2025年10月、日経ビジネス人文庫は創刊25周年を迎えました。日経ビジネス人文庫は、「一生懸命仕事をし、遊びも真剣!」なビジネスパーソンを応援するさまざまなジャンルのヒット本や名著を生み出してきました。日経ビジネス人文庫の平井修一編集長と編集者が、テーマごとに今、ヒットしているおすすめの本の制作秘話や読みどころを解説します。今回は、キーエンス、グーグル、成城石井、サイゼリヤ、赤城乳業、ネットフリックス、マイクロソフト、ソニー…と注目の企業のすごさが面白いほど分かる8冊を紹介します。

日経文庫・新書統括編集長 平井修一(以下、平井) 今回は、日経ビジネス人文庫の中でも特に、注目企業を徹底取材して書かれた「『なぜ、あの企業がすごいのか』が分かる本」を厳選して紹介します。ユニークで勢いのある企業のドラマチックな成功物語や経営の要諦など、いずれも読み応えがあるものばかりです。まず1冊目は『成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか?』です。成城石井は大人気ですよね。本当に、なぜ選ばれているのでしょう。

専門家もファンになる、拡大し続ける成城石井のすごさ

『成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか?』上阪徹著、日経ビジネス人文庫

『成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか?』上阪徹著、日経ビジネス人文庫/画像クリックでAmazonページへ
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日経ビジネス 竹内靖朗(以下、竹内) この本を読めば、もっと成城石井が好きになると思いますよ。こちらはもともと、2014年にあさ出版から単行本が出版されていました。この本が出たときは「こんな面白い本こそ自分が担当したかった!」と悔やんだほどです(笑)。それから11年たった昨年、ちょうど著者の上阪さんと仕事をする機会があり、上阪徹さんがますます成城石井に通い詰めているということを知りました。しかも、有料会員にまでなって。

 成城石井は、皆さんご存じのように、おいしいものがたくさん売っていて行くと楽しい、安くはないのについ買いたくなってしまうスーパー。物価高が続く状況下でなお、成城石井は店舗を拡大し、人気が高まっている一方です。そこで、成城石井のこれまでの取り組みがいかに顧客に支持されてきたかという話は、今のビジネスパーソンにとって役立つのではないかと思い、文庫化しました。

平井 文庫化で何か新しくなった点はありますか。

竹内 新たに1章追加して、昨年、成城石井の社長に就任した後藤勝基さんのインタビューを加えました。上阪さんが約1万3000字も書いてくれた充実の新章です。成城石井の特徴は、そこで働く人たちがみんな成城石井を大好きなところ。商品開発の人はもちろん、店員やセントラルキッチンで働く人もみんな、成城石井の商品が好きで、そのこだわりについて話したくて仕方がない。その思いがギュッとこの本に詰まっています。

平井 文庫本のデザインも楽しいですね。口絵にワインがあり、成城石井の売り場をほうふつさせます。

竹内 本の中では、成城石井のこだわり商品をいくつか紹介しています。こだわり過ぎて紹介文が長いですが(笑)。読んでいると成城石井に行きたくなるし、買った後に「この商品はこうなんだよね」と語りたくなる。こんな本は珍しいと思います。小売業や飲食店の本は世の中にたくさんありますが、スーパーマーケットの本はあまりないですよね。

本の中に出てくる「こだわり商品」を紹介するページ。「とにかく説明したいことがたくさんあって紹介文が長くなってしまうんですよね」(竹内)
本の中に出てくる「こだわり商品」を紹介するページ。「とにかく説明したいことがたくさんあって紹介文が長くなってしまうんですよね」(竹内)
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平井 成城石井は日本経済の失われた30年の中でも、店舗の良さを失わないまま会社を大きくし、出店を続けている成功例ですね。

竹内 そうですね。小売流通業界には著名な経営者やコンサルタントといった専門家がいますが、成城石井のファンが多いそうです。親会社はローソンで、ローソンの親会社は三菱商事です。後藤社長も三菱商事から来た人で、いつか成城石井に関わりたいと狙っていたそうです。やっぱりプロの目から見ても、成城石井はユニークかつ、強い。その良さを生かす形で展開していくのが店舗拡大の鍵かもしれません。

平井 次に紹介するのは、『キーエンス解剖』。これは日経ビジネスの白壁さんが文庫化を担当しました。

驚異の高収益を生み出すキーエンスを徹底解剖

『キーエンス解剖』西岡杏著、日経ビジネス人文庫

日経ビジネス編集 白壁達久(以下、白壁) こちらはもともと『日経ビジネス』の特集内容をまとめた『 キーエンス解剖 最強企業のメカニズム 』という単行本でした。『日経ビジネス』では、徹底的に1社を深掘りする「1社もの」と呼んでいる特集が得意で、2022年2月にキーエンスを特集し、同年12月に単行本を出したところ、10万部を超える大ヒットに。それを受け、今年10月に文庫化したのがこの本です。

『キーエンス解剖』西岡杏著、日経ビジネス人文庫/画像クリックでAmazonページへ
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 メディアかいわいで、キーエンスは昔から「取材が入りにくい」といわれている会社です。「年収2000万円超」「営業利益率50%以上」など、公開情報を見ると上場企業の中でもトップクラスの高い報酬を社員に支払いつつ、高収益体質を維持しています。一方で「30代で家が建ち、40代で墓が建つ」といったウワサもよく耳にします。「実際どんな会社か分からない」という人も多いのではないでしょうか。その謎や高収益化の仕組みを日経ビジネスの記者(現在は日本経済新聞の記者)の西岡杏さんが徹底取材して解き明かした一冊です。なかなか正面から取材できなかったので、キーエンスのOBや取引先などさまざまな関係者から話を聞き、その強さの神髄に迫っています。

もともと雑誌の特集だったためレイアウトが見やすい。これはキーエンスの営業パーソンの1日のスケジュール
もともと雑誌の特集だったためレイアウトが見やすい。これはキーエンスの営業パーソンの1日のスケジュール
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平井 文庫化で何か変わった点はありますか。

白壁 文庫本の解説を経営学者の名和高司さんにお願いしました。名和さんはご自身の著書『シン日本流経営 成長のダイナミズムを取り戻す「超進化」』(ダイヤモンド社)でも丸々1章をキーエンスに割くぐらい、キーエンスの経営の特殊性を研究されています。この『キーエンス解剖』は中華圏や韓国でも翻訳され、海外からの関心も高いようです。今はグローバル企業の経営手法を見習おうとするところも多いと思いますが、精神性や風習、文化が合わずに「結局、うまくいかない」こともよくあります。トヨタの「Kaizen(カイゼン)」のように、日本発の経営手法として、キーエンスも世界で注目されるようになるかもしれません。

 ちなみに、単行本の『キーエンス解剖』が出た後、ちょっとしたキーエンスブームになり、日経BPでは『 キーエンス流 性弱説経営 』や『 「キーエンス思考」×ChatGPT時代の付加価値仕事術 』といった本を出版しました。他社からも何冊かキーエンスに関する本が出版されましたね。

平井 キーエンスの本社ビルにアンモナイトの化石が置いてあるというエピソードが面白かったです。創業者が化石のメッセージで、「キーエンスは化石にならない」という思いを込めているんですね。知られざるキーエンスの実態を「解剖」している一冊だと思います。

 続いては『サイゼリヤ おいしいから売れるのではない 売れているのがおいしい料理だ』です。

安さとおいしさを実現 サイゼリヤ会長のユニークな経営哲学

『サイゼリヤ おいしいから売れるのではない 売れているのがおいしい料理だ』正垣泰彦著、日経ビジネス人文庫

第1編集部 桜井保幸(以下、桜井) こちらは、サイゼリヤ創業者・会長の正垣泰彦さんが書いた本で、もともとは月刊誌『日経レストラン』の連載が本になったものを増補文庫化しました。文庫になってよく売れているのですが、「売れて当然」というぐらい完成度が高いんです。まず、サイゼリヤという会社がすごい。それを作った正垣さんもとんでなくユニークな人で、その経営哲学が分かりやすく書かれています。

『サイゼリヤ おいしいから売れるのではない 売れているのがおいしい料理だ』正垣泰彦著、日経ビジネス人文庫/画像クリックでAmazonページへ
『サイゼリヤ おいしいから売れるのではない 売れているのがおいしい料理だ』正垣泰彦著、日経ビジネス人文庫/画像クリックでAmazonページへ

 まず、目を引くのがこの禅問答のようなタイトルです。飲食店なら「とにかく売り上げを増やしたい」が優先目標になるのですが、サイゼリヤは違う。「売り上げは客数×客単価で決まり、お客さんの予算には限りがあるからそんなに簡単に客単価は上がらない。では、客数を増やすにはどうすればいいか。とにかくお客さんに喜んでもらえるように、安くておいしいものを出す」――その考えがタイトルに表れているんです。

 正垣さんは、「社長の給料を削ってでも核商品を作れ」とも言っていて、それが看板商品のミラノ風ドリアにつながりました。世間ではよく「いいものを作れば売れる」といわれますが、正垣さんは、それは「自己中心的な天動説」で、それよりも「売れるものがいいものだという地動説への発想の転換が必要だ」と言っています。

 そうかと思うと、「世の中で起きているあらゆることは、実際のところはよく分からない。量子力学によれば、すべての物質は調和した状態にあるが、同時に新たな調和に向かって変化している」と言ってみたり。大学時代に学生同士でサイゼリヤを立ち上げた経緯や開業早々に火事に遭った話、今では当たり前となった「会社の存在意義を考えるパーパス」の話なども書かれています。

平井 読みどころが満載ですね。

桜井 正垣さんは東京理科大学の出身で、理系の経営者ならではの目線で数値目標にも触れています。面白いのは、「会社全体では1つに絞れ。それは客数増だ」というところ。だから「各店の店長も売り上げ責任は持たなくていい。唯一見るべきは経費がちゃんとコントロールできているか」だという。この辺りの話は、飲食店はもちろん、組織を率いる経営者が読んでも目からうろこだと思います。

「客数を増やすにはどうすればいいのか」を考え抜き、売るべき商品を見定めていく
「客数を増やすにはどうすればいいのか」を考え抜き、売るべき商品を見定めていく
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平井 文庫化の解説をニトリ会長の似鳥昭雄さんが書かれているのも読みどころの1つですね。正垣さんと似鳥さんは私塾の「ペガサスクラブ」で知り合われたという話も面白かったです。

桜井 カバーデザインもいいんですよ。装丁もイタリアンカラーで、この長いタイトルを魅力的に魅せている。お見事です。著者、内容、デザインと三拍子そろった本です。

平井 続いては「ガリガリ君」で知られる赤城乳業の本です。

ガリガリ君の大ヒット商品の誕生にも納得 社員が輝く仕組み

『ガリガリ君の秘密 赤城乳業・躍進を支える「言える化」』遠藤功著、日経ビジネス人文庫

『ガリガリ君の秘密 赤城乳業・躍進を支える「言える化」』遠藤功著、日経ビジネス人文庫/画像クリックでAmazonページへ
『ガリガリ君の秘密 赤城乳業・躍進を支える「言える化」』遠藤功著、日経ビジネス人文庫/画像クリックでAmazonページへ

第1編集部 赤木裕介(以下、赤木) もともと潮出版社から『言える化 「ガリガリ君」の赤城乳業が躍進する秘密』という単行本が出版されていて、それを2019年に文庫化したのがこの本。文庫化からしばらくたつのですが、ガリガリ君の人気と相まって売れています。ちなみに、赤城乳業の企業スローガンは「あそびましょ。」。文庫本もなるべく遊び心を出したくて、ページ下にガリガリ君のパラパラ漫画を付けているんですよ。口絵では歴代のガリガリ君の写真を紹介していて、ビジュアルも楽しめる一冊です。

本の右下には、ガリガリ君のパラパラ漫画を展開。書籍自体にも遊び心がある
本の右下には、ガリガリ君のパラパラ漫画を展開。書籍自体にも遊び心がある
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平井 この本は、経営学者の遠藤功さんが書いたのですね。

赤木 遠藤さんはボストン コンサルティング グループ(BCG)やアンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)などを経て、2020年までローランド・ベルガー日本法人のトップを務められましたが、いわゆる外資系コンサルタントというよりは、工場長のような雰囲気のある熱血タイプ。机上のロジックよりも現場が大事だとおっしゃっていて、「現場千本ノック」をポリシーに数多くの現場を訪れています。『 現場力を鍛える 』『 見える化 』『 ねばちっこい経営 』の「現場3部作」(いずれも東洋経済新報社)と呼ばれる著作があります。

 遠藤さんがなぜ赤城乳業に注目したかというと、とにかく現場の風通しがいいから。入社すぐの社員でもフラットにものが言える仕組みがつくられているんです。ガリガリ君のコーンポタージュ味が発売されたことを覚えている人も多いと思いますが、あのプロジェクトは、入社3年目と5年目の社員が2人で立ち上げ、大ヒットにつながりました。食品メーカーでこうした例は珍しい。社員みんなからアイデアを出してもらうことを重視している会社です。

入社3年目と5年目の社員が2人で立ち上げ、大ヒットになったコーンポタージュ味(見開き左)
入社3年目と5年目の社員が2人で立ち上げ、大ヒットになったコーンポタージュ味(見開き左)
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 「遊び心」でいうと、かつては古ビルの一角に「秘密基地」という営業部の拠点があり、そこで商談をしていたそうです。文庫化に当たって社長へのインタビューのために本社に行ったら、本社の主要な執務スペースはワンフロアで壁などの仕切りも少なく、コミュニケーションを取りやすくする工夫がされていました。また、階段の手すりがガリガリ君の当たり棒を模したデザインになっていて、オフィスの細かい部分まで遊び心が詰まっていました。

平井 会社のホームページも面白いですよね

赤木 社長メッセージで「『強小カンパニー』を目指してきました」とうたっているように、他社のまねをしたり、古い慣習にとらわれたりせず、少数精鋭で規模は小さいけれど、強い会社を目指していこうとしています。文庫化した当時のガリガリ君の年間販売数は4億本。そんな国民的アイスの秘密を書いた本です。

平井 5冊目は『ソニー再生 変革を成し遂げた「異端のリーダーシップ」』です。

3回も逆転劇を実現させた平井一夫氏の哲学にうなる

『ソニー再生 変革を成し遂げた「異端のリーダーシップ」』平井一夫著、日経ビジネス人文庫

第1編集部 志摩麻衣(以下、志摩) 2021年に出版した単行本が約7万部のヒットになり、2025年4月に文庫化したのがこちらの本です。著者の平井一夫さんはソニーの社長を務められ、ソニーグループ全体の中では3度、社長という立場を経験されています。

平井 3回目に社長を引き受けられた時は5000億円を超える赤字があり、そこから見事にソニーを再生されましたね。

志摩 その経緯について書かれたのが、この本です。平井さんの経営哲学や事業再建に向けてどんなことに取り組んだのかが、この一冊で分かります。

『ソニー再生 変革を成し遂げた「異端のリーダーシップ」』平井一夫著、日経ビジネス人文庫
『ソニー再生 変革を成し遂げた「異端のリーダーシップ」』平井一夫著、日経ビジネス人文庫

 個人的な話で恐縮なのですが、日本を代表する大企業で3度の事業再建という偉業を成し遂げられた平井さんは、自分には遠い存在だと思っていました。でも、実際に平井さんから話を聞くと、そうではないと分かりました。この本には、経営者としての視点だけでなく、一人の人間として大事にしてきたことなど平井さん自身の人生哲学が込められています。経営層の人は、平井さんの思考をメンターとして読むことができますし、中堅や若手の人は「こう考えると人は動くんだな」と学ぶところが多いと思います。

 また、平井さんは一貫して「肩書で仕事をするな」とおっしゃっているんです。1つエピソードを紹介すると、平井さんがスペインに出張された際、ホテルのテレビがソニー製だった。でも、テレビの裏側にはホコリが全くない。不思議に思って聞いてみると、「東京から本社の役員が来るから、ホテルに頼んでテレビを替えてもらった」ことが分かりました。社員は良かれと思って頼んだのでしょうが、平井さんは「もう絶対にこんなことはしないでください」と心からお願いしたそうです。

 私はかつて編集プロダクションで働いたことがあるのですが、私が下請けの立場であることに関係なく、一人の人間として丁寧に接してくれた方のことはやはり心に残っています。平井さんのお話を聞いて、改めて自分もそうありたいと思いました。

「肩書で仕事をするな」の背景にどんな思いがあるのかについても書かれている
「肩書で仕事をするな」の背景にどんな思いがあるのかについても書かれている
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平井 私が面白いと思ったのは、平井さんの「危機的な状況でこそ心が燃える」という部分です。逆に事態が落ち着くと「自分はもうここにいなくていいのでは」と思ってしまう、と。実際、事業再建をした後は長く社長を務めず次代に譲り、ご自身は社会貢献活動に励まれていますよね。この本を読むと、平井さんの生き方がいかにカッコいいかが分かります。

志摩 カッコいいですよね。ピンチに現れるヒーローみたいです。信念と誠意と責任感。この3つのキーワードがぴったりな方です。

平井 この本の中ではさらっとしか触れられていませんが、ソニー本体の社長になった当初は「技術について分からない人が社長になって…」などと批判を浴びたこともあったそう。批判される中で人員整理などの厳しい対応もせざるを得なかった。そこから再建という偉業を成し遂げたのは、誰もができることではないと思います。

志摩 ちなみに、人員整理など痛みを伴う改革はすべて平井さんご自身の口から対象者に伝えたそうです。本書を読んですぐ、平井さんのすべてをまねしようと思うのは難しいと思いますが、そのときの自分の立場に合わせて、何年も読み続けていける本だと思います。

平井 平井さんの就職エピソードもいいですよね。自動車業界かCBS・ソニーに行くか迷い、父親に相談した。銀行員の父だから、堅調な自動車業界を勧めるかと思ったら、「自動車は1人が何台も持つものではない。これからは音楽のほうがいいんじゃないか」と言われたと。人生の転機をどうとらえるか。若手にもリーダーにも読んでほしい1冊ですね。

 さて、この後に紹介する3冊は、注目集まるあのグローバル企業の本です。まずは、ネットフリックスの本から紹介しましょうか。

シリコンバレーが沸いたあの自由なカルチャーの背景にあるシビアさ

『NO RULES 世界一「自由」な会社、NETFLIX』リード・ヘイスティングス著、エリン・メイヤー著、日経ビジネス人文庫

『NO RULES 世界一「自由」な会社、NETFLIX』リード・ヘイスティングス著エリン・メイヤー著、日経ビジネス人文庫/画像クリックでAmazonページへ
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第1編集部 金東洋(以下、金) この本は「ネットフリックスがどんなカルチャーを持っているのか」ということについて詳細に書かれています。この本の前段階として、2009年にネットフリックスが「カルチャーデック」という127枚のスライドをインターネット上で公開したんです。「従業員は無制限で休暇を取得していい」「経費の承認は不要」といった規格外のカルチャーガイドラインで世界中で大きな反響を呼び、それを見た当時のフェイスブック(現Meta)のCOO、シェリル・サンドバーグ氏も「シリコンバレーで生まれた最高の文書」と言い、話題になりました。そして、ネットフリックスの組織としての自由なカルチャーに興味関心が集まり、この本が誕生するきっかけになりました。

 もともとネットフリックスは、リード・ヘイスティングス氏の「DVDを郵送でレンタルする」というアイデアから始まり、それをネット配信にシフトさせたところが最大のポイント。さらにグローバルに配信するビジネスに飛躍するまでにどんな決断があったのかが、この本に書かれています。

 あるとき、ヘイスティングス氏はネットフリックスのDVD郵送レンタル事業と配信事業を別会社にしてビジネスを成長させようとします。社員もみな賛成して実行しました。しかし、世間からは「今まではDVDも配信もどちらも見られたのに、いきなり倍近い料金にするのか」と猛烈なバッシングを受けました。ヘイスティングス氏は「社員のみんなもOKと言ったじゃないか」と思いつつ、詳しく探ると、「ヘイスティングス氏がそのアイデアに熱心になりすぎて、誰も反対できる状況じゃなかった」ということが判明したんです。そこから、年齢や立場に関係なく、率直に意見を交わせる自由なカルチャーが生まれたのです。

 ただ、そのカルチャーを維持するためには、有能な人材だけを集めて「能力密度」を高めなくてはいけません。能力の高くない人が反対意見を言うと、そこで仕事が停滞してしまうからです。しかも、有能な人材の集団なら細かい規定はいりません。唯一「それは、ネットフリックスのためになるのか?」を考え、それがイエスなら何をしてもいい。どんなホテルに泊まっても、飛行機のどの座席クラスに座ってもいい…となったのです。とはいえ、短距離のフライトでビジネスクラスに乗ったり、顧客との会食で高いワインを開けたりしたりした人が解雇されてもいます。

平井 規定はないけれども、監査は入るんですね。

 はい(笑)。逆に、ある試写会の直前に、会場に大型の4Kディスプレーが設置されていなかったため、大急ぎで近所の店舗から4Kディスプレーを買ってきた人は評価されたという事例もあります。時間がないので上司の承認も取っていないが、そんなことは問題ではない。一貫して「何がネットフリックスのためになるのか」が基準なんです。もう一つ面白いのは、「キーパーテスト」という退職志願者を引き留めるテスト。退職したい人がいたら、その人を本気で引き留めたいか。そう思わない人は辞めさせていい、という指針です。

平井 よく考えると、かなりシビアですね。

「スター以外には即座に十分な退職金を払い、スターを採用するためのスペースを空ける」というシビアな表現
「スター以外には即座に十分な退職金を払い、スターを採用するためのスペースを空ける」というシビアな表現
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 そうなんです。だから、文庫本のタイトルで『NO RULES 世界一「自由」な会社、NETFLIX』と「自由」という言葉に「」(カギカッコ)を付けました。いろんな意味がある「自由」だからです。何をしてもいいけれど、その裏には責任が伴う。他にもユニークなエピソードがさまざまな紹介されているので、さすがはネットフリックス! と楽しめる1冊ですよ。

平井 次に紹介するのは、世界的企業のグーグルについて書いた本です。こちらも金さんが担当です。本のタイトルは、『How Google Works ―私たちの働き方とマネジメント』。グーグルは「人を大切にする」「人の才能を生かす」といわれ、先ほどのネットフリックスよりは社員に優しそうなイメージですが。

グーグルに優秀な人材が集まる理由がこれを読めば分かる

『How Google Works ―私たちの働き方とマネジメント』エリック・シュミットほか著、日経ビジネス人文庫

『How Google Works ―私たちの働き方とマネジメント』エリック・シュミットほか著、日経ビジネス人文庫
『How Google Works ―私たちの働き方とマネジメント』エリック・シュミットほか著、日経ビジネス人文庫

 この本はグーグルの組織やマネジメントについて詳しく書かれています。2017年に文庫化しました、経営に関わる論点が全て網羅されているのが素晴らしく、今でも内容がまったく古びていません。まず、企業文化をどうするかというセッティングから始まり、戦略、人材、意思決定、コミュニケーション、そして最後にイノベーションについて書かれています。

序文は、グーグル共同創業者のラリー・ペイジ氏が執筆。本の中には、グーグルの文化を表現したイラストも
序文は、グーグル共同創業者のラリー・ペイジ氏が執筆。本の中には、グーグルの文化を表現したイラストも
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 私が面白かったのは、採用のエピソードです。「なぜ、Cクラスの人材を採用してはいけないのか」。その理由は「レベルの低い人が採用すると、自分よりもさらにレベルの低い人を採用してしまうから。だから、人材レベルは高く維持しなくてはいけないんだ」と。

 また、「HiPPO」という表現も印象的でした。「HiPPO」は「HIGHEST PAID PERSON’S OPINION」の略で、高給取りや一番偉い人の意見をみんなが聞いてしまうから、「HiPPO」の意見はあえて聞くなというルールを設けている。「誰の意見」よりも「まともなアイデアかどうか」で決めるんだ、と。そこからグーグルのデータ至上主義が徹底されるようになりました。

平井 採用はどこの企業も気になるところですよね。採用プロセスについても書かれていますか。

 この本では、「いわゆる一般的な採用プロセス自体が間違っている」と書かれています。履歴書を送ってもらい、電話などで話をしてスクリーニングをかけ、面接を3回ぐらいして入社オファーを出す。そのプロセスでは、面接官や上司は潜在意識で「優秀だから入れよう」ではなく「この人を入れると自分の立場が危ういんじゃないか」と考えてしまうそうです。すると、なかなか優秀な人材が入らない。だからグーグルでは「学術界モデル」の採用をしているそうです。専門委員会を立ち上げ、優秀な仲間を紹介すると報酬がもらえる仕組みです。

平井 いわゆる、リファラル採用ですね。

 本当に優秀な人だけを紹介するというモチベーションが高まり、グーグルにふさわしい「スマートクリエイティブ」の集団が形成されます。ここでまた面白い話が。スマートクリエイティブは情熱的であることがデフォルトなので、わざわざ面接で「私は○○に対して情熱があります!」と話す人を採用するな、とも書かれています(笑)。

平井 自分からペラペラアピールしてはいけないが、誰かに聞かれたら自分の言葉で語れるものを持っていないといけない。難しいですね。面接官はそこをうまく見抜き、採用される側は自分に不利な見抜かれ方をされないようにしないといけない(笑)。

 他にも「学び続けるラーニングアニマルを採用せよ」「キャリアはサーフィンに似ている」など、深い言葉がたくさん出てきますよ。

平井 サーフィンとは?

 波が来ない所でサーフィンをしてはいけないということ。仕事も同じで波が来ない業界もある。「景色がいいな」「すてきな場所だな」と思って入っても、そこに波が来なかったら終わりなんですよ。最初に就職した会社を波に例えると、もし、ひどい上司に当たったとしても素晴らしい波が続々と来るような業界にいるなら希望がある、と。この部分は、自分の子どもに読ませたいと思いましたね。

衰退から見事な復活を遂げたマイクロソフト チェンジマネジメントとは

『Hit Refresh マイクロソフト再興とテクノロジーの未来』 サティア・ナデラ著、日経ビジネス人文庫

平井 最後は、マイクロソフトです。本のタイトルは、『Hit Refresh マイクロソフト再興とテクノロジーの未来』です。「Hit Refresh」は「ブラウザのリフレッシュボタンを押す」という意味があるそうですが、どんな本ですか。

第1編集部 沖本健二(以下、沖本) この本は、一言でいうと、チェンジマネジメントの本です。

『Hit Refresh マイクロソフト再興とテクノロジーの未来』 サティア・ナデラ著、日経ビジネス人文庫/画像クリックでAmazonページへ
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 マイクロソフトはIT業界の盟主でしたが、MS-DOS、Windows、Office 365など、非常にシェアの高い商品を抱えていたために殿様商売になってしまったんです。次第に、新しいものを開拓していく意欲が社内で減退し、2003年以降、急速に進んだモバイル化、クラウド化に対応できず、完全に立ち遅れてしまいました。よくビジネススクールなどで「ガリバー企業が急に衰退・倒産した事例」として、コダックやブロックバスターが取り上げられますが、まさに同じような道をたどろうとしていました。もちろん社内では新しい技術が必要だと分かっていたのですが、結局変革には踏み出ませんでした。

 また、当時のマイクロソフトは社内でも対立があり、自社の利益を追求し過ぎるが故に対外的にもビジネスでのパートナーシップをうまく築けず、孤立気味だったということが衰退の原因になっていたといえます。

 でも、AI時代の到来に合わせてビジネスモデルを大転換し、マイクロソフトは復活した。その転機となったのは何だったのか。それは、サティア・ナデラ氏がマイクロソフトの3代目CEOに就任したことです。ナデラ氏は、グーグルが圧倒的トップの検索事業において、Bingという検索事業を担当していました。マイクロソフトの中ではサーバー部門やOffice 365のソフト部門がメインストリームですから、ナデラ氏はいわば「傍流」です。傍流出身だったからこそ、守りに入らずにメイン業務を大胆に改革でき、弱点だったクラウド事業の立て直しを託したことが再建成功につながりました。

 ナデラ氏の改革はパーパス経営を地で行くようなものでした。初期のマイクロソフトは「すべての机と、すべての家庭にコンピュータを」という目標を掲げていましたが、もう既に達成している。そこで「自分たちの存在意義は何なのか」ということを根本から問い直し、経営を立て直していったのです。ナデラ氏が大事にしたのは「共感経営」です。彼はインド人で、お子さんに障がいがあることもあって、ダイバーシティに大きな理解がありました。社員一人ひとりが、共感を基盤にして自分のやりたいことを見つけ出し、個人のやりたいことと会社のビジョンや目的を結びつけていこうとしたところが、変革の一番の原動力になったと感じました。

序文では、ビル・ゲイツ氏がナデラ氏との出会いかのエピソードを執筆している
序文では、ビル・ゲイツ氏がナデラ氏との出会いかのエピソードを執筆している
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平井 組織を変え、逆転劇へと導くプロセスは、経営層やマネジメント層に大いに役立ちそうですね。

沖本 実はこの本を出版するに当たり、役職名などを確認してもらおうと日本マイクロソフトを訪ねたところ、ナデラ氏のエピソードを多く聞き、日本の社員の間でもナデラ氏への評価と人気が高まっていることを実感しました。マイクロソフトは今年で設立50周年。株価も最高値を記録するなど、今、もっとも注目を集める会社といえます。経営層やマネジメント層にとっては、経営の思考やリーダーシップについて学びを深められる一冊になると思います。

文/三浦香代子 構成・写真/長野洋子(日経BOOKプラス編集)