「免疫力が上がる」「睡眠の質の向上」「ストレスを緩和する」などで注目される、ヨーグルトや乳酸菌飲料。習慣的にとっている人も多いのではないでしょうか。しかし、そもそもなぜ、ヨーグルトや乳酸菌飲料をとることで、免疫力や睡眠の質などに変化が起こるのか、知っていますか? そこには、私たち一人ひとりの腸内に生息する、細菌とのエキサイティングな共存関係が関わっているのです。新刊『 9000人を調べて分かった腸のすごい世界 』(國澤純著、日経BP)から抜粋、再編集して、ここ十数年で劇的に進む腸と腸内細菌研究の最前線をお届けします。3回目は「腸・腸内細菌と免疫」についてです。
感染症が流行しても発症しない人、感染しても重症化しない人
新型コロナウイルス感染症は、私たち全員の生活を大きく変えました。しかし、少なくとも「発症」と「重症化」という点では、その影響は「誰でも同じ」ではありません。
クラスターが発生した集団にいても、感染しない人がいます。また感染しても、重症化しない人もいます。
同じ環境で、同じ病原菌にさらされているのに感染する人としない人がいるのはなぜなのでょうか。あるいは、感染してもほとんど症状が出ない人もいれば、重症化してしまう人もいるのはなぜなのでしょうか。どうして年齢によって、重症化リスクは異なるのでしょうか。
テレビの情報番組などでは「免疫力の問題」とひとくくりにされてしまいがちですが、ここではその免疫力の問題を詳しく見ていくことにします。詳しく見ることで、「免疫の状態を整えるために、私たちがすべきこと・できること」が分かります。

腸は「学習」し続けている
腸と免疫、腸内細菌と免疫の関係性は、これまでくり返しお話ししてきました。腸の免疫がしっかり働いているということは同時に、腸の免疫の働きをコントロールする腸内細菌も、しっかり働いていることを意味します。腸には体全体の半分以上もの免疫細胞が集中していて、主に飲食を介し、異物が侵入してきていないかをパトロールしています。
ここまで、「免疫細胞」とひとくくりにお話ししてきましたが、より詳しくいうと、免疫のシステムには「自然免疫」と「獲得免疫」の2種類があります。
自然免疫は、体内にウイルスや病原細菌、ホコリ、アレルゲンなどの有害な異物が侵入しようとすると第一に反応して、異物の種類にかかわらず働きます。異物に対する最初の防御壁で、体内への侵入を阻止しようとするわけです。免疫細胞のうち、マクロファージや好中球、ナチュラル-キラー(NK)細胞などが自然免疫の中心的な役割を果たします。
一方、獲得免疫は、免疫の「記憶」能力を用いたシステムです。免疫細胞は、過去に侵入したことのある異物を記憶していて、次に侵入してきたときに迅速かつ強力に攻撃します。獲得免疫は異物に対する第二の防御壁で、自然免疫で防ぎきれなかったときに働きます。免疫細胞のうち、T細胞とB細胞が獲得免疫の中心的な役割を果たします。
腸は前述の通り「体内の入り口」であり、全身の半分以上の免疫細胞が集まっていますが、腸での免疫の働き方は、ほかの部位での働き方と少し違います。ほかの部位では免疫は、異物の種類にかかわらずとにかく体への侵入を防ごうとしますが、腸の免疫は異物すべてを攻撃することはしません。
なぜなら、栄養や有用菌などは、異物であっても吸収もしくは共存しなければいけない有益なものであり、腸の免疫はそれらの異物を利用できるようにすることが、もう1つの重要な仕事だからです。
有益なものは攻撃しないどころか許容し利活用して、有害な異物のみ攻撃する(免疫寛容)。このような高度な異物の選別ができるのが腸の免疫の特色です。
腸は免疫の「教育機関」
インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスなどのワクチンは、獲得免疫の「記憶力」を利用しています。病原体の一部をワクチンという形で接種しておくと、その一部を持つ本当の病原体に感染しにくくなったり、感染しても症状が軽く済むようになったりします。それは、獲得免疫がワクチンとして投与された病原体の一部の情報を記憶しているおかげで、本物の病原体が入ってきたときに迅速かつ強力に攻撃するように教育されているからです。
腸は獲得免疫を教育するために、あえて病原体の侵入を少しだけ許して学習する仕組みも備わっています。まずは敵か味方かを選別しないといけませんし、敵の場合はどんな敵なのかをある程度把握しないと対応することができないからです。そのため腸は、免疫細胞の学校のような機能を果たす臓器でもあります。
外敵について教育され、獲得免疫が増えれば増えるほど、防御力が上がります。教育された獲得免疫は腸内に留まり続けるわけではなく、全身をめぐってほかの部位でも活躍します。腸内の環境を良好に保つために腸内細菌は多様性が重要ですが、免疫も同様に多様性がカギになるのです。
腸内細菌が不在だと、免疫は正しく機能しない!?
腸内の免疫細胞の「教育」は、腸内細菌の刺激によって活性化されることが、マウスの実験で明らかになっています。腸内細菌がいないマウスは免疫機能が非常に未発達です。しかし、そのマウスに腸内細菌を投与すると、免疫機能が活性化しました。そのほか、ヒトにおいても腸内細菌の違いがワクチンの効果に影響を与えることも示されています。
こうしたことが意味しているのは、腸内細菌が免疫の活性化について、少なからず重要な影響を与えているということです。
われわれの研究でも、腸内細菌による免疫細胞の活性化メカニズムを明らかにしています。例えば、腸内細菌の多くは便の中にいますが、腸における免疫細胞の学校ともいうべき「パイエル板」という場所には、「アルカリゲネス(Alcaligenes)」と呼ばれる菌が存在していることを発見しました。
普通、菌が入ってくると免疫細胞が働き排除されるわけですが、不思議なことにアルカリゲネス菌は排除されません。そのメカニズムとして、菌の成分の一つである「リピドA」が特殊な構造を持っていることが重要だと分かりました。アルカリゲネス菌のリピドAは、免疫細胞を適度に活性化することはできるのですが、自らが排除されるような過剰な免疫反応を引き起こすことがなく、私たちの体の中で共生していけるのです(※1)。
現在われわれは、このアルカリゲネス菌のリピドAをワクチンの免疫増強剤であるアジュバントとして開発を進めているところです。さらに、菌体成分だけではなく、菌が分泌する「メンブレンベシクル」や「エクソソーム」(どちらも膜小胞という物質の仲間)にも免疫活性があることが分かっています。
例えば、関西大学の片倉啓雄教授と山崎思乃准教授らのグループは、植物由来の乳酸菌サケイ(Lactobacillus sakei)が産生するメンブレンベシクルに、腸管の免疫を活性化する働きがあることを動物実験から明らかにしています(※2)。
(※2) Yuki Miyoshi et al., “Mechanisms underlying enhanced IgA production in Peyer's patch cells by membrane vesicles derived from Lactobacillus sakei” Biosci Biotechnol Biochem. 2021 May 25; 85(6): 1536–1545.
「食中毒やがんを防ぐ免疫細胞」を活性化する腸内細菌が明らかに
最新の研究では、どの免疫細胞がどの病気に強いか、その免疫細胞を活性化させるのはどのような腸内細菌なのか、といったことも分かってきています。
慶應義塾大学の本田賢也教授の率いる研究チームは、健常な人の糞便からCD8T細胞という免疫細胞を活性化させる11種類の腸内細菌(11菌株)を特定しました。これら11菌株は大きく二つに分類できます。バクテロイダーレス(Bacteroidales)目という種類の7株と、それ以外の菌4株です。
その11種類の菌をマウスに投与した結果、食中毒などを起こす病原細菌に対する感染抵抗性と、がん細胞に対する抗がん免疫応答が高まることが明らかになりました(※3)。
この11菌株は希少な細菌で、公開されているメタゲノムデータベースを照合した結果、11株が生息する健常な人は極めて少なかったようです。持っていないのは残念ですが、言い換えれば、腸内細菌にアプローチする形で、感染症やがんの予防・治療法の開発の進展が期待できるということです。
新型コロナウイルス感染症のようなパンデミックは、今後の人類社会でも起こり得るだろうといわれていますが、こうした研究によって、今回のような大惨事を防げる可能性も高まっています。
(第4回に続く)
國澤純(著)/日経BP/1760円(税込み)