「探訪!ひとり出版社」連載、トップバッターは、ひとり出版社のパイオニアとして知られる夏葉社の島田潤一郎さん。最終回は、1日5時間労働を実践する島田さんの時間の使い方について。また、重版を重ねている夏葉社の代表的な書籍の紹介と、最近の本屋や本の読まれ方についても聞きました。

1回目  夏葉社・島田潤一郎 本づくりは“自分基準”で
2回目  書店と育む既刊本。夏葉社が届ける「ずっと読まれる本」
3回目 “1日5時間労働”という選択。夏葉社・島田潤一郎の働き方 今はここ

今は「島田バブル」

島田さんは最近、あまり取材を受けないと言っていました。なぜですか?

 自分が過大評価されているように感じることがあって、最近はなるべく取材を受けないようにしています。以前は、自分の仕事がこれくらいまで評価されたらうれしいというようなものがあったのですが、今は評価をされすぎている感覚があるのです。バブルの状態ですね。ですから、少しずつ適正の株価に戻ったらいいなと思っています。

その「島田バブル」は、自分で引き寄せた感覚ですか? それとも、時代がついてきたのでしょうか。

 僕は自分の仕事について文章を書いていて、『あしたから出版社』(晶文社)、『古くてあたらしい仕事』(新潮社)、『長い読書』(みすず書房)と、夏葉社以外の版元から本を出してきました。いずれも夏葉社の本よりも売れて多くの方に読まれているので、それが結果的に今の過大評価につながっている気がします。それに、今年は映像作家の田野隆太郎さんが僕の仕事を1年半にわたって密着して撮ってくれたドキュメンタリー『ジュンについて』も公開されます。だんだん自分でもよくわからなくなっています(笑)。ただ、今の僕の関心は、娘が学校にしっくりきていないことに向いています。

娘と一緒に学校の授業を聞いている

島田さんは、1日5時間の労働が基本なんですよね。

 2人目の子どもが生まれてから5時間労働に切り替えました。子どもが0歳、2歳の時に妻がほんとうに大変そうで、このままでは家庭が破綻すると思ったんです。今は、子どもが8歳と10歳になってかなり楽になりましたが、娘が特にお父さん子で「お父さんと一緒なら学校に行く」と言うので、毎日一緒に学校へ行っています。長いときは、5時間目まで一緒に授業を聞いていますね。

島田さんは出版社を運営しながら、複数のメディアで連載も手がけています。日々の時間の使い方について教えてください。

 毎日1時間の読書を日課にしていて、朝の30分は難しめの本を読んでいます。連載は『北欧、暮らしの道具店』『web望星』『MUSIC MAGAZINE』の3本と、事務所の近くにある書店「ブックス ルーエ」を応援するために自主的に書いている『ルーエのエッセイ』があって、毎月4本の原稿を書いています。

ブックス ルーエのフリーペーパー『ルーエのエッセイ』にも寄稿している(写真:石川歩)
ブックス ルーエのフリーペーパー『ルーエのエッセイ』にも寄稿している(写真:石川歩)
画像のクリックで拡大表示

 原稿を書く以外に書籍の編集をして、本の注文があれば発送作業、手が空いたらメールの返信をして、夜は軽めの本を30分読みます。最近はどんどん効率がよくなっていて、だいたい1日5時間でひと通りの業務が終わります。一方で、事務所はどの本がどこにあるのか分からないほど荒れていますが。

夏葉社の本のなかで、島田さんが紹介したい5冊を教えていただけますか?

 では、ロングセラーの本を中心に紹介しますね。『さよならのあとで』(ヘンリー・スコット・ホランド著、高橋和枝絵)は在庫を切らさないように重版を続けている本です。仲の良かったいとこが急逝してしまい、叔父と叔母のために作りたいと思って作った本です。夏葉社を起業して最初に作りはじめたのですが、出来上がりまで2年かかりました。今は17刷で2万部ほど発行しています。

夏葉社の代表作5点
夏葉社の代表作5点
画像のクリックで拡大表示

 『昔日の客』(関口良雄著)は『さよならのあとで』の制作が思うように進まないなかで、古い文学を復刊してみようと思いついて作った本です。もともと古い文学が好きだったので、『レンブラントの帽子』(バーナード・マラマッド著/小島信夫、浜本武雄、井上謙治訳)という海外文学を復刊した後に、『昔日の客』を復刊しました。僕自身、この本の存在は知らなかったのですが、営業先の善行堂で山本善行さんに教えてもらったのがきっかけです。現在13刷、1万5500部ほど刊行していて、「この本が売れるなら、自分もやっていける」と勇気をもらった本です。

 3冊目は『冬の本』(青山南ほか83名著)です。ある編集者に面と向かって「古い文学ばかり復刊して、ちやほやされているのが気に食わない」と言われて、「なにくそ」と思って編集者の北條一浩さんと一緒に作った本です。84人の作家に「冬と一冊」をテーマに原稿を依頼して書いていただきました。ほとんど面識のない方々だったので、一人ずつに自社紹介し、原稿依頼をして実現した本です。

 『本屋で待つ』(佐藤友則、島田潤一郎著)は、僕が取材をして原稿を書いた本です。広島県庄原市の書店「ウィー東城店」の佐藤友則さんが2年間にわたって話してくれた内容をまとめました。この本は評判がよくて、3刷で9000部ほど出しています。

 今年4月に出た新刊『私の小さな日本文学』(チェ・スミン編)は、韓国で出版社と書店を運営しているチェ・スミンさんが選んだ日本の近代文学を収録しています。彼女は、おかやま文学フェスティバルの「岡山文芸小学校」に毎回出展していて、日本の掌編小説を自分で韓国語に翻訳して販売しています。今の日本の読者は読まないような渋い作品を選んでいるのが面白くて、「一緒に本作りをしませんか」と声をかけて実現しました。

不安な時代は、少し重たい本が読まれる

書店営業を大切にしている島田さんですが、最近の本屋をどう見ていますか?

 一番難しい質問です。荻窪の新刊書店「Title」の辻山良雄さんが紹介してくれた言葉で、とても印象に残っていることがあります。今年87歳になる編集者の津野海太郎さんの言葉を紹介していたのですが、かつての読書は教養を身につけるものや、娯楽の一部であったと。でも、今の読者は生きるための読書をしている、読書の質が変わってきたと言うのですね。僕もその言葉に感銘を受けました。今の若い読者は、暇つぶしの読書というよりも、もう少し生きることのヒントを本に求めているような気がします。

「今の読者は生きることのヒントを本に求めている気がします」
「今の読者は生きることのヒントを本に求めている気がします」
画像のクリックで拡大表示

 “いかにも小説”という感じの本には、読者は気持ちを預けにくくなっているような気がしています。それよりも個人の思いがこもった日記やZINEのほうにリアリティを感じているのではないでしょうか。

 そして、気持ちを預けやすい本は、いわゆる既存の書店よりも独立系書店のほうがプレゼンする能力にたけているように思います。それはやっぱり、その書店主がオーナーであり、本を売るということで実際に生計を立てているからでしょう。なんというか……本を売ることと生きること、考えることがイコールの場所といいますか。それにしても、津野さんはすごいですね。僕がうっすらと感じていたことを、鮮やかに言語化されている。きっと現場に行って、人を見て本を読んでいるのだと思います。

最近、哲学的な本や映画が注目されるのも、津野さんの言葉で説明がつきそうですね。

 統合失調症を発症した姉と家族の日々を記録したドキュメンタリー映画『どうすればよかったか?』(監督:藤野知明)を見に行ったとき、映画館は満席でした。こういう映画が満員になる時代なのだと感じました。今の社会と地続きのリアリティがあったのだと思います。本屋大賞を受賞する小説にも、エンタメ性の裏側にどこか重たいテーマが含まれているものが多い。僕も、そうした重たいテーマとどこかでずっと向き合っているような気がしています。

取材・文/石川歩 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/木村輝