「万葉社編」最終回は、大ヒットとなった万葉集シリーズのユニークな本作りについて。佐々木さんは、電車の中で乗客がスマホを見ているのを観察、どこからでも読め、自然な目の動きになるレイアウトを工夫したそうです。右ページは白、左ページは薄く網掛けをし、文字フォントも自作するなど、徹底的にこだわった制作プロセスを聞きます。

LINEを見る感覚で読める本を

2021年に刊行した『令和万葉集』『令和古事記』と比べると、2022年の『愛するよりも愛されたい』は、同じ万葉集でも見せ方や読ませ方がまったく違います。どんな発想から生まれたのでしょう。

 世の中の人の動きをじっくり見てみようと思って、電車の中でよく観察していたのですが、多くの人がスマートフォンでInstagramやTikTokを見て、LINEでやりとりをしているんです。本は目次から始まり、章立てがあって、最後にあとがきと奥付を入れる構成ですが、いま多くの人が触れているコンテンツは、どこから見ても楽しめるものです。それなら万葉集も、どこから開いても面白くて、1ページで完結して、誰かのLINEを見ているような感覚で読める形にできるのではないかと考えたのが始まりです。

「いま多くの人が触れているコンテンツは、どこから見ても楽しむことができるものです」と、佐々木良さん
「いま多くの人が触れているコンテンツは、どこから見ても楽しむことができるものです」と、佐々木良さん

 また、生活の変化として、かばんが小さくなっていることに気づきました。パソコンや財布を持ち歩かなくても、スマホがあれば移動も支払いも済んでしまいます。そうなると、『令和万葉集』のような四六判の本はそもそも持ち歩かない。であれば、スマホのような感覚で携帯できて、電車の中で気軽に読めるサイズの本のほうが現代の生活には合っていると考えました。

 また、本にはカバーがついているのが当たり前になっていますが、そもそも絶対に必要なものではありません。こうやって本の当たり前を見直してみて、社会の動向を見ながら無駄を削減していった結果、若い人にも手に取りやすい形になったと思います。刊行後は、「この本を持っているとかわいい」といった反応もあって、本というモノ自体の面白さも感じました。

本という形にするのであれば情報を詰め込みたくなりますが、無駄を削る発想から始まっているのが面白いです。

 瀬戸内の豊島(てしま)美術館で働いていたときに、無駄を削ぎ落としていく考えを軸にした仕事が多かったので、影響を受けている部分があると思います。一般的な古文の教科書は、原文・現代語訳・補足の順で掲載されていますが、みんな原文は読めないので、現代語訳と補足を先に読んでから原文に戻ります。僕はこの視線の往復が無駄だと感じたので、『愛するよりも愛されたい』シリーズでは、右ページに現代語訳、左ページに原文と補足を載せて、自然な目の動きで読めるようにしました。

レイアウトもフォントも細部までこだわっている
レイアウトもフォントも細部までこだわっている
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右ページが白、左ページが網掛けに面付された本文用紙
右ページが白、左ページが網掛けに面付された本文用紙
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 文字がどうしたら面白く表現できるかも研究しました。右ページは白、左ページは薄く網掛けをして、開いたときの読みやすさを工夫しています。また、『週刊少年ジャンプ』を参考にして漢字をゴシック体、ひらがなを明朝体にすることで、視認性が上がるようにしています。現代語訳のフォントは自分でつくっています。

“若者言葉”は、町で拾う

佐々木さんは27歳まで本を読んでこなかったということですが、だからこそ本をフラットに観察して、現代に合う形にしているのだなと感じます。

 そうですね。本を読まない人も、『愛するよりも愛されたい』シリーズを読んでほしいと思ってつくっています。シリーズ通して税込1000円で販売しているのも、多くの方に読んでほしいと思うからです。定価を上げればおしゃれな本はいくらでもできますが、普段は読書をしない方にも手に取ってもらうために、1000円でつくる方法を考えました。

 万葉集の基本は五・七・五・七・七という31文字の和歌ですが、現代の万葉集の本は、31文字を500文字くらいで説明してしまうんです。僕はあえて説明しない部分に美しさがあると思うので、現代語に訳すのもなるべく31文字に近づけたい。

 説明文の文量を減らすために、「この歌の恋の相手は……」と文章で説明する代わりに、登場人物の名前を並べて、矢印で関係性を説明しています。SNSのハッシュタグを参考にして、「梅の花がきれい #あの子に会いたい」のように現代で二つのことを一文で表現するような発想で文章を書いています。

万葉集を奈良弁の“令和言葉”で訳しているのはなぜでしょう。

 万葉集の主な舞台は奈良ですが、これまでの現代語訳の多くが標準語で書かれています。でも僕は、奈良に根差した言葉で表現されてきたものは、その土地の言葉で読むほうがいいと思っているので、奈良弁で訳しました。それに、「現代語訳」と言いながら、実際には少し古い教科書的な言葉で訳されています。元号の令和が万葉集に由来していることも踏まえて、現代の感覚で読んでほしいと思って令和の時代の言葉を使いました。

若者言葉は日々変化していきますが、佐々木さんはどのようにキャッチアップしているのですか?

 奈良弁については、実際に奈良に行って感覚を確かめます。若者言葉は渋谷のスターバックスで聞き耳を立てて、メモを取っています。たとえば、2022年ごろの「ワンチャン」は、可能性が5〜10%ほどあるくらいのニュアンスだったのに、今は「ほぼいける」という意味で使われることが多いです。

 「ワンチャン」でさえ、数年で意味が真逆になるんです。万葉集には約4500首が収められているので、『愛するよりも愛されたい』シリーズは全50巻を毎年1冊ずつ刊行していく計画です。このシリーズで、1300年前に編まれた言葉と、令和の言葉を重ねて記録していきたいと考えています。

一人であることの自由さと面白さ

シリーズ全50巻を刊行する以外に、佐々木さんがこれから取り組みたいことはありますか?

 “真面目なおふざけ”ですが、奈良県に「ゴッホ村」をつくりたいんです。中国の深圳には油絵の複製を制作する“油絵村”があって、そこでたくさんのゴッホ作品が模写されています。それを日本でもできないかと思っていて。美大生と一緒に複製画を作って、いろんな人が「1万円でゴッホを家に飾る」という暮らしをしたら面白いなと思っています。

 ゴッホは35歳のときに自身で左耳を切り落としましたが、奈良県橿原市には「耳成(みみなし)駅」があります。また、ゴッホが晩年を過ごしたフランスのアルル地方ですが、奈良県には「アルル」と愛称で呼ばれるショッピングモールがあるなど、ゴッホと奈良には不思議な縁があるような気がします。こういう要素を手がかりにしながら、奈良を盛り上げる文化的な活動をやってみたいです。

一般的な出版社のように、作家に執筆を依頼することは考えていませんか?

 いろんな企画でお声がけいただく機会は多いのですが、今は『愛するよりも愛されたい』シリーズの刊行と講演活動で手いっぱいです。「次の万葉集を読みたい」という声も多いので、まずは読者の期待に応えていきたいと思っています。

 人を雇って、ひとり出版社から小規模出版社になれば、できることは増えると思います。ただ、スタッフ分の売り上げを意識するようになると、無難な本をつくってしまう気がするんです。一人でやっているからこそ自由に動けるし、面白いと感じるものをそのまま形にできる。周囲の人が応援してくれたり、僕の活動に共感した人が会いに来てくれたりするのも、一人という形だからこそだと思います。ひとり出版社である今が、一番楽しくて、やりがいを感じています。

取材・文/石川歩 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス) 写真/木村輝