ソフトウェア・エンジニアとしての成長記録を赤裸々に綴(つづ)って話題の『#100日チャレンジ 毎日連続100本アプリを作ったら人生が変わった』(大塚あみ著、日経BP)では、ChatGPTを徹底活用した「新しい学び」が示されています。本書を推すマンガ家のすがやみつる氏と角川アスキー総研の遠藤諭氏が、生成AI時代の新しいプログラミング学習について語り合いました。その後編。

生成AIを効果的に使うには

司会:前回は、生成AIがプログラミング学習のハードルを下げるというお話でした。だとすると、教える側としても積極的に生成AIを使いましょう、となりますか。

すがやみつる氏(以下、すがや):そうですね。そうなると思います。ただし、どこに使うか、どこまで使うかについては今後の課題でしょう。私が大学で学んだ統計学の授業では当時、「電卓を使うのはOKだけど、Excelはダメ」というものでした。私としては、なぜExcelがダメなのか、よく分かりませんでしたが。生成AIの利用についても、「どこで線を引くか」は、これから検討されるのではないでしょうか。

遠藤諭氏(以下、遠藤):電卓ということでは、初等中等段階の算数・数学教育での活用が推進されていたと思います。その活用具合については、以前ほど議論になっていないことを見ると、あるところに落ち着いているのでしょう。生成AI活用についても、どこかに落ち着くことになると思います。

遠藤諭(えんどう さとし)氏= 角川アスキー総合研究所主席研究員
遠藤諭(えんどう さとし)氏= 角川アスキー総合研究所主席研究員
1991年より月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役などを経て2013年より現職。2020年よりMITテクノロジーレビュー日本版アドバイザー、2025年開校のZEN大学にて客員教授、ZEN大学コンテンツ産業史アーカイブ研究センター研究員。著書に、『計算機屋かく戦えり』(アスキー)、『ジェネラルパーパス・テクノロジー』(アスキー新書、野口悠紀雄氏との共著)など。
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すがや:授業での生成AI活用ということでは、学ぶ姿勢も大事だと思います。先ほど(前回)、「誰かに聞くことができるか」が壁になるとありました。京都精華大学マンガ学部で教えていた身からすると、何かに取り組んでそれについて聞いてくる学生はできるかぎり応援するわけです。

 『#100日チャレンジ』でも師匠格の伊藤先生が「私がサポートできるのは、何かをやり始めた人に対してだけだ。何も考えない人には適切な手助けができない」と言っていますよね。教える立場としては、積極的に学ぼうという人に対しては教えたくなるものなんです。

 一言添えると、「聞いてくる学生にはどんどん教える」は、えこひいきとは違うんです。特定の学生だけに教えていると、それに対して陰口を叩(たた)く学生が出てきたりします。「先生は誰々さんをえこひいきしている」みたいに、です。これに予防線を張るといったらおかしいかもしれませんが、私は授業の始めに「私はどんどん聞いてくる学生には喜んでえこひいきします」と言っていました。

遠藤:ChatGPTを先生代わりに使うということでは、この点は心配しなくてよくなりますね。積極的に学ぼうという姿勢だけでいい。

自らの興味に基づいて集中的に取り組む

すがや:『#100日チャレンジ』の大塚さんの事例では、やりたいことがあって自ら行動するという意味で、スタンフォード大学のキャリア論の大家、ジョン・クランボルツ教授の「計画的偶発性理論」に沿った形になっています。つまり、長期計画を立てずに目先の興味に集中することで、成果を得ています。私のマンガの授業では学生に、投稿や持ち込みといった行動を促すために「計画的偶発性理論=イヌも歩けば棒に当たる理論」と説明していました。

 もちろんタイミングも大事です。『#100日チャレンジ』で大塚さんは、いいタイミングでChatGPTや伊藤先生と出会っている。そのうえで、自らの興味に基づいて集中的に活動する──つまり、チャンスを自ら引き寄せて、達成しているわけです。

すがやみつる氏=マンガ家/小説家/ライター
すがやみつる氏=マンガ家/小説家/ライター
日本マンガ学会会長/日本推理作家協会会員。1950年、静岡県出身。1971年、『仮面ライダー』(原作・石ノ森章太郎)でマンガ家デビュー。1983年、『ゲームセンターあらし』と『こんにちはマイコン』の2作で第28回小学館漫画賞受賞。以後、大人向けの学習マンガを多数手がけた後、1994年、娯楽小説作家として再デビュー。2005年、54歳で早稲田大学人間科学部eスクールに入学。2011年、早稲田大学大学院人間科学研究科修士課程を60歳で修了。大学院在学中にPythonを学び、統計計算Webサイト「こんにちは統計学」(https://stats.m-sugaya.jp/)を開設。2013~2021年、京都精華大学マンガ学部教授。近著に『まんが Excelで統計学入門』(技術評論社)、『ゲームセンターあらしと学ぶプログラミング入門 まんが版こんにちはPython』(日経BP)、『コミカライズ魂』(河出新書)、『超スピードテク満載 クリエイターのためのネットで簡単&得する 確定申告』(ビジネス社)、『マンガ家と学ぶ著作権実務入門』(樹村房)、『昭和「コロコロ」マンガ爆走伝説』(ビジネス社)など。
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遠藤:伊藤先生の寄稿に「大塚さんはまっすぐ歩かない」とありました※1。「考えながら歩く、あるいは、興味を持ったものにまっすぐ近づいていくから」だそうです。そこまで分かりやすい人というのはすごいと思いました。

すがや:猪突(ちょとつ)猛進ともいえる行動力ですね。そのため、『#100日チャレンジ』を読むと、ベストセラー小説『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)と同じ読後感が得られました。

 教える側としては、都度湧き上がる本人の興味を引き出したり、持続させたりすることが大事かもしれません。そうなれば、本人自らが生成AIを活用して、自ら学んでいけるからです。

 さらに「素直である」ことも大事だと思います。私は54歳で大学生になりました(54歳で早稲田大学人間科学部通信教育課程に入学)。論文を書いて提出したら、真っ赤に添削されて「アカデミックライティング」してくださいと言われました。それまでにマンガはもとより、多くの書き物(記事や小説など)をしていたのに、です。それで、レポートの書き方の本を30冊ぐらい買ってきて読んで学びました。

 世間はすでにリスキリングとかリカレントと言われ出していたのですが、こうした自分の体験からは、アンラーニングという言葉に「これだ!」と感じました。一度自分の知識を脇に置いて、まっさらな気持ちで学び直す──プログラミング初心者だったからこそ、大塚さんは自然にこれができていたのでしょう。だから、ChatGPTあるいは伊藤先生に、次々と質問できたのでは、と思います。

生成AIを積極的に使う姿勢が必要

遠藤:生成AIを使いこなすという意味では、教える側の技量が問われますね。

すがや:生成AI活用を疑問視するのではなく、真っ先に使い倒す姿勢が必要でしょう。「石橋を叩く前に渡る」思い切りがいるのではないでしょうか。

遠藤:「ダグラス・アダムスの法則」というのがあります。英国のSF作家、脚本家の言葉です※2

1. 生まれたときに世の中にあったものは、普通で当たり前で、世界を動かす自然の一部である
2. 15歳から35歳の間に発明されたものは、刺激的で革命的と感じ、その分野でキャリアを積むこともできる
3. 35歳を過ぎてから登場してきたものは、自然の秩序に反するものである

 また、「Googleの始め方」というコラムを米国のYコンビネーターの創設者であるポール・グレアムが書いており※3、それによればGoogleのようなすごいスタートアップを成功させるには、次の3つが必要だとあります。

1. ある種のテクノロジーに優れていること
2. 何を生み出すかについてのアイデアがあること
3. 優れた共同創業者がいること

 グレアムは、ある種のテクノロジーに優れるためには、15歳のときに自分の得意分野を見つけて、7年間大学を卒業するときまでやりなさいと言っている。要するに、どちらも15歳を切れ目に年齢のことを言っているわけですね。そして、そのある種のテクノロジーの1つとして、プログラミングがお勧めだよ、とアドバイスしています。

 面白いのは、この1個目の自分の得意分野ができたら2個目のアイデアは必要条件ではなくなると言っていること。得意分野があれば自然とアイデアが出てくると言っているのです。3つ必要だったのが2つになる。今だったら得意分野ではAIも選択肢に入ってきますよね。

 若い人たちは例えば生成AIを得意分野にして、徹底的にその専門家になるべく努力しよう、一方の教える側は(35歳を過ぎていても)、これだけのビッグウエーブですから敬遠せずに取り組むしかないです。

すがや:パソコンが普及し始めたとき、「コンピューターはインテリジェンスミラーだ」と言われたりしていました。コンピューターは使う人の知性を移す鏡の役割を持つ、という意味ですが、生成AIにもその一面があると思います。『#100日チャレンジ』では大塚さんは、「ChatGPTは私を超えられない」あるいは「主体者は私」と表現していました。

 この文脈で生成AI活用を考えると、使う人の知性がChatGPTに測られているとも言えるのではないでしょうか。ChatGPTに間違った回答をされると、こちらの知性が試されているように感じることもあります。誤りを指摘すると「あ、ごめん、ごめん」みたいな感じで返される。誤りをそのまま通してしまったら、ChatGPTに「このお馬鹿さん」と思われているんじゃないかと。

使いこなすための付き合い方

遠藤:生成AIとの付き合い方が問われますね。具体的には、ユーザーがデザイナーというかディレクターみたいな立場で生成AIを活用するみたいな感じがよいと思うのですが。

 大塚さんもそうですよね。最初はやみくもにChatGPTに頼っていたけれど、次第にChatGPTに命令というか調教して、欲しいコードを手に入れています。プログラマーとして成長するにつれて、完成した姿を伝えるのではなく、それを実現するプログラムのイメージを頭に描いて、それを具体的な指示としてChatGPTに与え、イメージしたプログラムのコードを得ています。

 それは、競技プログラマーの人たちのコードの書き方にも通ずるところがあると思いました。彼らにインタビューしたことがあるのですが、問題に対して自力でアルゴリズムを考えてなんかいないんです。「この場合なら、このアルゴリズムだ」みたいなパターンを瞬時に判断して応用している。それは、私が雑誌を編集していたときの誌面のデザイナーさんの仕事の仕方に近いものを感じました。彼らは表紙なり本文の見開きのデザインをするときに、そこに配置しなければいけないものを、デザインの定石のパターンを応用して完成させている。定石の組み合わせだから瞬時だし失敗がない。生成AIを使いこなすうえで求められるのは、こういう応用のセンスと構成を具体的に言語化することのように思います。

 そして、ユーザーには、生成AIを監督し監修する役割も求められます。ユーザーが生成物をきちんと見極めないと、動作を保証できないものになる。これは今後、大きな問題が出てきそうな気がします。

すがや:その点では、危うさも感じています。私自身が、何回も同じようなプログラムを生成させていると、次第にその中身を確認しないようになっているからです。「人は易(やす)きに流れる」ので、いつか大きな落とし穴に落ちる、例えば生成AIの作ったコードを使った基幹システムが不具合を起こすかも、という危機感はありますね。

 一方で、生成AIの進歩にも驚かされています。Xでも話題になったのですが※4、ChatGPTに『ゲームセンターあらし』について2025年1月に聞いたとき、以前(2023年初め)に聞いたときから格段に改善された回答が返ってきたんです。しかも、「あなたがこの作品の著者であることを存じています」とまで回答に含まれて、怖さすら感じました。

 生成AIにはまだ、ネガティブな印象も伴いますよね。人が制御できなくなるほどの進化のすごさへの恐れもあれば、生成AIで稼げます、というように情報商材みたいに扱われることへの悪印象もあるかもしれません。

遠藤:それでも、これから我々は生成AIのある時代に生きていくわけですよね。それは、AIが自分を引っ張りあげてくれるものでもあるわけなので、それによって自分のできることが広がり、社会に貢献できたりする可能性が広がるチャンスでもある。AIと共に生きる根性が必要なのだと思います。そうでないとAIが使える基準以下のことしかできなくなる。そのための大いなる学びの指標に『#100日チャレンジ』はなるはずです。なにしろ、実体験に基づいているわけですから。

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(構成&写真:田島篤=日経BOOKSユニット第2編集部)

怠け者の大学4年生がChatGPTに出会い、ノリでプログラミングに取り組んだら、教授に褒められ、海外論文が認められ、ソフトウェアエンジニアとして就職できた──。Z世代の著者によるAI駆動型プログラミング学習探究記。

大塚あみ著、日経BP、1980円(税込み)

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