経済アナリストとしてアメリカについての情報を発信している安田佐和子さんが選ぶ「大統領選挙前に読んでおきたいアメリカの本」3回目は、『黒い憂鬱 90年代アメリカの新しい人種関係』(シェルビー・スティール著/李隆訳)。1960年代の公民権運動によって法律上の黒人差別は撤廃された。にもかかわらず、黒人の暮らしが向上しないのはなぜか。黒人の劣等感によるものが大きいという。

なぜ黒人は「差別」されているのか

 高校時代、神戸という土地柄と、公立高校ながら英語科という特別クラスに在籍していた私には、アメリカ人を含め海外の友人がたくさんいました。ちょうどその頃はインターネットが普及し始めた時期で、オンラインでアメリカの方と交流する機会がよくありました。

 その中には黒人の方もいました。よく聞いたのは「黒人は虐げられている」「白人に権力を奪われている」という話でした。しかし、私は非常に疑問に感じたものです。確かに虐げられている方も存在するでしょうが、一方で各界の第一線で活躍されている方もいらっしゃいました。

 公民権運動によって黒人は選挙権も獲得したはずなのに、何が足りないのか。私は2005年にアメリカへ移住して、この疑問がますます大きくなりました。

 そこに解をくれたのが、日本では1994年に刊行された『黒い憂鬱 90年代アメリカの新しい人種関係』(シェルビー・スティール著/李隆訳/五月書房)という本でした。著者のシェルビー・スティール自身も黒人ですが、生粋の黒人評論家や社会学者ではなく、英文学専攻の大学教授です。シカゴの決して裕福ではない家庭で育った彼も、もともとは白人に文句を言うタイプでした。しかし、何が問題なのかを突き詰めて考えているうちに、実は黒人の劣等感にこそ原因があると思い至ります。

『黒い憂鬱 90年代アメリカの新しい人種関係』(シェルビー・スティール著/李隆訳)
『黒い憂鬱 90年代アメリカの新しい人種関係』(シェルビー・スティール著/李隆訳)
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 ここで思い出してほしいのが、1回目「 多数の暴政、少数の専制 アメリカが民主主義に執着する理由 」で紹介したトクヴィルの『 アメリカのデモクラシー 』(松本礼二訳/岩波文庫)です。この本では、故郷から無理やり引き離され、アメリカに奴隷として連れてこられた黒人とその子孫は、ルーツもアイデンティティーも失った人たちであると看破。だから自由を与えられても自立ができず、白人の下で隷従する道を選ぶしかありませんでした。

 今日、法律上の人種差別は撤廃されました。しかし、スティールはそうであるがゆえに、かえって黒人がアイデンティティーを見いだしにくくなったと指摘します。白人のコミュニティーで暮らすスティール自身も、疎外感を抱いたり、同じ中産階級の黒人に対して距離を置いたり、黒人から「白人に魂を売った」と疎まれたりするそうです。

 根底にあるのは、ある種の被差別意識と自己否定があります。公民権運動並びに差別撤廃のスローガン「ブラック・イズ・ビューティフル」はその典型です。黒人自身が、肌の色や顔、髪など黒人の特徴の美しさを肯定し、黒人文化やアイデンティティーを促進する狙いがありました。しかし、社会の人種融合が進むと、被害者としての要素は薄れ、肌を明るくするなど、黒人のアイデンティティーは再び脆弱になり、発言力を失っていきます。スティールはそれを「人種の中に自閉」した状態と称しています。

「アファーマティブ・アクション」の功罪

 そこで問題にしているのが、「アファーマティブ・アクション」。一般には「積極的格差是正制度」や「人種割り当て制度」と訳されますが、要は黒人をはじめとする少数派のために、学校や役職などに一定の枠を提供することを指します。

 一見、人種融合に貢献しそうな施策に思えますが、スティールは明確に「反対」と述べます。これは単なる保護政策であり、本人に対する自己啓発にも職業訓練にもならないからです。

 例えば人種割り当てによって大学に入れたとしても、本人は誇りや達成感を持てません。そして割り当て枠とは無関係に実力で入学したとしても、周囲からは「黒人だから」と見られるかもしれません。

 黒人大学生のドロップアウト率は非常に高くなっています。他の人種は6~7割が卒業しているのに比べ、黒人は4割程度です。げたを履かせてもらって入学したため、授業についていけず、劣等感にさいなまれて内にこもり、白人を逆恨みするという負のスパイラルに陥ります。

 民主党は黒人保護政策を積極的に推し進めてきました。これに対し1980年代に誕生した共和党のレーガン政権は、アファーマティブ・アクションの撤廃に動きます。「肌の色で区別しない」というのが大儀で、「白人はこれまでの黒人差別に対し、もう十分に贖罪(しょくざい)を果たした」という意図が込められていました。

 当然、黒人社会は猛烈に反発しました。ますます民主党寄りになり、アファーマティブ・アクションの維持や拡大を求めるようになりました。しかし、スティールはレーガン政権の姿勢には異議を唱えるものの、すべての人種を同列に扱うという方針には賛同します。

 今、黒人に必要なのは、被害者意識からの脱却ではないか、保護政策ではなく教育や職業選択において機会の平等を求めることではないか。こういう主張を、当の黒人自身が、自らの体験を紹介しながら展開しているのが画期的だと思います。

日本の男女格差に置き換えると

 日本では人種問題は身近でありません。しかし、男女の雇用機会や待遇の不均等については、以前から議論されてきました。私自身、氷河期と呼ばれた時期に就職活動を行い、さまざまな壁にぶつかりました。結局、志望した会社には入れませんでしたが、横道にそれながらも、なんとか今につながる選択をしてきました。

 もし私が、「女性は不利だ」「氷河期のせいだ」と責任を転嫁し、「自分は被害者だ」と自閉するだけだったら、今の私は存在しません。

 昨今、日本でも役職に占める女性を増やすために、アファーマティブ・アクションの議論が出てきています。女性活躍を推進する有効な手段である一方、残念ながら「女性だからげたを履かせてもらったんだ」といったバイアスをもたらす側面もあると思います。

トランプを支持する黒人は意外に多い

 アメリカ大統領選挙において、黒人票は当然大きな影響を及ぼします。今回の選挙で黒人票はどう動くのでしょうか。

 従来、多くの黒人は民主党支持でした。民主党は手厚い黒人優遇政策を打ち出していたからです。逆に言えば、その政策に頼っている黒人層が少なからずいました。口の悪い人は、民主党と黒人層の関係は「プランテーション(大規模農園)」とからかいます。

 一方で保護に頼る必要のない黒人層も増えています。バイデン政権は移民の流入に寛容なため、やがて移民が社会の多数派になるのではという不安が高まっています。最も脅威を感じているのは白人層とされますが、保護政策の対象も移民に移るのではとの懸念から、黒人の間でも評判はよくありません。

「黒人といっても一概に民主党支持とは限りません」と話す安田佐和子さん
「黒人といっても一概に民主党支持とは限りません」と話す安田佐和子さん
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 一方、トランプ政権には“白人至上主義”のイメージがありますが、黒人の支持も得ていました。その理由としては、レーガン政権と同様にバラマキ政策で黒人に訴求するのではなく、減税政策を通じアメリカ経済を成長させるとともに、黒人の失業率を低下させ彼らの生活を豊かにしたことにあります。また、黒人社会はマッチョな文化を持っているので、トランプと親和性が高い部分もあったでしょう。

 さらに言えば、黒人といっても、アメリカ生まれの黒人とアメリカ以外で生まれた黒人との間には違いがあります。例えばカリブ系の黒人は、各国が19世紀に独立国家を樹立させた事情もあって、それぞれのアイデンティティーを確立し、社会的にも成功している方が多く、一部は「カリブのユダヤ系」とも呼ばれます。彼らの意識はアメリカ生まれの黒人とは異なり、一連の「ブラック・ライブズ・マター」の運動に対しても、一線を画している印象があります。また、政治に求めるのは、バラマキではなく自助努力を支援する経済であり、つまりトランプを支持する可能性が高いのです。

 一概に黒人といっても民主党支持とは限りません。それを十把ひとからげにして議論をすると、大きく間違えます。

キング牧師の名言

 『黒い憂鬱』の末尾では、マーティン・ルーサー・キング牧師が自らの死を予見するように語った言葉「約束の地には到達できないかもしれない」を引用しつつ、それをポジティブに転換し締めくくっています。

(略)今、我々黒人が知っておくべきことがある。それは、この地上には約束されたものはなく、約束を自分のものにする機会しかないということである。そう、約束の地は、何かを保証することはない。約束の地で保証されているもの。それは、救済ではなく、機会なのである。

 まさに、このメッセージに尽きると思います。決して難しい話ではなく、社会の普遍的な原理でしょう。ところが被害者意識にとらわれていると、この原理に気づかなくなります。本書は、アメリカの黒人層の意識や置かれている状況を知る上で、この上なくリアリティーに満ちた本だと思います。

取材・文/島田栄昭 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/木村輝