『日経アーキテクチュア』元編集長で、「東京建築祭」実行委員の宮沢洋さんが選ぶ、「建築のことはよく分からないけれど、建築を楽しみたい人のための本」連載3回目は、『歩いて、食べる 東京のおいしい名建築さんぽ』(甲斐みのり著)と、『画文で巡る! 最強TOKYO建築図鑑』(宮沢洋著)。前者は非建築系ライターが書いた建築ガイドの新機軸であり、後者は50の名建築の魅力を微細にわたり紹介したイラストルポだ。
テレビドラマ「名建築で昼食を」の原作
建築に興味を持ち始めた人は、まずどんな建築を見に行くべきか。そんなときに大いに参考になるであろう建築ガイドを2冊紹介する。
1冊目は『 歩いて、食べる 東京のおいしい名建築さんぽ 』(甲斐みのり著/エクスナレッジ)。「食べる」というところから建築に引き込み、建築について深い魅力を語る。非建築系ライターの甲斐みのりさんが切り開いた“新たな建築への導入法”の金字塔とも言える本だ。テレビドラマ化された「名建築で昼食を」の原作でもある。
甲斐さんは文系出身。大人になるまで建築とはほとんど縁のない生活を送っていたという。建築との出合いは大学卒業後、京都に住んでいた時。友人に「ワインが飲めるイベントがある」と誘われて行った場所が、ウイリアム・メレル・ヴォーリズ(アメリカの建築家で宣教師、1880~1964年)が設計した「駒井家住宅」(1927年完成)だった。
当時、物書きになりたいという夢を持ちながらも、未来に迷っていた甲斐さんは、その建築に身を置いた瞬間、「それまで自信のなかった私が、主人公とは言わないまでも1人の登場人物になれた気がした」と振り返る。建築には、人の背中を押す力があると気づいた。最初は雑貨や食べ物、お土産品が中心のライターだったが、だんだんと建築への関心を深めていく。
彼女が書く本のすごいところは、そうやって建築熱が強まっていっても、情報としては常に食べ物や雑貨と「等価」であるということ。建築のディテールの脇に、スイーツやお土産品の写真が並び、同じ熱意で説明が加えられる。
この本で言うと、建築界では知らない人はいない上野の「東京文化会館」のページもそう。建築家の前川國男が、師であるル・コルビュジエによる「国立西洋美術館」の目の前に設計した音楽ホールだ。ここには私も何度も行ったことがあって、記事も書いたことがあるのだが、併設されたカフェで「パンダパンケーキ」や「パンダロールケーキ」が食べられたことを、小さく添えられた写真で初めて知った。
建築の解説文も、50代の自分にはややフォントが小さいものの、よく読むと内容が深い。例えば、外観のポイントであるコンクリートの庇(ひさし)は「師匠への敬意を込めて」「軒の高さを(国立西洋美術館と)揃(そろ)えている」という事実を初めて知った。印象的な床のデザインのモチーフが「落ち葉」だということも知らなかった。自分は食べ物に関してはまったく詳しくないが、建築面での深掘りのレベルを知ると、食べ物に関しても同程度に深いのだろうと思われる。
甲斐さんの本を見ると、「これは自分にはつくれないなあ…」と思ってしまう。この本以外にも、「東京」をテーマにした優れた建築ガイドは少なくない。それでも、自分もいつか「東京」をテーマにした本をつくりたいと思い続けていた。ミュージシャンが「クリスマス」の楽曲をいつかつくりたいのと似た感じかもしれない。どうすれば、これまでにない東京の建築ガイドがつくれるだろうか。
こだわった選考基準
長年考えた答えが、今年4月27日に発刊となった『 画文で巡る! 最強TOKYO建築図鑑 』(宮沢洋著/総合資格学院)である。
第1回「 『これより面白い建築の本はない』 誰でも楽しめる『建築探偵の冒険』 」で書いたように筆者は文系出身で、たまたま建築の世界に放り込まれた。一般の人の気持ちも、専門家の気持ちも分かる。それが強みだ。そこでこの本は、「建築に興味を持ち始めたばかりの一般の人」も、「建築に何十年も関わっている専門家」も、どちらも新鮮に読めるガイドブックを目指した。
特長の1つは、全体の約半分がイラストルポであること。だが、それは「画文家」を名乗る筆者であれば当たり前だ。知っていただきたいのは、掲載した50件の選考基準である。
(1)「常時公開」――「特別公開」などがなくても、基本的にいつでも見られる建築に限る
(2)「1建築家1建築」――特定の建築家に偏らず、1人の建築家につき1つの建築に絞る
(3)「歴史性」――明治以降の各時代を代表する建築をバランスよく選ぶ
特に(1)は重要で、ガイドブックには載っていても、実は関係者以外は見られないという建築も少なくない。本書の場合、一般の人は気になる建築から手当たり次第に見ていけばいいし、専門家は「知っているけれど見たことがない」ものを効率的に攻めることができる。
「最強」というやや大げさなタイトルをつけたが、自分の中では厳選に厳選を重ねた50件であり、タイトルに後ろめたさはない。
それでも「最強」は人による。同じ条件であなたなら何を選ぶかを考えながら読むのも、また違う楽しみがあると思う。建築の見方は無限にあり、正解がないからこそ建築は面白い。
写真/スタジオキャスパー



