「自律型人材」育成の先にあるのは、個々の「主体的なチャレンジ」であり、サステナブルな「人的資本力」はそれによって生み出される。自律型人材を育成するメソッドとしてのビジネスコーチングの実践を通じて、急激に変わる事業環境の中でもブレることのない育成の仕組みづくりを解説する。 『ビジネスコーチング大全』 の著者で、豊富なコーチング実績を持つ橋場剛・ビジネスコーチ(東京・千代田)副社長が解説。
「内省」と「ふりかえり」
一流の指導者は、相手の魅力や想い、能力を十分に把握した上で、それを最大限に引き出し、生かすことができる人だ。これはプロスポーツの世界に限らず、ビジネスの世界においても同じである。その指導を「仕組み」として「再現可能なシステム」にまで昇華させることができれば、その人はすでに指導者として超一流と呼べるのではないだろうか。
働き方改革に加え、コロナショックがきっかけとなり、多くの企業で1on1ミーティング(以下、1on1)が導入されるようになったことは前回までに述べてきたが、「1on1を導入する」こと自体が「育成の仕組みづくり」と言える。しかしながら、1on1を単に導入し、実践するだけでは、真の意味での育成を図ることはできない。
真の育成のためには、本人がたどり着きたいキャリアのゴールに向けて積極的に学び、実践し、内省し、仮説を立て、改善を図り、再び実践する、という学びと実践の絶え間ない繰り返しが必要となる。仕組みづくりのポイントは「内省」と「ふりかえり」だ。
1on1では、その時々でティーチング、コーチング、フィードバック(もしくはフィードフォワード)が使い分けられていくが、いずれにしても、1on1終了後に何かしらの気づきや学びがあったり、具体的に取り組むことが明確になったりすることが望ましい。
しかしながら、毎回の1on1が常に前向きかつ生産的なものであるとは限らない。仕事が思うように進まず落ち込んでいる部下に対して、上司が部下の話をひたすら傾聴し、理解し、受け止めて終わる、といった回も、時にはあるかもしれない。
筆者自身も長年、多くの企業・組織に対して1on1導入支援やコーチングのスキルトレーニングを実施してきているが、業績向上や社員のエンゲージメント向上といった充実した具体的成果につなげることに成功している人・組織に共通して見られるのは、1on1や各種の育成活動をやりっ放しにせず、「いったん立ち止まって内省し、ふりかえる」ことをルーティンに組み込み、仕組み化している点だ。
内省する方法、ふりかえる方法は無数にある。
例えば、「週報を付ける」「日記や日誌を付ける」ことのほか、内省やふりかえりのためのアプリやクラウドサービスなどを活用する方法もある。手段はいろいろあるが、その本質はやはり、自己への問いかけと、問いかけに対して出した答えに基づいて「仮説」を立て、「実践」につなげていく仕掛けだ。
「1日5分」の習慣化
例えば、一例として「週報」を活用することで毎回以下の4つの項目について内省し、ふりかえりを行ったとしよう。
①この1週間、うまくいったことは何か?
②この1週間、うまくいかなかったことは何か?
③うまくいかなかった原因は何か?
④「次の一手」は何か?
週報でふりかえる項目の内容にはむろんいろいろなバリエーションがあるが、多くの場合、「週報に書く」こと自体が目的化してしまい、「週報に書いたことについて他者と対話し、内省し、仮説を立て、次のよりよい実践につなげていく」といった作業は案外行われていないのではないだろうか。
こうなる理由は実にシンプルで、こうした作業には大変な手間と労力、時間が必要だからだ。読者の皆さんを含め、多忙な毎日を送っている我々にとって、実践し続けるにはとてもハードルが高い。そのため筆者は、こうした内省やふりかえりを行うことに対するハードルを下げるための意識の切り替えが必要だと考えている。
例えば、囲碁・将棋・チェスなどの世界では、対戦(局)後に相手と、何が勝負の決め手になったのかなどをふりかえりながら話すことを「感想戦」と呼ぶが、前述の内省やふりかえりは、いわば「ビジネスシーンにおける感想戦」とも呼ぶことができるかもしれない。ビジネスシーンにおける感想戦を独力で行える人もいるが、多くの場合は時間的な制約や意志の問題によって独力で行い続けることが難しいため、上司やコーチがそれをサポートする役目を果たすこととなる。
我々はロボットではないので、毎日毎日が「改善!改善!改善!」ばかりでは、疲れてしまい、とてもモチベーションを保つことはできない。内省やふりかえりによって改善を図ることも重要だが、時には「よくがんばったね!」とねぎらってもらったり、「あなたが真摯に努力する姿勢を見て、私もがんばろうと元気が出たよ!」と承認してもらったり、「う~ん、その気持ち、すご~く分かるよ!」と共感してもらいたいと思うのが、感情を持った人間の姿なのである。
つまり、こうした内省やふりかえりを支える対話は「1対N(多数)」ではなく、「1対1」のコミュニケーションが必要であり、「仕組み」として機能させるためには、毎日あるいは毎週、ある程度決まったタイミングで、決められた時間内で行うことが必要だ。
毎日30分もの時間を内省に充てることはまったくサステナブルではないが、1日5分程度、あるいは週に30分程度、内省やふりかえりの時間に充てることは、多忙な我々にとっても十分許容できる範囲であり、サステナブルな取り組みだ。
自己肯定感を高めることは、個人の成長にとっても組織の成長にとっても重要なことだが、内省やふりかえりを行うことは、自己肯定感を高めることにも大いに役立つ。
何のための自律型人材の育成か?
自律型人材育成の必要性が叫ばれて久しいが、筆者は、「何のための自律型人材の育成か」については案外あまり言語化されてこなかったのではないかと感じている。
自ら考え、自らを律して活動できる人が求められているのは、主体的にチャレンジする姿勢を個々人が持たなければ、人や組織が新たな価値を生み出し続けることが難しいからだ。個人も組織も、これほど変化が激しい世の中において、「現状維持でよし」とするマインドでは、生き抜くこと自体が難しくなってきている。
主体的なチャレンジは常にうまくいくとは限らないが、主体的にチャレンジする姿勢を持ってさえいれば、仮に短期的には失敗に終わったとしても、再び主体的にチャレンジすることによって、いずれそれなりの成果にたどり着くことができる。成果にたどり着いた暁にあなたが手にすることができるのは、ほかでもない「あなたらしい生き方、働き方」の実現である。
仕事でよりよい成果を上げるための対話を掘り下げていくと、行きつくところは、「どう生きたいのか」という点だ。個人単位でも事業・組織単位においても、もはや量的な成長(例えば、売上や利益、時価総額を前年比何パーセント伸長させる、といった業績・財務的な指標における成長)だけを追求することは時代遅れになりつつある。「どれだけ数字を伸ばしたか」以上に、「質的にどれだけ充実を図ることができたか」、それが全世界、全人類で問われ始めているのだ。
個人単位で見れば、それはQOL(クオリティ・オブ・ライフ)と表現され、地球規模のワールドワイドの単位で見れば、ESG(環境・社会・企業統治)やSDGs(持続可能な開発目標)などがそれに当たる。毎日の仕事を通じて、顧客に対して有形無形の価値を提供するのは大事なことではある。
しかしそれと同じくらい、あなた自身の今日一日が、あなたの人生にとって意味のある時間となっていたのか、将来に対して感動をもたらす仕事になっていたのかが、今問われているのだ。
コーチングの理論と実践手法を総合的に解説。
結果を出す人の陰に名コーチあり。自ら考え、行動し、よりよい成果を出し続ける、サステナブルで自律型の人財をいかに育てるか。延べ10万人超、累計1万時間超のセッション実績を持つ第一人者による「コーチングの教科書」の決定版。
橋場剛(著) 日本経済新聞出版 2420円(税込み)