2025年10月、日経ビジネス人文庫は創刊25周年を迎えました。日経ビジネス人文庫は、「一生懸命仕事をし、遊びも真剣!」なビジネスパーソンを応援するさまざまなジャンルのヒット本や名著を生み出してきました。日経ビジネス人文庫の平井修一編集長と編集者が、テーマごとに今、ヒットしているおすすめの本の制作秘話や読みどころを解説します。今回は、「経営とマネジメントの教養」が身に付く本を7冊紹介します。
日経文庫・新書統括編集長 平井修一(以下、平井) 今回は「経営とマネジメント」を切り口に管理職以上の人におすすめしたい7冊を紹介します。いずれも単行本が文庫化されたものです。
まず1冊目は 『できるリーダーが意思決定の前に考えること』 です。こちらは、長崎さんが、単行本のときから編集を担当していましたね。
コンサル業界の賢者が教える意思決定のセオリー
『できるリーダーが意思決定の前に考えること』内田和成著
第1編集部 長崎隆司(以下、長崎) はい。もともと 『ビジネススクール意思決定入門』(日経BP) という単行本で、著者の内田和成さんが、早稲田大学のビジネススクールで行った講義をもとにした内容です。
内田さんはボストンコンサルティンググループ(BCG)の日本代表を務めた後、2006年から23年まで早稲田大学ビジネススクールで教壇に立ち、リーダー育成に熱心に取り組まれました。その経験を踏まえ、「経営幹部や起業家になるときに知っておいてほしいこと」「意思決定の基本的なセオリー」などについて包括的に解説しています。
文庫化にあたっては、経営層だけではなく、「そろそろ自分も会社の業績に目を向けなくては」というリーダー層にも手に取ってもらいたいと、タイトルと装丁を変えました。意思決定の題材として、昔のテレビ番組の『スター誕生!』や、八甲田山の遭難事件を描いた小説『八甲田山死の彷徨』(新田次郎著)などを取り上げているので分かりやすいと思います。
平井 内田さんの本というと 『仮説思考 BCG流 問題発見・解決の発想法』 『論点思考 BCG流問題設定の技術』 (いずれも東洋経済新報社)などの本が有名ですが、それに比べるとこの文庫本は教科書的な内容ですね。
長崎 はい。まさにビジネススクールの講義をそのまま再現したような内容で、実際に行われた学生とのやり取りも掲載しました。内田さんご本人も「僕の本にしては珍しく、ビジネススクールの先生から評判がいいんだよね(笑)」とおっしゃっていましたね。教科書として使っている先生もいると思います。
平井 この本は教科書的な部分がありつつ、内田さんご本人が意思決定をする際は「困ったときは妻に聞く」「実るほど頭を垂れる稲穂かな」「分からないことは自分が指導する学生にも聞く」といった話も面白く感じました。
長崎 内田さんは物事を合理的に捉える方ですが、その一方、ご本人いわく「右脳派」で、勘や感情を大切にしていて、義理人情に厚い方でもあります。この本でも、合理的に判断する方法だけでなく、合理的とは限らない人の気持ちをくみ取ることについても解説しています。
平井 ちょっと脱線しますが、内田さんの前にBCGの代表を務められていた堀紘一さんも義理人情に厚く、クライアントの信頼を集めていた方だとお聞きしたことがあります。内田さんはどちらかというと合理性優先のタイプかと思っていましたが、実は似ている部分もあるのですね。
長崎 そうですね。内田さんによると、昔は同じコンサルティング会社でもBCGは個性的な人が多く、マッキンゼーには理性的な人が多いといわれていたそうです。この文庫本の「はじめに」では、「堀さんが意思決定を競馬に例えた話」を紹介しています。
平井 「意思決定」というと材料を十分にそろえてから判断したくなりますが、実際には今ある材料だけを集めて、とにかく決定すべきだというエピソードですね。
長崎 とにかく早く決めるということはビジネスのアドバンテージになります。ただ、もちろんそのときに的外れな決め方をしてはいけない。ぜひ、この本を読んで意思決定に必要なセオリーを知ってもらえればと思います。
平井 続いては 『ビジネスモデル全史〔完全版〕』 と 『経営戦略全史〔完全版〕』 です。
第1編集部 永野裕章(以下、永野) この本はどちらも10年以上前に出された本で、この10年の動きを大幅に加筆して文庫化しました。
シリーズ累計34万部のベストセラーが大幅加筆で文庫化
『ビジネスモデル全史〔完全版〕』三谷宏治著
『経営戦略全史〔完全版〕』三谷宏治著
永野 こちらの 『ビジネスモデル全史〔完全版〕』 では、SaaS、サブスクリプション、QRコード決済、ブロックチェーン、生成AIなどが加筆されています。2000年代にスタートアップとして成功したもの、反対に失速したものも総括しました。
単行本が出た当時、「ビジネス書大賞 2014 大賞」「ハーバード・ビジネス・レビュー読者が選ぶベスト経営書 2013 第1位」を受賞したこの 『経営戦略全史〔完全版〕』 では、今回、組織心理学のアダム・グラント、『LIFE SHIFT』のリンダ・グラットンなど、この10年間に経営分野で注目を集めた専門家についても取り上げています。
平井 これだけ多岐にわたる経営戦略やビジネスモデルについての理論と実例をそれぞれ一冊に分かりやすくまとめて執筆されるとは、著者の三谷宏治さんはまさに博覧強記ですね。中には手書き風のイラストもあり、写真や本の紹介もあり、とにかく内容が多岐にわたります。ご本人はどんな方ですか。
永野 三谷さんは東京大学理学部を卒業後、新卒でBCGに入社したのですが、入社前、経営学について何も分からなかったそうです。一から独学で勉強し、コンサルタントとして活躍されました。「コンサルタントという実務家ならではの視点で、経営学者とは異なるテイストで踏み込んで書けた」とおっしゃっていました。
平井 本の中では「巨人たちの午後」として、経営学の大家たちが対話するシーンがあります。すごく面白かったです。これも三谷さんの創作ですよね。
永野 世界的に著名な経営学者であるミンツバーグによると、経営戦略論は11種類に分類できるそうですが、それを三谷さんはざっくり2つに分けて解説しているのでシンプルで分かりやすい。文章もやわらかく、読みやすいのが特長です。実際の読者には組織で中堅以上の立場にある男性が多いのですが、構えずに読める内容なので、幅広い方に読んでもらいたいですね。
平井 この10年間で次々に新しいビジネスモデルや経営戦略が出てきましたし、事例として取り上げたものもその後変化したりで、改訂作業が大変でしたよね。
永野 単行本に掲載していた企業の2010年時の財務業績が、現在は大きく低迷している、なんてケースもありましたね。正々堂々と総括してくださいました。文庫化にあたって、三谷さんはそれぞれ3万字ほど加筆してくれました。だいたい1冊の本が10万字ぐらいなので、前著を読んでくださった方も「大幅加筆」の意味を実感してくださると思います。もとの単行本は3080円で、今回の文庫本は1650円。単行本の半分の価格で3万字分の最新情報が読める。お得ですよ! と声を大にして言いたいところです。
平井 さて、4冊目は 『スタンフォード大学の人気教授が明かす 教養としての権力』 です。こちらはもとの単行本からはタイトルがガラッと変わりましたね。
権力は教養 権力を知らないと生きにくい
『スタンフォード大学の人気教授が明かす 教養としての権力』ジェフリー・フェファー著、櫻井祐子訳
第1編集部 志摩麻衣(以下、志摩) 23年1月に単行本として出版されたときは、 『出世 7つの法則』 というタイトルでした。
ただ、今は「管理職罰ゲーム」といわれ、「出世したい」「リーダーになりたい」という人は多いとはいえません。さらにネットでは陰謀論がもてはやされ、権力に対する疑念も広がっています。そこで、アカデミックな裏付けをもとに、権力について構造的に語られたこの本を役立ててもらいたいと思い、文庫化しました。
志摩 権力と聞くと、権力を手に入れて上昇したい人の属性に基づくものだというイメージですが、この本では、権力は「世の中や社会を生き抜くための知恵」として語られています。
逆に、権力をよく知らないと、気づかないうちに権力闘争に巻き込まれたり、自分の思い描いた道に進めなかったりすることがあります。だから、まずは心得として権力というものを理解しておきましょう、というメッセージです。上昇志向のある人だけが知っておくべきものではないんですよね。そこで、タイトルには「教養」という言葉を入れました。
平井 確かに「権力」と聞くと一部の人のもの、という印象ですもんね。
志摩 実社会では依然として、あらゆる場面で権力がパワーを発揮しています。この本では、権力をうまく体現しているのが米国のトランプ大統領だと書いてあります。
実際の権力構造がどのようになっているかというと、法則が7つあります。この本では「法則1 自分の殻を抜け出せ」「法則2 ルールを破れ」「法則3 権力を演出せよ」といった具合に、法則がそのまま章立てになっているので読みやすいです。
読者からは「自分の殻を抜け出せという部分が特に印象的だった」という声も寄せられました。日本だと権力はいやらしいものと捉えられがちですが、「人に好かれて」「自分らしさを保ったまま」では成功できるとは限りません。この本では「権力とは自分を変えることとは全く関係ない」とも書かれています。これは、とても重要かつ、今まで日本にはなじみがなかった考え方だと思います。
平井 確かに、権力を手に入れると「自分が(他者が)変わってしまう」と思っている人は多いと思います。文庫化にあたって、思い出深いエピソードはありますか。
志摩 文庫本は単行本に比べてもっと気軽に読みたい読者が多いだろうと、単行本の翻訳者である櫻井祐子さんが全ページの訳文を見直してくださいました。例えば、「権力の仕組みを理解し、それを行動に落とし込む」という表現は、「権力の法則を受け入れ、その使い方を会得する」に。小さなことですが、こうした工夫や配慮が随所にちりばめられています。とても読みやすくなっているので、ぜひ手に取ってもらいたいですね。
平井 さて最後に紹介するのは、あの稲盛和夫さんの3部作です。『実学』が細谷さん、『アメーバ経営』は赤木さん、『経営12カ条』は堀口さんが担当しました。
第1編集部 赤木裕介(以下、赤木) 『実学』と『アメーバ経営』はもともと文庫本として発売していました。『経営12カ条』は初めての文庫化です。今回、日経ビジネス人文庫が25周年を迎えるということもあり、「新装版」として装丁と文字組みを変え、解説を新しくして3冊そろえてデザインも一新しました。
これぞ教養として必読 ベストセラー・稲盛和夫3部作
『稲盛和夫の実学 新装版』稲盛和夫著
『アメーバ経営 新装版』 稲盛和夫著
『経営12カ条』稲盛和夫著
赤木 『実学』も『アメーバ経営』も『経営12カ条』も非常によく読まれていて、この3冊を合わせると世界で300万部を超えるベストセラーです。特に『アメーバ経営』は海外で100万部以上売れています。やはり、京セラ創業者である稲盛さんの経営手法は、世界的に注目されているんですね。
平井 『実学』が出版されたときは、帯にもある「会計がわからんで、経営ができるか」という稲盛さんの言葉が話題となりましたね。会計学者や企業の会計・財務部門の人が「我が意を得たり」と喜んだと聞いています。この本が出てから、しばらく会計ブームが起きたと記憶しています。
赤木 『実学』の初版が出た1998年は「会計ビッグバン」が目前に迫っており、キャッシュ・フロー計算書が制度化されるなど、企業の会計ルールが大きく変わった時期でした。それまでは、ロングセラーの会計の本はあるものの、ベストセラーが出るほどではなかったんです。しかし、この転換期から会計入門などが売れるようになり、その流れを受けて、この 『稲盛和夫の実学 新装版』 が多くのビジネスパーソンから歓迎されたのだと思います。
稲盛さん自身はもともとエンジニアで、会計については詳しくありませんでした。でも、経営者となったときに「自分がほしい数字がすぐに出てこなくて困った」ことから、経理担当の人などに会計を教えてもらったそうです。この本には稲盛さんが自分なりの企業と数字の見方を編み出していく過程が書かれています。
第1編集部 細谷和彦(以下、細谷) 稲盛さんは「原理原則」という言葉を使っていますが、最初は会計のことが何も分からなかったからこそ、基本的な細かいことを質問できたり、納得できないことに対しては率直に「納得できない」と言ったりして、稲盛さんの愚直に学ぶ姿勢は、会計を担当している経理の人たちをうならせたのではないかと。この本では、そんな稲盛さんの生身の経営と会計に対する思いを感じることができます。
平井 こちらの 『アメーバ経営 新装版』 は、京セラ内の組織を「アメーバ」というユニット単位に分け、半導体をつくるユニット、それを売るユニットなどユニットごとに独立採算制を取り入れる管理会計の手法の一種ですね。
赤木 アメーバ経営が優れているのは、まず事業に携わる全員が同じ数字を共有できるようになる、ということです。各従業員が自分の仕事の貢献度を把握できると同時に、自分が次に何をすればいいのかも分かるようになります。部全体の売上を言われてもピンと来ないかもしれませんが、「あなたが1時間働いたら、これだけの付加価値を生み出すんですよ」と言われれば解像度が上がって分かりやすいですよね。
稲盛さんはこのアメーバ経営で京セラや第二電電(KDDI)を成長させ、経営破綻したJALを再建しました。
平井 そして、こちらの『経営12カ条』は稲盛さん最後の著書となりましたね。
第1編集部 堀口勝匡(以下、堀口) そうですね。稲盛さんが試行錯誤しながらつくりあげた『実学』『アメーバ経営』を実行するうえで、「経営者やリーダーがどうあるべきか」が書かれているのが、この 『経営12カ条』 です。経営者としての実務というよりは人となりや考え方が書かれていて、まさに稲盛さんの集大成といえると思います。
平井 おすすめの読む順番はありますか?
細谷 そうですね。『実学』『アメーバ経営』を読んだうえで、『経営12カ条』を読むのがおすすめです。管理会計的な考え方を身に付けながら読むことで、理解が深まりやすいと思います。
堀口 私は、『経営12カ条』は、稲盛さんが『実学』『アメーバ経営』の実践から導き出した答えだと思っています。見出しを見ると「誰にも負けない努力をする」「燃える闘魂」といった鼓舞する言葉があり、さすが高度経済成長をけん引した経営者らしい考えだと思う部分もあります。もしかしたら、現代の風潮には合わないところがあるかもしれません。ただ、ビジネスのさまざまな場面を思い返すと、確かにその通りだと感じるところはとても多い。きっと、稲盛さんの言葉通りに行動していけば、事業や経営がうまくいくはずだと信じられる。この3部作は、稲盛さんが難しいことをやさしく、誰にでも分かりやすくまとめてくれた本だといえます。
平井 今回、この3部作を改訂・文庫化した大きな売りは、経営学者の方に解説を書いてもらった部分です。『アメーバ経営』は伊丹敬之さん、『実学』では楠木建さん、『経営12カ条』は岩尾俊兵さん。三人ともそれぞれの世代で日本を代表する気鋭の経営学者ですね。
堀口 『実学』の最初の編集担当だった大先輩は亡くなっています。初版から四半世紀が過ぎた今でも、こうして岩尾さんのような若い方が解説して、たくさんの読者に読み継がれていくと思うと感慨深いですね。編集部一同、これからも長く読まれる本を出していきたいと思います。
文/三浦香代子 構成・写真/長野洋子(日経BOOKプラス編集)













