったのかな、と。

ある程度の狙いを定めて勝負をかけていく

光村:たまたま1発目が当たったというのだと偶然になっちゃうけど、恐らく細野さんが「応募履歴レコメンド」を最初に選んだのは、そこを外さなければ良い循環が生まれていく見込みがあったんじゃないかという気がしますね。

南雲:そうだと思います。「応募履歴レコメンド」とか、石井さんがやっていた求人検索ができるようにするとか、「絶対に効果があるよね」という見立てのものを先にやった。

光村:やみくもにやるわけではなく、ある程度の狙いを定めて、本質を外さない。そういう勝負をかけていくマネジメントがあったんですね。

 それにしても100億円アップってすごいけど、皆さんは最初からそういう野心を持っていたのか、それとも途中から「これやばいことになる」と期待感が盛り上がったのか、どっちでしたか?

南雲:後者ですね。

石井:「応募履歴レコメンド」による売り上げアドオンを試算したときに、それだけで40億円、50億円になりそうで、「おー、すごい」という感じでした。

(『リーンマネジメントの教科書』55ページに掲載)
(『リーンマネジメントの教科書』55ページに掲載)
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踏襲したけど、まねし切れなかった

光村:皆さん自身がマネジャーになってからは、このやり方を実践したんですか?

:僕がマネジメントした事業では、検証リストをつくりながら、うまくいったら起案するというやり方をしていましたね。

南雲:僕も評価体系から案件出しまで、かなり踏襲していた。でも、まねし切れなかった。本の中にも出てくる「脱平凡メソッド」とか、メンバーをモチベートするストーリーテリングとか、そういうところはもっと細野さんから学びたかったですね。

光村:僕もファシリテーターをやっていて、「着眼の脱平凡」は得意なんですが、「ソリューションの脱平凡」は簡単じゃないと思います。

南雲:筋が良くないといけないですしね。ビジネスにならないと意味がないので。

「エビデンス重視」という大企業の習性がプラスに転じる

光村:今の仕事でも有効性を感じていますか?

南雲:それは明確に感じていますね(一同うなずく)。世の中のリーン的な進め方の習熟度が上がっているところもあって、新しく仕事をする方々との間ではリーン的な進め方は共通言語になりやすい印象がありますね。

光村:この方法論は、聞けば「なるほど、そうだよね」と思うんですかね。

石井:今の会社でもやろうとしているんですけど、小さく実験するんじゃなくて、作り込みたくなる人が多いかな。作り込まないと良い結果が得られない、あれもこれも入れないとマイナスの成果になってしまう、と思うのでしょうね。キレイにしたい、機能リッチにしたがる人がいるというのは感じます。

南雲:実験方法を思いつかないのかもしれないですね。実験方法を思いつかないと、先に開発してしまう。

 ただ、僕は独立してからはジレンマを抱えていることもあって、実験をすると本ローンチまでの期間がどうしても長くなる。その間に他社が似た機能を出したりするようなことがある。実験して検証するのは、スピードとのトレードオフもある。それを感じるシーンは多いですよね。リクルートは最後は横綱相撲を取ることもでき、また起案決議の議論のリードタイムもあるため、結果的に実験をしたほうがよいケースが多かったのかと思います。

光村:横綱相撲というのは、多少遅れても資本の力でリカバリーできるということですね。

南雲:前例を壊して役員から承認を得るというようなハードルは、大企業ならではの壁ですから。ベンチャーにはそれがない。

光村:後でまくれる資本力のある大企業にこそ向いているという言い方もできますね。

南雲:そうですね(一同うなずく)。

光村:ちゃんとした実験は、ちゃんとしたエビデンスを生むわけだから、エビデンス重視というネガティブに言われがちな大企業の習性に合っている。

南雲:そうかもしれないですね(一同うなずく)。

「議論を不要に」「投資対効果を見えやすく」

光村:大企業にとって、ある意味じっくり、じっくりの中身はちゃんとして速いんだけど、エビデンスを出しながら進んでいくのはいいのかもしれない。

南雲:「議論を不要にする」って細野さんは言っていました。

光村:「この実験結果を見れば、議論なんかしなくても明らかだろ」ということですよね。大企業のネガティブなところをうまく消す方法なのかもしれないですね。

石井:投資対効果が見えやすくなるんですよね。どれだけのリソースを投下していいか判断しやすくなる。そしてアセットがあればあるほど、たくさんアセットを投下できて、後からまくれる。勝ちが見えている戦に行けるという感覚があったかもしれないですね。

(写真:Shutterstock)
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