深層学習など最先端の技術の実用化を進める注目のAIベンチャー、Preferred Networks(PFN、プリファードネットワークス)。同社には、PFNの前身となるPreferred Infrastructure時代から13年間続く毎週開催の読書会があります。前編では、読書会を始めた経緯や狙いを同社の山本勝也さん、海野裕也さん、鈴木脩司さんに聞きました。また、実際の読書会の様子もリポートします。
読書会は2012年にスタート
日経BOOKプラス編集部(以下、──) まずはみなさんの担当業務について教えてください。
Preferred Networks 総務 山本勝也さん(以下、山本) 総務として、オフィスの整備などの業務を担当しています。その延長線上で読書会の運営にも関わっています。
Preferred Networks リサーチャー 鈴木脩司さん(以下、鈴木) ChatGPTに代表されるような大規模言語モデル(LLM)開発のチームリーダーをしています。プリファードネットワークス(PFN)の前身であるPreferred Infrastructure(PFI)でインターンをしたときに読書会にも参加し、感銘を受けました。もともと本が好きで、入社したら読書会に参加しようと決めていました。
Preferred Networks リテール担当VP 海野裕也さん(以下、海野) 小売業向けの製品を作るリテールプロジェクトの統括をしています。社内では古株で、PFNの前身のPFIに入社した際は、確か私が入社30番目ぐらいでした。読書会は私が企画し、2012年に始まりました。
山本 「2012年2月22日に読書会スタート」というドキュメントが残っています。これまで毎週火曜日のランチタイムに開催してすでに600回以上、約1300冊の本を取り上げています。
Preferred Networks 総務
歴史も冊数もすごいですね。読書会はPFNの人材育成のうえで必要な取り組みだったのですか。
海野 PFNのバリューに通じます。バリューの1つに「Learn or Die(死ぬ気で学べ)」があり、何か新しいことを始める際にはみんなで勉強します。例えば、業務上で知的財産や契約、対外的な発信方法といった知識が必要になれば、エンジニアも営業も全員で学びます。読書会以外の学びも活発で、以前は週に1度、注目の最新論文を読み、3カ月に1度は自分が何かしらテーマを決めて発表する順番が回ってくるという地獄のような会もありました(笑)。
大学の研究室のようですね。
海野 もっと過酷かもしれません。大学生が勉強する内容を1週間程度で学ぶという、教えるほうも教わるほうも大変な会もありました。量子力学や分子生物学など、情報系の人になじみのない分野の勉強が必要なこともありました。
Preferred Networks リテール担当VP
山本 新領域のことを学ぶ際には、「何かお薦めの本はありますか」と社内で聞いてキャッチアップする人も多いですね。
新領域を学ぶとなると、読書会で紹介される本は仕事に直結するような専門書が多いのですか。
海野 いえ、実は逆なんです。読書会に参加するハードルを下げるため、「スライドなどを事前に準備しなくていい(むしろ準備してはいけない)」「取り上げる本はビジネス書、小説、マンガ、何でもOK」としています。でも、小説をネタバレせずに面白さを伝えるのは難しいですね。
読書会が始まった理由としては、論文や工学書を読む会など、エンジニア向けの勉強会は充実していたのですが、営業系や事務系が学ぶ機会が少なかったこともあります。技術的な勉強はみんな放っておいてもやるのですが、技術以外のことを学んだり、知見を共有したりする場が少ない。
PFI時代はまだ営業系の社員が少なかったので、エンジニア自身が商品を売り込まなくてはいけませんでした。話すスキルを上げる必要があり、「読書会でお薦め本を紹介して、誰かに買わせたら勝ち」としたら面白いかなと。
読者会直前に発表者を募集
「準備してはいけない」とのことですが、読書会で発表する人はいつ決めるのですか。
鈴木 読書会の当日、だいたいお昼12時前に読書会のSlackで、誰か発表したい人はいないか聞きます。Slackには全社員約350人のうち200人ぐらいが登録しています。私たち3人は万が一誰も発表する人がいなかったときのために本を用意しているので、毎週続けられています。
Preferred Networks リサーチャー
山本 毎回の参加者はリアルが約10人、オンラインが約10人と20人前後ですね。読書会の録画は誰でも見られるようにしています。
通常の読書会だけだと新しいメンバーが入りづらいので、「面白かった本を2人で紹介する回」、本を執筆する社員も多いため「著者から出版の裏話を聞く回」、「グループ会社との読書交流会」といったイベントも定期的に行っています。3年前から「インターンにお薦め本を紹介し、インターンからもお薦め本を教えてもらう回」も開催しています。
海野 私は大学時代、技術書以外はほぼ読みませんでした。理系の学生は研究室に進み、専攻を深め、特定の評価軸で測られ──と、大学時代は価値観が狭まりかねない期間かもしれません。もちろん先端的な研究をするために、そうした時間も必要なのですが、自分の経験を踏まえて、「社会に出たら、いろんな価値観があるんだよ」となるべく早めに知っておいてほしいなと。だから、インターンに向けた読書会では、あえて誰も選ばないような本を薦めるようにしています。
山本 通常、同じ業務をしているチームメンバー以外がインターンと関わる機会は少ないと思うのですが、読書会があると交流できます。インターンからも「読書会は良い機会だった」というフィードバックをもらっているので、今後も続ける予定です。
今後、読書会自体はどのようにしていきたいと考えていますか。
鈴木 基本的には「誰もが気軽に本を紹介できる場」でありたいと思います。ただ、参加メンバーが20人前後で固定されている部分もあるので、もっと増やしていきたいなと。そのためのイベントや交流する機会を増やしたいと考えています。
実際の読書会の様子は?
ここからは、2024年12月中旬に行われた実際の読書会の様子をお届けします。
昼の12時過ぎ、オフィス内のカフェスペースに各自がお弁当を持ち寄り、昼食を食べながら読書会がスタート。リアルの参加者は10人で、ほかにオンラインで参加している人もいます。PFN代表取締役で最高研究責任者の岡野原大輔さんの姿もありました。
まずは鈴木脩司さんが、『 AlphaFold時代の構造バイオインフォマティクス実践ガイド 』(富井健太郎著/羊土社)を紹介。こちらは2024年のノーベル化学賞のテーマとなったAlphaFoldの解説書で、たんぱく質の構造を予測するAI(人工知能)であるAlphaFoldの使い方について書かれています。
「ちょうどウェブのLP(ランディングページ)制作の担当者が『それってChatGPTで作れるんじゃないの?』と言われるように、AlphaFoldが出たおかげでバイオインフォマティクスの研究者たちが『それってAlphaFoldでできるんじゃないの?』と言われるような状況が起きています。この本ではAlphaFoldとは何かについて説明した後に、実際にどのように使えばいいかも詳しく解説されているのが特長です」(鈴木さん)
この説明に対し、岡野原さんから、「AlphaFoldの機械学習ではモデルを予測するだけで、それが間違えている可能性もあるでしょう。その問題点についても本には書かれているんですか」といった質問が出て、ほかの出席者からも多くの質問が寄せられました。
PFNには博士号や弁護士、医師の資格を持つなど専門性が高い社員が数多く在籍しています。今回の読書会でも、それぞれの専門分野を生かした濃い議論が展開されました。
次に、海野裕也さんが『 エビデンスの社会学 証言の消滅と真理の現在 』(松村一志著/青土社)を紹介。
「今のAlphaFoldが正しいかどうかという話にもつながりますが、この本では『正しさとは何か』について書かれています。結構ヘビーな内容なので3回ぐらい読まないと消化できなさそうですが、面白いですね」(海野さん)
この本では、正しさの根拠とされる「科学的証拠」や確率・統計に基づく「エビデンス」など、科学と非科学の間を揺れ動いてきた「証拠」の近代史について分析されています。
「医学にはエビデンスレベルという考えがあって、『正しさ』というと実験に基づく証拠が一番信頼性が高いと思いがちですが、実はそれほど高くありません。一番信頼性が高いのは、そうした多数の実験・研究結果に基づく分析結果とされています」(海野さん)
「ある分野の専門外の人は、特定分野の第一人者の言うことを『あの人が言っているから信頼できそう』と信じてしまう。正しさが個人の評判に左右されてしまう部分もあると思います」(読書会の出席者)
「正しさにフィルターがかけられていると意識しておく必要もありますね」(岡野原さん)
このような活発な議論が続き、午後の業務に差し支えないよう12時50分に解散。読書会にリアルで参加した社員は全員が発言し、オンラインの参加者からの質問も出ていました。単に本の感想を言い合うだけではなく、自らの業務にもからめながら深く掘り下げて議論していく姿が印象的で、まさに「死ぬ気で学べ」の社風が感じられる読書会でした。
(後編へ続く)
取材・文/三浦香代子 写真/品田裕美




