『日経アーキテクチュア』元編集長で、「東京建築祭」実行委員の宮沢洋さんが選ぶ、「建築のことはよく分からないけれど、建築を楽しみたい人のための本」連載2回目は、『仕事をつくる 私の履歴書 改訂新版』(安藤忠雄著)と『建築家になりたい君へ』(隈研吾著)。建築家という職業の資質がよく分かる2冊である。

「伝える力」が抜群

 日本で活躍するほとんどの建築家を取材してきた。第一線で活躍する建築家に共通する能力を1つだけ挙げるとすると、それは「相手に言葉で伝える能力」だと思う。今風に言えば「コミュ力」。建築にお金を出すのはクライアントだ。建築家だからサラサラと絵を描いてそれで進むかというとそんなことはない。それを建てる意味や未来に込める思いを言葉で説明できなければ、建築は実現しない。

 安藤忠雄氏は、おそらく日本で最も一般の人に名前を知られている建築家だろう。安藤氏は「伝える力」が飛び抜けて高い人で、文章のうまさも前回紹介した藤森照信氏と並んで建築界のツートップだと思う。

 独学で建築を学び、誰の門下生にもならず、圧倒的な造形性で世界に名を馳(は)せた。独学なのに、東京大学教授として東大で教壇にも立った。建築を始める前には、プロボクサーも経験した。漫画でもそんな設定にはしないだろう、ドラマチックなプロフィルだ。

 とんでもなく破天荒な人を想像するかと思うが、本人はいたって常識的で、礼節をわきまえた人だ。爆発力のベースには緻密さがある。『 仕事をつくる 私の履歴書 【改訂新版】 』(安藤忠雄著/日本経済新聞出版)を読んでもそれはよく分かる。

『仕事をつくる 私の履歴書 改訂新版』(安藤忠雄著)。画像クリックでAmazonページへ
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 日本経済新聞の名物コラム「私の履歴書」で2011年に連載したものをまとめた本だ。偶然だが、その連載中に東日本大震災が起こった。現在入手しやすい「改訂新版」は、新型コロナウイルス禍を経た2022年に、ゴリラ研究で知られる霊長類学者の山極壽一氏との対談を加えている。

 文章のうまさは、書き出しを見れば分かる。

 「私の仕事をみて、『好きなことをやってお金をもらえるからいいですね』などと言う人がいる」

 うまい。どんな反論が来るのかを期待して、先を読まずにはいられない。その後は、短文を重ねた小気味良いリズムに、スイスイと読み進めてしまう。ドラマチックな人生なので、第三者であれば大げさに盛り上げたくなるところを、的確な表現でさくっと伝える。それもうまい。

 「爆発力のベースに緻密さがある」と書いたが、その原点とも言えそうなエピソードが本書の序盤に載っている。それは安藤少年を育てた祖母の教えについてだ。

 「祖母は根っからの大阪の商売人だった。非常に合理的な人間だった。が、ときに合理的過ぎると思えることもあった。宿題は全部、学校で済ませてこいと言うのである。私はその言いつけを守り、授業が終わるとすぐ学校で宿題を済ませた。教科書も学校に置きっぱなしである」

 宿題をすべて学校で終えているから、その後は日が暮れるまで遊んでばかりいた、というエピソードだ。サラッと書いているが、すごいルーティンだ。緻密な情報処理を短時間にこなした後に、創造の爆発がある――。安藤氏のクリエーションのすべてがここに詰まっているようにさえ思える。

中学生向けを装った大人向けの本

 現在の日本で、安藤氏の次に有名な建築家は隈研吾氏ではないか。隈氏もやはり「伝える力」にたけた人だ。隈氏の著作としては、彼の代名詞ともなった『 負ける建築 』(岩波現代文庫。単行本は2004年刊)が有名だが、これは専門家向けに書いた文章でやや難しい。建築に詳しくない人にとっては、「東大を出て東大教授になって、『負ける』ってどういうことよ」と嫌味な感じもする。隈氏がどういう建築をつくる人かを知りたいならば、いきなり『負ける建築』を読む前に、『 建築家になりたい君へ 』(隈研吾著/河出書房新社)を読んでほしい。

『建築家になりたい君へ』(隈研吾著)。建築家の好奇心や行動力など、必要な資質がよく分かる。画像クリックでAmazonページへ
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 「14歳の世渡り術」という河出書房新社のシリーズの1つ。シリーズ名から類推すると中学2~3年生を想定していると思われるが、おそらく隈氏としては“中学生向けを装った一般の大人向け”を狙ったと思われる。

 いつもはやや癖のある隈氏の文章がとても読みやすい。理由は明白で、1つには文末が「である」ではなく「です」「ます」であること。鼻につく感じがない。そして建築の専門用語がほとんどない。常用漢字もほとんどがふりがな付き、という優しさ全開で迎え入れてくれる。

 隈氏の少年時代から現在までが描かれる。好奇心や行動力、忍耐力といった建築家に必要な資質がよく分かる。だが、「建築家になるためには?」というハウツーではまったくない。書かれている主な内容は、建築家・隈研吾が何を目指しているか、である。『負ける建築』を一般的に読みやすくしたような内容だ。

 前書きにはこう書かれている。

 「建築家は神様のような強いパワーと強烈な美意識を持った特別な存在だと思われがちです。しかし、今の世の中はそういう『神様』に建築を設計する仕事を任せません。今の時代、建築を使うのは王様でも神様でもなく、普通の人だからです。(中略)世の中にはいろいろな人がいるから、そのいろいろな人の、いろいろな意見や美意識を受け止めることができる、大きくてやさしい人になってほしいということなのです」

 ここを読むだけでも、隈氏がかつての「神様の建築」(=「勝つ建築」)に対して、「負ける建築」と言ってきた意味が分かるのではないか。

 本書が発刊されたのは、2021年2月。隈氏が設計の中心になった「国立競技場」が完成して間もない時期で、隈氏への社会の関心がピークとも言える頃だった。しかしその後、隈氏の存在が大きくなり過ぎたのか、近年はSNS(交流サイト)などで叩かれることも増えた。隈氏にはぜひ、そうした「いろいろな人」の意見を受け止めた上で「改訂版」を出してほしいと思っている。

 ちなみに、この本の表紙には、隈氏からのオファーで私がイラストを描いた。

写真/スタジオキャスパー

永遠の青春を生きる

学歴も社会的基盤もない。仕事は自分でつくらなければならない。気力、集中力、目的意識、強い思いが、自らに課したハードルを越えさせる――。80歳を迎え、ますます精力的に仕事をし続けるANDOを突き動かす、そのエネルギーの源泉はどこにあるのか。

安藤忠雄著/日本経済新聞出版/2145円(税込み)