コンサルタントがビジネスで勝つためには、洞察力や組織を動かす力など3つの要素が必要。それらを歴史から学べる名著が『失敗の本質』。世界有数の戦略コンサルティングファーム、ボストン コンサルティング グループ(BCG)では、この本を社内で薦めているそうです。BCGで人材育成を統括する富屋有治さんに紹介してもらいました。また、経営者に「一緒に仕事をしたい」と思ってもらえるための人間力を身に付ける読書術についても聞きました。

実戦で勝つための3要素

 連載2回目は、実際のビジネスで勝つためのヒントになる本を紹介します。

  連載1回目 に3冊の本で紹介した論点や仮説の設定、それらの経営への投入方法は、いわばコンサルタントにとっての道具。スポーツに例えると、いくらいい道具を持っていても、やはり基礎体力やセンスといったものが強くないと試合には勝てません。勝負の分かれ目での機敏な動きといったことにも、勝敗は左右されるでしょう。

 スポーツにおける基礎体力やセンスと同じく、コンサルタントが実際に勝つために求められる要素があります。それは次の3つです。

(1)世の中を洞察し、読み解く力
(2)未来を思い描き、共感を集める力
(3)組織を動かす力

 順番に説明すると、(1)は、例えば、世の中の動きや、「どうしてこのクライアントはこの局面でつまずいているんだろう?」というところをきちんと見立て、読み解く力です。連載1回目で紹介した論点思考で言うと、それができないのは「論点が見つからない」という状態。洞察力と局面を読み解く力は必須です。

 (2)は、「今はこういう状態だから、こうやってよりよくしましょう」「こんな未来になったら素敵ですよね」という未来を提示し、そこに多くの人の共感を集める力です。ビジネスには想像力、共感力も必要です。

 (3)は、特に日本企業を支援するときに必要なスキルですが、「どうしたら意思決定がなされ、組織が喜んで動いてくれるか」を考え、作戦を立てる力。日本の企業や組織の文化を読み解き、戦略を立てる力が求められます。

 (1)(2)(3)を平たく言うと、結局は思考法やフレームワークを超越して、「きちんと洞察し、考える人間」でなくてはいけないということです。私も社内研修で若手社員に話すときは、「常に世の中に向き合い、何をなすべきかを考えられる人間になってほしい」と伝えています。

エリート集団はなぜ失敗したか

 『 失敗の本質 日本軍の組織論的研究 』(戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎著/中公文庫)は、(1)の「洞察力」と(3)の「組織を動かす力」に深く関わる本です。

 「ビジネスを知るには歴史を学ぶとよい」とよく言われます。この本では、ミッドウェー海戦やインパール作戦など大東亜戦争における6つの敗戦の理由を掘り下げています。

 なぜ局面を見誤ったのか。組織がどういう罠(わな)に陥ったのか。その中で、リーダーと言われる人はどう決断し、問題解決をしようとしたのか。エリート集団だった日本軍の幹部たちがどう判断を誤り、意思決定を遅らせ、雰囲気にのまれていったのか──という失敗が、事細かく体系的に分析されています。

エリート組織の失敗を分析した『失敗の本質』(写真:スタジオキャスパー)
エリート組織の失敗を分析した『失敗の本質』(写真:スタジオキャスパー)
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 この本で述べられている問題の根底には、現代の日本の大企業が、環境変化を甘く見て競争に負けてしまったり、有効なリーダーシップを発揮できず変革につまずいてしまったりすることと、本質的には同じ原因があります。約80年前の日本軍と現代の大企業が、本質的には同じ課題を持っているというのは大変興味深いことです。

 この本は、現代のコンサルタントにとっても、企業がうまく動けない理由を高い視座から見通して体系化・言語化する際に、非常に有用なヒントにあふれています。

経営者をひきつける魅力とは?

 最後に、「人間力を磨く本」について考えたいと思います。

 BCG社内では、「経営者のトラステッドパートナーになろう」ということがよく語られます。具体的には、「自分と同じぐらいの手腕で、問題解決できるコンサルタントは他にもいる。それでも、経営者が自分と仕事をしたいと思ってくれる、信用されるに値するものは何か」ということを自問自答しなくてはいけません。

 その答えとなるものの1つが、経営者に「この人と話していると面白いぞ」と思わせる人間的な魅力であり、世の中を独自の視点で見て語れる教養の引き出しの深さ、幅広さだと思います。経営者と会話するときに、ずっとビジネスに関する目の前の課題だけを話していてもつまらないですし、雑談ばかりでもいけない。いかに経営者が刺激を受け、気づきを得られるような話を、相手の関心に合わせて語れるかが重要です。

 そうした自分の「人間力」を磨くのに役立つのが、教養や体験です。先ほど例に挙げた歴史もそうですし、欧米のエグゼクティブと話していると当然のように古典文学、美術の話題も出るので、それらを含めて、自分の見識を広げることに時間を使うのが重要です。

 また、体験という意味では、新しい技術やサービス、商品、アクティビティなどを自ら積極的に利用する、さまざまな人に会うなどして、今、世の中で起こっていることについて、深い見識を持っておくことも重要です。

「一緒に仕事をしたい」と思われるためには「人間力」が必要(Rawpixel.com/shutterstock.com)
「一緒に仕事をしたい」と思われるためには「人間力」が必要(Rawpixel.com/shutterstock.com)
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 BCGには、博士課程で専門性を追求した人や、趣味の分野を極めたような人も多いので、そのような領域をレバレッジして、非常に独特な「人間力」の引き出しを得る人もいますが、やはり読書が多くの人にとって有用な手段です。

 とかく忙しいビジネスパーソンですが、読書時間を確保するには「毎日30分」「週末に2時間」「年間に50冊は読む」など、予定を先取りするのが有効です。仕事に直結しない、意識的な学びはどうしても後回しになってしまいますから。

 このような努力をしても、一朝一夕で身に付くものではありませんが、「人間力を磨く」ことは、ビジネスだけではなく、人生を豊かにしてくれるものだと思います。一生のテーマとして取り組んでいけると素晴らしいですね。

取材・文/三浦香代子

私の経営学になぜ戦史が必要なのか

勝者と敗者を理解しなくては成功のメカニズムは解明できない――。『失敗の本質』『アメリカ海兵隊』『戦略の本質』誕生のドラマから、研究の姿勢、知的創造理論進化の軌跡まですべてを語る。

野中郁次郎(著)、前田裕之(聞き手)/日本経済新聞出版/990円(税込)