新連載「探訪! ひとり出版社」。トップバッターとして、ひとり出版社の先駆けである夏葉社の島田潤一郎さんに話を聞いています。2009年に島田さんがひとりで立ち上げた夏葉社は、これまで約50冊の本を刊行してきました。ずっと読んでもらえる本にするために、タイトルは短く、目立たせず、かつ余白のある本づくりは、新刊を次々に刊行する大手版元のやり方とは対極にあるものです。

1回目  夏葉社・島田潤一郎 本づくりは“自分基準”で
2回目 書店と育む既刊本。夏葉社が届ける「ずっと読まれる本」 今はここ
3回目  “1日5時間労働”という選択。夏葉社・島田潤一郎の働き方

「既刊の売上を中心にして会社を続けていきたい」と島田潤一郎さん
「既刊の売上を中心にして会社を続けていきたい」と島田潤一郎さん
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利益の半分は、既刊売り上げから

私(石川)はライターの仕事以外に、上野の新刊書店ROUTE BOOKSで選書をしています。夏葉社の本を入荷しようとしても、在庫のない本が多いですよね。

 そうですね。約50タイトル作りましたが、今は半分ぐらい完売して在庫がなくなっています。例えば5年間品切れの後で重版したら、もう新刊のような扱いになるように思うんです。品切れしている間に書店さんからその本の在庫について問い合わせがくるので、重版したらどれぐらい売れるか、なんとなくわかります。うちは、年間の売上の半分以上が既刊のものです。できれば新刊を作り続けるのではなく、既刊の売上を中心にして会社を続けていきたいと考えています。老舗出版社が児童書や絵本を売るように。

2009年に夏葉社を創業して16年たちました。今までにどのくらい重版しているのですか?

 たぶん5割ほどですね。出した本の半分は、うまくいっているのではないでしょうか。

出版業界平均の重版率は1〜2割といわれているので、5割は高確率ですね。

 もちろん、重版せずに残っている本もあるので、それらの販売は大変です。書店注文で1冊、イベントで数冊…という感じで売れていきます。在庫はすべて、この事務所に保管しています。今は約2万冊置いているので、空間がすごく荒れています。

多くの出版社では、在庫が動かなくなれば廃棄します。夏葉社の本は廃棄、断裁しないのですか?

 これまでに断裁したことはないです。在庫は不良資産になっていきますが、事務所が倉庫なのでランニングコストはかかっていません。決算の時には課税対象が増えてしまうけれど、そこは耐えられています。夏葉社の本は置いてくださる書店が分かっているし、読者の顔も出版社のなかでは見えている方だと思うので、 コツコツと販売しています。

島田さんは積極的にトークイベントに出ています。そこでも読者と会っているのですね。

 そうですね。イベントにはよく出ています。動かなくなっている既刊本をもっと売りたいし、本屋さんの売上に貢献したい気持ちもあるからです。それに、直接お客さんと会うことは、もの作りのヒントになります。夏葉社の本の好きなところを情熱的に話してくれる人と会うと、「こういう人に喜んでもらえる本を作りたい」と思います。今までに行ったことのない地方を、演歌歌手のようにまわっていきたいですね。

“渋い本”と“売れる本”を一緒に

夏葉社は、新刊を2冊同時に出すことがありますよね。

 うちは書店との直取引が売り上げの約半分を占めています。そして、直取引で注文をする時は65%の買い切り、5冊以上の注文で送料無料という条件でやっています。渋い本を新刊として出すと、送料のことがあるから、書店さんは無理して必要以上の注文をくださるかもしれません。だから、注文がそんなにとれないと想像できるときは、できるだけ2冊同時で出して、書店さんが注文しやすいようにしているつもりなんです。

近年は独立系書店が増えているので、直取引先も増えているのでは?

 独立系書店は増えていますが、いわゆる中規模の既存書店が減っているので、売り上げはやや微増ぐらいです。新刊を5冊注文してくれる独立系書店が全国で100店舗あると、初版2500部のうちの500部は直取引で初回出荷できます。そして、この500冊は翌月には売上が回収できる500冊なので、経営的にはすごく大きいです。

実際に売ってくれる書店に目を向けて支援をする島田さんの姿勢は、まっとうなマーケティングのように感じます。

 広告は出さないし、バズることにも期待していません。SNSの販促はXをしっかり運用していますが、結局のところ、自分で「この本はいい本ですよ」と言ってもそんなに伝わらないと思います。大切なのは、いろんな書店の皆さんが「これはいい本だ」と感じて紹介してくれることです。本当に良いと思って紹介しているのか、それとも、ただ入荷したから紹介しているのかっていうのは、ちゃんと読者に伝わるものだと思います。

時間に耐える本を作る

島田さんは、編集者としてアイデアを企画にして、新刊を次々に出していきたいという思いはないですか?

 僕はそういうタイプではないですね。ただ、今年は縁のある作家さんの追悼文集や没後1年などが重なったので新刊がたくさん出ます。お世話になった作家さんとの関係性の中で本を作りたいという依頼があれば、やりたいなと思います。でも、依頼されたものをそのまま本にしてもまず売れないので、どうすれば新しく見えるか、どうやったら売れるものになるかを考えます。

 たとえば、夏葉社はこれまでに昭和の私小説作家の上林暁アンソロジーを3冊刊行していますが(『星を撒いた街』『故郷の本棚』『孤独先生』)、そのご縁から、作家案内『海と旅と文と』を作ることになりました。この本では、写真家の鈴木理策さんが撮り下ろした上林ゆかりの場所の写真を、巻頭32ページに渡って掲載しています。ちょっとした写真集のような作りにしました。

何度も重版して数十年にわたって本を売っていくためには、古くならない本を作ることが必要ですね。島田さんはロングセラーにするためにどんな工夫をしているのですか?

 最初から徹底しているのは、シンプルに作ることです。夏葉社の本の装丁の多くは櫻井久さんにお願いしていますが、僕からは「タイトルを小さくしてください。もっと目立たない方がいいです」と伝えることが多いです。タイトルが小さいほうが書店に並んだ時に目を引く気がするし、時の流れに耐えやすいように思うからです。タイトル自体も、なるべくシンプルにしています。

広島の書店ウィー東城の佐藤友則さんとの共著『本屋で待つ』。タイトルは短く、文字は小さい。
広島の書店ウィー東城の佐藤友則さんとの共著『本屋で待つ』。タイトルは短く、文字は小さい。
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 あとは、どのようにでも捉えられる本にすること。なるべく多面的に、一つに角度を絞らない作りを目指しています。先鋭化して一つのメッセージを打ち出し、「この本はこういう本です」と主張しているような本は、僕はあまり好きではないです。

「主張しているような本」とは、どういうことでしょう。

 読者との対話ではなくて著者の説教を読んでいるような内容の本は、やっぱりよくないんです。それよりも対話の余地があって、誰かに話したくなる本のほうが良い気がします。あと、今年刊行して来年は動かなくなるような、今っぽい本はできるだけ作らないようにしています。

華やかではないけれど、丁寧で美しいのが夏葉社の本だと思います。この程よいバランス感覚は島田さんがもともと持っている資質なのでしょうか。

 どうなんでしょう。僕が最初に好きになったミュージシャンはビートルズで、その感覚と一緒かもしれません。ビートルズは古びないし、今でも多方面から語られますよね。語る人によって語り方が変わるものが、強い気がします。百人の読者がいて百人が同じ感想を持つような本は、寿命が短いと思います。

確かに、今日読んで明日役に立つような本は、多方面からは語りにくいです。

 そうですね。僕は文学が好きなのですが、いわゆる名作といわれる文学には余白がたくさんあると思います。読み返すたびに違う感想を持つことがあって、不思議なことに、その感想を誰かに話したくなる。例えば夏目漱石の本って、なんかちょっと変ですよね。人は、そういう変なものに惹かれるのではないでしょうか。

「余白があって、対話の余地のある本が好きです」
「余白があって、対話の余地のある本が好きです」
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今の社会は、学んだことをすぐにアウトプットできる人が「仕事ができる人」とされがちですし、白黒はっきりした答えを求められる風潮があります。夏葉社の本作りの姿勢とは対照的だと感じます。

 今の社会は、どこかでモンスターにならないとやっていけないような世界に、明らかに悪い方向に、進んでいる感じはしますね。僕はそういう風潮はいやだから、なんとか粘り強く抵抗したいと思っています。自分の生活が脅かされていくような今の流れをどうすればいいのか分かりませんが、僕はその風潮に抵抗して夏葉社をやっているつもりです。

取材・文/石川歩 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/木村輝