日本総合研究所(日本総研)の調査部は、数多くのリポートを発表して経済を分析したり政策提言を行ったりしており、大きな存在感を示しています。同社調査部マクロ経済研究センター所長、西岡慎一さんに、部下に薦めたい本を聞きました。後編では、若手に薦めたい4冊を紹介します。
メンバーシップ型の問題点を解説
前回は私自身がSMBCグループの日本総合研究所に転職した際に薦められた1冊についてお話ししました。今回は若手に読んでほしい4冊を紹介します。
まず1冊目は『 若者と労働 「入社」の仕組みから解きほぐす 』(濱口桂一郎著/中公新書ラクレ)です。
当社の調査部は、前回説明したように新卒一括採用のメンバーシップ型とキャリア採用のジョブ型が混ざったハイブリッド型雇用ですが、この本は日本の雇用について歴史的な経緯や海外との比較を交えながら解説しています。特に若者の雇用問題をメンバーシップ型とジョブ型との対比で浮き彫りにしているという点が秀逸です。
かつて日本の雇用はメンバーシップ型で、新卒一括採用で高望みさえしなければ誰でも就職できました。しかし、バブル崩壊とともにそのシステムは変容しました。メンバーシップ型は維持されたものの、多くの会社で総合職は少数精鋭になり、長時間労働や管理職への負担が問題となっています。
当社の調査部はメンバーシップ型とジョブ型が混在した雇用形態ですので、この本は社内の組織体制や人材育成を考える際の参考になります。2013年刊行の少し古い本ですが、今、日本企業では、ジョブ型雇用の導入が進み始めているので、キャリアアップの方法や働き方の変化を考えるうえでも、多くのビジネスパーソンに役立つはずです。
例えば、ジョブ型を追求しようとすると、社員には十分なスキルが備わっていることが前提となりますので、会社の人材育成の役割が小さくなり、若者にとっては厳しい環境になる可能性があります。これまで、多くの日本企業では入社年次が近い社員が自分の競争相手になってきましたが、今後はスキルのあるキャリア採用者と比較されるケースが増えるかもしれません。そのような社会情勢を踏まえると、若手社員には自らスキルを高める姿勢が従来以上に求められているのではないでしょうか。
自社がどの方向に進むにせよ、学ぶところの多い一冊です。
日本総合研究所 調査部 マクロ経済研究センター所長、主席研究員
「40代でクビ3回」でも救われる
続いて2冊目は『 中高年リスキリング これからも必要とされる働き方を手にいれる 』(後藤宗明著/朝日新書)です。
この本はスキルを身に付けるために具体的に何をすればいいのかを教えてくれます。著者の後藤さんは40代でクビを3回経験、転職活動では書類選考や面接で落とされた会社は100社以上。それをリスキリングで乗り越えた人ですから、説得力があります。
ポイントとなるのは「5つの投資」です。1つめは当然ながら「スキルと学び」。2つめは「健康」、3つめは「お金」、4つめは「人間関係」、5つめは副業や兼業なども含めた「仕事」です。先ほど申し上げたように、これからは中高年だけではなく、若手も自発的に学んでいかないとすぐに取り残されてしまう――というメッセージを込めて、この本を選びました。
この本ではAI(人工知能)による仕事の自動化についても書かれており、AIに仕事を奪われないためには、2つ以上の専門分野を持つことが重要だとも説いています。私も自分の仕事を振り返ってみると、単純な景気判断などはAIでもいいのかもしれませんが、ひとたび新型コロナウイルスの大流行のような不測の事態が起きると、AIだけでは将来を予測することは難しいでしょう。この場合は、医療と経済の2つの専門知識があれば、人間の力で説得力のある見通しを立てることができます。学生時代に身に付けた専門知識だけではなく、新たな専門知識を身に付ける必要性を教えてくれる本です。
「集合知」の良さと問題点が分かる
では、知識とは何なのか。そのヒントとなるのが3冊目の『 集合知とは何か ネット時代の「知」のゆくえ 』(西垣通著/中公新書)です。
今の時代はインターネット上に知識と情報が氾濫(はんらん)し、1人の専門家が言うことよりも、大多数の意見を集約した「集合知」のほうが正しいとされがちです。この本はそうしたネット時代の「知」について考察した一冊です。
例えば、ネット上では多様な意見が交わされているようで、実は同質な意見が集まりやすい。そのため異なる意見に耳を貸さず、攻撃的になるという危険性があります。
一方で「集合知」には問題点ばかりではなく、「1人の専門家の意見よりも、みんなの意見を集約したものが正しい」という面もあります。自分1人が何か特別にすごい意見やアイデアを出さなくてもいいと言えます。当社には、「専門家として何かインパクトのあることを言わねば」とプレッシャーを感じる社員が多いかもしれませんが、肩の力を抜いて「まずはみんなの意見を聞く」ことから始めればいいと思います。この本は2013年の刊行で、当時は私自身も「自分なりの見解を示さねば」というプレッシャーに苦しんでいたので、この本を読んで少し救われた思いがしました。
さらに、この本では、「集合知」が機能するためには、多様な視点が確保される環境が重要とも説いています。上司など少数の意見だけが一方的に通るのではなく、様々な見解が一人一人の意見のなかに十分に反映されることが大切です。
研究員が「集合知」を活用しながら、自説を説得的に展開するためには、多様な意見が受け入れられる職場づくりが何よりも大事だと教えてくれる本です。
「先延ばし」が創造性を生む
とはいえ、いくら「みんなの意見」が的を射ていたとしても、我々の部門はやはり独自の視点を打ち出していくことも求められます。自分のオリジナリティーをいかに発揮するか、その実践的なノウハウが書かれているのが『 ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代 』(アダム・グラント著/楠木建監訳/三笠書房)です。
私が特に感心したのは、「成功する人は大胆にみえて慎重」「アイデアはたくさん出す」「先延ばしが創造性を生む」という主張です。
まず、創造的な業績を残している人はたいてい手堅い仕事を中心にしていて、その余った時間で野心的な仕事をする傾向があります。リスクを分散しながら挑戦することで、安定した生活基盤を確保しつつ、新しいアイデアを持続的に試すことができるというわけです。すべてをなげうったチャレンジが成功するとは限らないのです。
そして、非常にたくさんのアイデアを出すことも重要です。クリエイティブな成功者は、圧倒的な数のアイデアのごく一部が傑作として評価されているそうです。完璧な1つのアイデアにこだわるのではなく、多くのアウトプットを生むことが重要で、当社でも、リポートをたくさん書いていくうちに、面白い分析やストーリーが見つかることが多々あります。
「先延ばしは創造性を生む」という結論は意外に思えますが、ベンチャー企業でも、革新的なアイデアを出した先発企業が燃え尽きてしまい、後発企業が成功するという事例があります。また、締め切りをきっちり守る人の企画は型にはまっていて面白くなく、締め切りぎりぎりに出されたアイデアのほうが創造的で面白いということもよくあります。当社でも、すぐに結論を出さずに、歴史的な事例や国際比較など多角的な視点から考察することで、深みのある主張ができるということかと思います。
ほかにも「なぜ人は『可能性の高い企画』にダメ出ししがちなのか」「あるアップル社員が、スティーブ・ジョブズに猛反論して成功を収めた理由」など豊富な事例が紹介されており、楽しんで読める一冊です。
これからは当社のようにハイブリッド型雇用の企業が増えると思います。また、AIが普及するにつれて、創造性のある仕事が求められる機会も増えると思います。今回、前編・後編で紹介した5冊が何かの参考になれば幸いです。
取材・文/三浦香代子 写真/品田裕美




