「探訪! ひとり出版社」連載のトップバッターとして、ひとり出版社のパイオニアとして知られる夏葉社の島田潤一郎さんに話を聞きました。初回は、ひとり出版社として本を出す上で大切にしていることから、趣味の埼玉散歩、そして“東京とは何か”を考える時間へ話が広がりました。

1回目 夏葉社・島田潤一郎 本づくりは“自分基準”で 今はここ
2回目  書店と育む既刊本。夏葉社が届ける「ずっと読まれる本」
3回目  “1日5時間労働”という選択。夏葉社・島田潤一郎の働き方

島田潤一郎さんへのインタビューは、本や資料が雑然と積まれたオフィスで行った
島田潤一郎さんへのインタビューは、本や資料が雑然と積まれたオフィスで行った
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自分はひとりが向いていた

島田さんはひとりで出版社を起業するまでに、どんな経験をされてきたのですか?

 日本大学を出てから5年間、アルバイトや派遣社員をしながら作家を目指していました。就職していた時期もありましたが、つらかったですね。どちらかというと、会社勤めは体調を崩して辞めるタイプです。転職活動もしたのですが、会社をすぐ辞めるような人間はどこも雇ってくれませんでした。ひとりがいいと思っていたわけではないけれど、仕事がなかったので、ひとりで夏葉社を起業したのです。

ひとりで出版社を経営することについて、どんな魅力や難しさがありますか?

 ひとりでやるからこそ、できる仕事もたくさんあります。二人でやると相手を説得することも必要になるので、なかなか決断できないことが出てきますが、ひとりなら自分の思い込みで「これ、いいよね!」と進めていけます。重視しているのは本の営業です。自分で足を運ばないと、書店さんの反応がわかりません。何度か経験がありますが、「この本、よくないですか?」とチラシを持って書店営業にいっても、相手が「この企画はよくない」と思っているのはすぐに伝わってきます。そして、そういう本はやっぱり売れません。書店の方は、企画をパッと見るだけで売れる・売れないがわかるんですね。でも、こちらはもう入稿していて本が出来上がりつつあるわけです。そういうときは、「この企画はダメだったのだな」と反省します。

装丁や本の内容を変えられるタイミングで営業に行って、書店員の反応を見ればいいのでは?

 それだと、ダメなんだと思います。どうしても角が丸くなってしまって、うちらしさがなくなっていきます。タイトルを変えたらよくなるというような話でもないので、書店の反応を見て修正することもしません。「ダメなのか。仕方ない」と、売れない本が事務所に積み上がっていくことになります。うちの初版はだいたい2500部なので、そういうときは、30年かけて売れればいい、という計算をしています。2500部を売るには1年で85冊、1カ月で7冊。できない数字じゃないと思います。

島田さんのこだわりと経営戦略の視点が絶妙に融合していて、それが夏葉社の強みになっているように思います。

 後付けでお話ししているだけなので、そんなに戦略的ではないですよ。僕は本も書くから、他の人よりも自分の仕事を言語化しているのだと思います。創業5年目に『あしたから出版社』(晶文社)を書いて、10年目で『古くてあたらしい仕事』(新潮社)、15年目で『長い読書』(みすず書房)が出ました。5年ごとに自分の仕事を振り返るような機会をいただいていますから。

 あとは、いろんなトークイベントに出て話しているので話す能力が鍛えられてきました。昔は人見知りでしたが、営業をしているとどんな人とも話さないといけないので、今は大丈夫ですね。でもまあ、基本的には今も人見知りなのかな。一緒に遊びに行くような友達はいないし、今は、趣味で埼玉県を一人で歩いていますね。

島田さんの読書体験をつづったエッセー『長い読書』(島田潤一郎著/みずず書房)
島田さんの読書体験をつづったエッセー『長い読書』(島田潤一郎著/みずず書房)
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埼玉を歩き、東京のことを考える

「埼玉県を一人で歩いている」とは、どういうことですか?

 本当にただただ歩いているんです(笑)。ただ1つだけルールを決めていて、埼玉を旅する日は必ず1日に2つの駅を訪ねることにしています。それも、違う路線の駅。例えば西武のある駅で降りて東武の別の駅まで歩くということですね。

 埼玉県には700万人以上の人が暮らしていますが、埼玉の多くの人はたぶん東京でモノを作ったり売ったりしている。東京はモノを作る場所であり、消費される場所だと思います。人がいないところではモノを作りづらいし、モノは売れない。僕も1400万人という人口の中に入り込んで、その人たちに向けてモノを作っているというふうに自分の仕事を理解しています。1400万人の暮らしや感覚がさまざまに関係して東京という街をつくっていて、その中で日々新しいモノが生まれて、すぐに古くなっていく。東京のムードは毎日変わっていて、その変化を本当に感じられるのは、その渦中にいて自分も熱狂している時なのだと思います。

 そこを冷めて見てしまうとモノ作りはできない気がするし、僕はその渦中にいるのが嫌いではありません。東京にいて、やや興奮状態で本を作って、読書をして、でも「これで本当に良いのかな」と思いながら毎日を過ごしています。埼玉歩きは友人たちが住んでいる埼玉のことをもっと知ろうと思って始めた趣味なのですが、結局は東京のことを考えていますね。東京ってなんなんだろうと。

「僕の場合は東京にいないと出版はできない気がします」と島田さん
「僕の場合は東京にいないと出版はできない気がします」と島田さん
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島田さんは、すぐに消費される本ではなく賞味期限の長い本を作っています。でも、東京の吉祥寺を拠点に、日々変化する街を意識しながら出版社を経営するのが合っているということですね。

 はい。合っていると思うし、僕の場合は東京にいないと出版はできない気がしています。近代文学でもマルクスの本でも、読まれ方は常に変化しています。出版のような仕事は、その変化を肌感覚で分かっていないといけない気がします。たぶん書店もそうですよね。今日最も鮮度がいい本と、明日鮮度がいい本は違っていて、本屋として毎日変化していく。東京の変化のスピード感はすごいし、SNSによってさらに加速していると思います。

 僕には頑固なところがあるけれど、一方で書店営業を通じて「今これがはやっている」「こういうのが評価されている」と知ると、実際に買って、そして面白いなと思って読むんです。そういう自分の外側にあるものを、今は面白がれているけれど、年齢が上がっていくと自分が好きなものだけに目が向いて、他のものは面白がれなくなると思うんですね。いわゆるカルチャーから離れて、自分の健康のこととかに目を向け始める気がします。でも、そういう状況になるまでは、やっぱり書店を見ていないといけないと思います。

若い人の感性に興味を持っていたい

書店に行くと、書店員もお客さんもいろいろで、さまざまな出会いがありますね。

 書店営業は楽しいですよ。僕は、若い人が何を考えてどんなモノを作っているのか、いつも興味を持っていたいです。若い人たちの感度は、きっと正しいんです。僕はロックが好きですが、ロックバンドというのは1枚目や2枚目のアルバムが素晴らしくて、10枚目が最高傑作というケースはあまりありません。経験や語彙力よりも、感覚でつかめるものがあるわけです。その感性は尊重されるべきもので、「君は若くて経験がないからまだ早い」なんて僕は絶対に言えません。若い人の感性を、低く見積もってはいけない気がします。

取材・文/石川歩 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/木村輝