菓子や乳製品などで知られる大手食品メーカー、江崎グリコ(以下、グリコ)。同社の執行役員で第一セールス部長を務める渡邊武さんは、課題図書を設定して部下に薦めています。単にそれらの本を読むだけではなく、みんなで感想を共有する仕組みをつくって仕事に生かしているのが特徴です。その方法や推薦した課題図書について、渡邊さんに聞きました。

課題図書の感想と「やること宣言」を共有

 グリコは菓子、食品、冷菓、牛乳・乳製品などを製造・販売する会社です。私が所属するセールス本部は国内の各取引先への営業を担当しており、カテゴリーやチャネルごとに第一から広域と3部門に分かれています。セールス本部全体の中で私が部長を務める第一セールス部には約半数の営業部員がおり、北海道から沖縄まで全国の卸や小売店、各地域のスーパーマーケット、ドラッグストア、みやげ店などの法人を中心とした営業を担当しています。

 私は入社してから営業一筋でしたが、2018年にロジスティクス部長となり、2022年に営業部門に戻って第一セールス部長になりました。

グリコで第一セールス部長を務める渡邊武さん
グリコで第一セールス部長を務める渡邊武さん
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渡邊武(わたなべ・たけし)
江崎グリコ 執行役員 セールス本部 第一セールス部長
1994年、江崎グリコ入社。全国各地で営業に従事したのち、2016年にロジスティクス部へ異動。2022年11月より営業に復帰し現在に至る。多様なネットワークと持ち前の行動力と好奇心を生かし、新たなグリーン物流の構築や購買者視点での取引先との協働取り組みを推進中。

 営業部門から本社のロジスティクス部門に異動して驚いたのは、ビジネスパーソンとしての学び方の違いです。営業部門は顧客対応や日々の売上業務に忙殺され、どちらかというと短期目線になりがちですが、本社部門は「すこやかな毎日、ゆたかな人生」というグリコのパーパス実現のために中長期で物事を考えている比率が高い。営業部門で必要とされるのが日々の出来事に対応する現場的な学びが中心だとしたら、本社のマーケティング部門や研究開発部門などはまだ顕在化していない価値を創造する能動探求的な学びです。

 私がセールス本部に戻ってきてからは、営業部門にも創造力や価値伝達力をもっと発揮してほしい、視野を広げてほしいという思いから、課題図書を設定して部下に薦めるようになりました。3カ月ごとに3冊ずつ、今までに24冊を紹介しました。

 私が課題図書を薦める理由は、いざ自分でビジネス書を読もうと思っても膨大な本の中から選ぶのは大変なので、少しでもガイドになればと考えてのことです。また、3カ月ごととしているのは課題図書の内容を理解し成長していくうえで、「今このタイミングやフェーズではこの本を読んでほしい」という思いや順番があるためです。段階を踏んでスキルアップできるように、テーマや難易度を考慮して本を選んでいます。幸いにも今まで薦めた24冊は好評で、「薦めてもらわなければ手に取ることはなかった、人生観が変わった」という声も寄せられています。

グリコの渡邊さんが設定した課題図書
紹介した順番 書名 著者 出版社
1 数値化の鬼 安藤 広大 ダイヤモンド社
リーダーの仮面 安藤 広大 ダイヤモンド社
付加価値のつくりかた 田尻 望 かんき出版
2 売上の地図 池田 紀行 日経BP
入社1年目の教科書 岩瀬 大輔 ダイヤモンド社
キャリアをつくる独学力 高橋 俊介 東洋経済新報社
3 イシューからはじめよ 改訂版 安宅 和人 英治出版
やり抜く力 GRIT(グリット) アンジェラ・ダックワース ダイヤモンド社
HIGH OUTPUT MANAGEMENT アンドリュー・S・グローブ 日経BP
4 ゲームのルールを変えろ 高岡 浩三 ダイヤモンド社
データ分析・AIを実務に活かす データドリブン思考 河本 薫 ダイヤモンド社
統計学が最強の学問である 西内 啓 ダイヤモンド社
5 ショッパー・マーケティング 公益財団法人 流通経済研究所 編 日本経済新聞出版社
人的資本の活かしかた 上林 周平/田中 研之輔 アスコム
ダブルハーベスト 堀田 創/尾原 和啓 ダイヤモンド社
6 商品構成 全訂版 渥美 俊一 実務教育出版
カテゴリーマネジメント入門 ブライアンF.ハリス/佐野 吉弘 アール・アイ・シー
52週マーチャンダイジング 鈴木 哲男 日本生活協同組合連合
7 トレードマーケティング 井本 悠樹 宣伝会議
THE MODEL 福田 康隆 翔泳社
ブランディングの科学 バイロン・シャープ 朝日新聞出版
8 なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか 古屋 星斗 日本経済新聞出版
問いかけの作法 安斎 勇樹 ディスカヴァー・トゥエンティワン
実行する組織 ジョン・P・コッター ダイヤモンド社
表の上から順番に、3カ月ごとに3冊ずつ紹介していった

本で学ぶ3つの良さ

 では、なぜさまざまな学びのツールがある中で本なのかというと、3つの良さがあるからです。

 1つ目は自分とは違う視点や考え方に出合えること。そのため、ビジネスには直結しないながらも思考の幅を広げられそうなリベラルアーツの本なども、あえて紹介します。

 2つ目は、お互いへの理解が深まること。同じ本でも読み方は十人十色で、他の人の感想を知ることで、「こういう読み方ができるのか」という新たな発見があります。

 3つ目は、本に書かれている言葉は心に響きやすいこと。上司や先輩からのアドバイスは日頃の距離感やそのときの状況が妨げとなって受け入れにくい場合もありますが、本の著者からの言葉はスッと入ってきやすい。読書は傾聴に通じる部分があり、誰しも本を読むときは多少なりとも謙虚な気持ちになれるからかもしれません。

 課題図書の感想は、社内システムで使っている掲示板で共有します。まず私が課題図書の簡単な要約を書き、そこに読了した人から自由に書き込みをしてもらいます。例えば、最初に紹介した本に対しては570件の返信と累計約6000回の参照閲覧がありました。そのうちの半分は私からの返信ですが、コメントの投稿者には必ず感謝を示します。感想は人それぞれ違うので、他人の意見を否定しないのもポイントです。心理的安全性も保たれており、活発なやり取りができています。

 また、感想だけではなく、「この本から学んだ○○を今期は××にて実践します」といったパブリックコミットメント(やること宣言)も必ずセットで書き込んでもらいます。感想や要約に留まっている方には「宣言は?」と指摘もします。人前で宣言すると目標を達成しようという意識が高まりますし、投稿者の所属部署や仕事内容も分かるので、「その取引先への対応だったら、こうした商談スタイルが使えると思う」「それなら○○の商品価値を薦めるといい」といった具体的なアドバイスが、私だけでなく参照・閲覧者からももらえます。また、「似たような状況をこうして乗り越えた」と先輩や上司の体験談コメントが投稿されることもあり、「悩んでいるのは自分だけではない」と励まされます。

 本で得た知識を読んだだけで終わらせず、実際に生かす仕組みづくりが大事です。

数字のリテラシーを高めた『数値化の鬼』

 課題図書として部下に最初に薦めたのは『 数値化の鬼 「仕事ができる人」に共通する、たった1つの思考法 』(安藤広大著/ダイヤモンド社)でした。営業には統計やAI(人工知能)の知識も必要ですが、忙しい毎日の中でいきなりそれらを学ぶのはハードルが高い。そのため、まずは「曖昧な表現をやめて数字に置き換える」ことの重要性を教えてくれる、この本を選びました。

『数値化の鬼』(安藤広大著)。画像クリックでAmazonページへ
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 この本を読むと、数値化していると思っていたことが、実はほとんど数値化できていなかったと気づきます。また、数値化できるものを「変えられるもの」と「変えられないもの」に分解し、「変数」と「定数」として捉える重要性も分かります。それができないとKPI(重要業績評価指標)などテクニカルな知識があっても、結局は生かせません。

 また、「変えられないもの」を「できない言い訳にして正当化」してしまうことも多々ありますが、それでは目標は達成できません。少なくとも「定数」と捉えていた塊を分解して「変数」因子を取り出し、そこにフォーカスしたアクションはできるはずです。また、行動量の少ない部下を上司が注意すると萎縮してしまうケースもありますが、本書から「やはり営業の役割は数字を上げること。そのために良質な行動を最大化することは誰でもできる」といったメッセージを受け取れば、「確かにそうだな」という認識をみんなで共有できます。

 読了した人数が半数を超えたあたりから本書の内容の一部が部内の共通言語となり、半年後には「グリコの中での『定数』と『変数』は?」と今までの会議では出てこなかった言葉も使われるようになりました。

「本で得た知識を読んだだけで終わらせず、実際に生かす仕組みづくりが大事です」と話す渡邊さん
「本で得た知識を読んだだけで終わらせず、実際に生かす仕組みづくりが大事です」と話す渡邊さん
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 また、著者の安藤さんのほかの著作『 とにかく仕組み化 人の上に立ち続けるための思考法 』、『 リーダーの仮面 「いちプレーヤー」から「マネジャー」に頭を切り替える思考法 』(いずれもダイヤモンド社)などを自主的に読む人も増え、部内の意識が変わってきました。

 そこで私からは仕事を数値化する実践編として、『 統計学が最強の学問である データ社会を生き抜くための武器と教養 』(西内啓著/ダイヤモンド社)も薦めています。

 さらに、本書を紹介してからは、「せっかくデジタル研修や本で統計や数値化を学んでいるので、日々の仕事からもっと変化が出てきてもよいのでは」と思い始め、AIやビジネス統計の活用を推進するために検定試験を受けることも推奨しました。本は応用から定着へのきっかけや下地にもなってくれています。会社が検定料を補助し、セールス本部でも多くのメンバーがG検定(ジェネラリスト検定)など各種検定に合格しています。最近のプレゼンテーションでも仮説の立て方や検証のレベルが着実に上がってきているように思います。

 課題図書を設定する前は、部下のうち読書習慣のある人は1~2割でしたが、今は7~8割に上昇していると思います。自主的に読書会をしている各地の営業拠点や、課題図書を中心としたミニ図書館もあちこちに出てきました。確実に読書習慣が根づき、ビジネスにもプラスの効果が出ていると実感しています。

 次回は課題図書の中でも、特に反響が大きかった本を紹介します。

(後編へ続く)

取材・文/三浦香代子 写真/品田裕美