深層学習など最先端の技術の実用化を進める注目のAIベンチャー、Preferred Networks(PFN、プリファードネットワークス)。同社には、PFNの前身となるPreferred Infrastructure時代から13年間続く毎週行われている読書会があります。後編では、PFNの山本勝也さん、海野裕也さん、鈴木脩司さんが、読書会で取り上げられた本の中から、特に反響の大きかった8冊を紹介します。
技術者魂をくすぐる本
日経BOOKプラス編集部(以下、──) 前回は読書会について聞きました。今回は実際にどんな本が読書会で取り上げられているか、教えてください。
Preferred Networks 総務 山本勝也さん(以下、山本) 読書会で好評だった8冊を紹介します。まず『 Binary Hacks Rebooted 低レイヤの世界を探検するテクニック89選 』(河田旺、小池悠生、渡邉慶一、佐伯学哉、荒田実樹著/鈴木創、中村孝史、竹腰開、光成滋生、hikalium、浜地慎一郎寄稿/オライリー・ジャパン)です。今朝、この読書会の動画を見直したのですが、やっぱり面白かったですね。この本は当社のエンジニアの1人が共著者となっており、その人が紹介してくれました。
私たちが日常的に使っているコンピューターやソフトウエアは重層的になっていて、その下のほうのレイヤ(低レイヤ)がOSやCPUに直接作用しています。
Preferred Networks リテール担当VP 海野裕也さん(以下、海野) 例えば、私たちはパソコン上でたくさんのプログラムを動かしていますが、実は「どう動いているのか」は多くのエンジニアも正確には知りません。でも、誰かがそういう仕組みを作ったからプログラムが動くわけです。たぶん、その仕組みを正確に知っているのは全世界でも数千人ぐらいで、ほかの人はその仕組みに乗っかってプログラムを作っているだけなんです。この本には低レイヤを理解するためのハック集が書かれていて、技術者魂をくすぐられます。
山本 社内でも低レイヤに関わっていないエンジニアがいるのですが、この本の共著者がすごく熱く、低レイヤの世界について語ってくれたのが面白かったと言っていました。私はエンジニアではありませんが、「知らない国の人が知らない国の言語で本を紹介してくれて、内容が完全に理解できたとは思わないけれども、その熱意が面白かった」と感じました。
SF以上の未来をつくらなくてはいけない
山本 続く2冊は、読書会で紹介する人が多かった『 三体 』(劉慈欣著/大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳/立原透耶監修/ハヤカワ文庫SF)と『 プロジェクト・ヘイル・メアリー(上)(下) 』(アンディ・ウィアー著/小野田和子訳/早川書房)です。
どちらもSF小説ですね。社内にSF好きの人が多いのでしょうか。SFで書かれていることが仕事のヒントになるとか。
Preferred Networks リサーチャー 鈴木脩司さん(以下、鈴木) 社内にSF好きは多いですね。私も『三体』は読書会で知って、読みました。
海野 「SFが仕事のヒントになる」というよりは、純粋にSF好きで読んでいる人のほうが多いですね。個人的にはSFで書かれている以上の未来やモノをつくらなくてはいけないと思っています。
鈴木 そうですね。20年ぐらい前のSFに書かれていることは、もう超えていきたいですよね。
山本 『三体』は物理学者の父親を文化大革命で殺され、失意の毎日を送っている女性科学者が主人公です。その後、地球外生命体である三体が地球に攻め込んでくるのですが、その地球外生命体と対峙する理由が「父親を殺された」という個人的な絶望であるところが、私にはすごく響きました。あまり話すとネタバレになるので、このぐらいでやめておきます(笑)。
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』も地球外生命体が登場する物語ですね。地球上の全生命が滅亡するまで30年となり、ヘイル・メアリー号という宇宙船を飛ばすというストーリーです。
海野 この作者は映画『オデッセイ』の原作である『 火星の人 』(アンディ・ウィアー著/小野田和子訳/ハヤカワ文庫SF)も書いています。『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の主人公は科学者なのですが、科学者が科学的根拠で現状を把握するという設定がすごくしっかりしているんです。例えば、自分の現在地を把握するために「重力加速度を計算すれば重力が測れるはずだ」と考える。そうした1つ1つのディテールが面白かったです。
科学的なリアリティが感じられるんですね。
海野 『火星の人』でも植物学者である主人公が「自分は植物学者なんだから火星で生き延びる術(すべ)が編み出せるはずだ」と行動する物語です。この本からも「サイエンスは何か目的を成し遂げるために必要なんだ」という作者からのメッセージが伝わってきます。
Preferred Networks 総務
Preferred Networks リテール担当VP
Preferred Networks リサーチャー
行き詰まったときには歴史から学ぶ
海野 次に紹介するのは、ビジネス小説の『経営パワーの危機 会社再建の企業変革ドラマ』(三枝匡著/日経ビジネス人文庫)です。この本に登場する企業が当社に似ているなと。物語の舞台となっている企業は高い技術力があり高単価の製品をカスタマイズして作るのですが、売り上げが伸びない。主人公は崩壊寸前の企業の経営再建に取り組むのですが、その状況に共感しました。
まず、自分たちの置かれている状況が「世の中にはよくあることだ」と認識したうえで、そこを乗り越えるために技術者は何をすべきかと考えてほしいと思い、みんなに薦めました。
続いては歴史小説ですね。
海野 『 ローマ人の物語 』(全43巻/塩野七生著/新潮文庫)です。この本は当社の代表取締役で最高研究責任者の岡野原大輔のお薦め本です。岡野原は歴史が好きで、「歴史から学べ」とよく言っています。
鈴木 読書会では歴史書もよく紹介してくれます。やはり歴史を振り返ると失敗から学べるというか、「こんな苦難を乗り越えたんだ」というモチベーションアップにつながりますよね。
読書会では同じ本ばかり登場しても困るので、いちおう「同じ本は1年間紹介しない」というルールがあるのですが、この本はそれを破って岡野原さん以外にも何人かが推薦していました。
山本 同じ本でも紹介する人によって読み方や着眼点が違うので、いい本は何回でも紹介してほしいと思っています。
ミッドウェー海戦のような失敗をしない
海野 次に紹介するのは『 失敗の本質 日本軍の組織論的研究 』(戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎著/中公文庫)です。
こちらもタイトルの通り失敗から学べる本ですね。なぜ日本軍が第2次世界大戦で負けたのかを研究した本ですが、特に印象的な失敗はありましたか。
海野 やはり、象徴的なミッドウェー海戦ですね。仕事では絶対にミッドウェー海戦のような失敗をしてはいけないな、と。目標の意思疎通の欠如、不十分な情報と思い込みなどによって、局所的な判断をすべて間違えたために、大局的にも勝ち目がなくなるという最悪の結果を招いたからです。
まず日本軍は、作戦目標がミッドウェー基地の攻撃か米空母機動部隊の攻撃かあいまいになっていました。そのせいで現場の指揮官が途中で方針転換をして、基地攻撃用の爆弾と空母攻撃用の魚雷を何度も付け替えるなど、攻撃の判断に遅れを生じさせます。その攻撃態勢が整わない間に米軍機に空爆され、付け替え途中の兵器にも誘爆し、航空母艦4隻を失いました。日本はミッドウェー海戦の敗戦で戦争の主導権を失い、大敗への道を突き進むことになります。まさに「失敗の本質」が書かれている本です。
ベンチャー企業、かくあるべし
次は、登山家であり、冒険家の植村直己さんの本ですね。
海野 こちらも岡野原が紹介した本で、『 青春を山に賭けて 』(植村直己著/文春文庫)です。植村直己さんは大学で山岳部に入り、登山歴10年ぐらいで世界5大陸の最高峰に登りました。行動力のかたまりのような人で、フランスではスキーが未経験なのにスキー場のアルバイトとして売り込んだり、南米最高峰のアコンカグアに登頂した帰りにいかだでアマゾン川を下ったり…と、破天荒で、行動が早い。たぶん、岡野原は「ベンチャー企業、かくあるべし」という思いもあって、読書会でみんなに薦めたのでしょうね。
植村さんが犬ぞりで北極点を目指す『 極北に駆ける 』(文春文庫)も紹介していました。挑戦できるときに挑戦し、かつスピード感を持って行動しないと歴史に名を残せる人物にはなれないんだなと分かります。
「ちょっと浮いてる子」にシンパシー
最後の本は何でしょうか。
山本 本屋大賞にも選ばれたベストセラー『 成瀬は天下を取りにいく 』(宮島未奈著/新潮社)です。読書会で取り上げたときのメモを見返したら「滋賀愛あふれる作品で、滋賀県民が『ちはやふる』、西武大津店、西川貴教を愛しているのがよく分かる」と書いてありました。この本は成瀬あかりという中学校では少し浮いている女の子の成長物語です。
うちの会社は、全員とは言いませんが、かつて「学校では少し浮いていた子」のような人が多く、共感できるのではないでしょうか。周囲とコミュニケーションを取るのは苦手でも、信念を貫いて自分のやりたいことをやる。周囲に流されずに行動するという成瀬の姿がベンチャー企業にも通じると感じました。
なるほど。バラエティー豊かな8冊でしたが、どの本も選ばれたことに納得の理由がありました。ありがとうございました。
取材・文/三浦香代子 写真/品田裕美




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