大手コンサルティング会社、A.T. カーニーでは「強い個」「経営を語れる個」「尖った個」の育成に力を注いでいるといいます。それらを養うために役立つ本を、同社スペシャリスト プリンシパルの松岡洋平さんに挙げてもらいました。後編の今回は、「経営を語れる個」「尖った個」となるために役立つ本として『50(フィフティ) いまの経済をつくったモノ』『日本図書館史概説 新版』『なめらかな社会とその敵』を取り上げます。

前編 「A.T. カーニー コンサルに必要な『3つの素質』を養う本」

コンテナが世界の物流を変えた

 前回はA.T. カーニーで必要とされる資質「強い個」についてお話ししました。今回は「経営を語れる個」「尖った個」について説明したいと思います。

 まず、「経営を語れる個」になるには、業界や業種を超えて普遍的に存在する価値とは何かを知っておく必要があります。そのために役立つのが『 50(フィフティ) いまの経済をつくったモノ 』(ティム・ハーフォード著/遠藤真美訳/日本経済新聞出版)。この本はコンテナやパスポート、有刺鉄線や犂(すき)など人々の生活を一変させた50のモノを取り上げ、それらがいかに普遍的な価値を与え続けているかについて説明しています。私は最初に『 コンテナ物語 世界を変えたのは「箱」の発明だった[増補改訂版] 』(マルク・レビンソン著/村井章子訳/日経BP)を読み、「コンテナって面白いな」と思ってこの本にたどり着きました。

『50(フィフティ) いまの経済をつくったモノ』(ティム・ハーフォード著)。画像クリックでAmazonのページへ
『50(フィフティ) いまの経済をつくったモノ』(ティム・ハーフォード著)。画像クリックでAmazonのページへ

 例えば、この本にも登場するコンテナがもたらした普遍的な価値といえば、まずサイズを規格化して海上だけでなく陸上も含めて運びやすくなったことです。そうなると、今までは国内で原材料を仕入れて販売していたけれども、海外から安い原材料を仕入れ、世界中で販売したほうが利益が大きくなる、といったことが起きます。また、コンテナの形状は中身が見えず、盗まれにくい。高いセキュリティで荷物が輸送できるというメリットもあります。こうして、コンテナのおかげで世界中の貿易がやりやすくなり、サプライチェーンと物流の革命が起きたのです。

 こうした普遍的な価値を提供するものをいろいろと知っておくと、異業種、他業界のビジネスパーソンだけではなく、海外の人とも話が通じやすくなります。仕事でグローバルな視点が求められるときにも、この本を読んでいれば多くのヒントが得られるはずです。

「普遍的な価値を提供するものをいろいろと知っておくと、異業種、他業界のビジネスパーソンだけではなく、海外の人とも話が通じやすくなります」と話す松岡洋平さん
「普遍的な価値を提供するものをいろいろと知っておくと、異業種、他業界のビジネスパーソンだけではなく、海外の人とも話が通じやすくなります」と話す松岡洋平さん
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松岡洋平(まつおか・ようへい)
A.T. カーニー スペシャリスト プリンシパル
高知県出身。京都大学教育学部卒。米系コンサルティングファームを経てライフネット生命立ち上げに参画、米アパレルDickies日本法人副社長を経てスマートニュース、RIZAPグループ、LINE、デジタル庁などを経て現職。Web3スタートアップGaudiyでも正社員として勤め、上場企業の社外取締役も務める。NPO理事長経験を持ち、現在はボーイスカウトのリーダーとしても活動中。日米学生会議OB(53/54)。

「知」にアクセスできる価値を再認識

 本は、さまざまな知識に触れ、ときには著者の経験を追体験できますが、実は誰もが本にアクセスできるようになったのは人類史上、ごく最近のことです。日本でもまだ100年程度しかたっていないのではないでしょうか。しかし、その一方で図書館(文庫)は飛鳥時代から存在します。

 なぜ、朝廷や時の権力者は図書館を作ってきたのか。そうした図書館の歴史について詳しく書かれているのが『 日本図書館史概説 新版 』(岩猿敏生著/日外アソシエーツ)です。著者は日本図書館学会(現・日本図書館情報学会)会長などを務めた岩猿敏生さん。自身の集大成でもあるこの本を執筆したのは80代になり、視力も弱くなってからのことだったと聞いています。

『日本図書館史概説 新版』(岩猿敏生著)。画像クリックでAmazonのページへ
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 学術書のため少し読みづらい面もあるのですが、誰もが本にアクセスできることの価値が深く理解できる良書です。古代から現代まで、人々が本に込める思いが伝わってきます。

 ちなみに、私は社会人になってから本の読み方が変わりました。マーケターとして「ユーザーのリアルなニーズが分からないとマーケティングはできない」と思い、自宅の近所、ターミナル駅、ビジネス街で3軒の書店を定点観察し、それぞれの書店でベストセラーとなっている本と店員が薦める本を読むようになりました。この習慣は今でも続けています。やはりそれぞれの店舗で傾向が違い、面白いですね。

 以前、NPOで大学生の就職活動を支援していたときは、彼らの感性が理解できるよう、週刊の漫画雑誌にすべて目を通していました。また、情報収集という点では、複数の新聞を紙で毎日読んでいます。

「尖った個」になるためには

 そして、経営を語れるだけでなく、人よりも抜きんでるためには独自の視点、差違化が必要です。そこでお勧めしたいのが『 なめらかな社会とその敵 PICSY・分人民主主義・構成的社会契約論 』(鈴木健著/ちくま学芸文庫)。著者は情報収集アプリを運営するスマートニュース共同創業者で代表取締役会長の鈴木健さんです。この本は当時スマートニュースの面接を受ける際の課題図書でもありました。

『なめらかな社会とその敵 PICSY・分人民主主義・構成的社会契約論』(鈴木健著)。画像クリックでAmazonのページへ
『なめらかな社会とその敵 PICSY・分人民主主義・構成的社会契約論』(鈴木健著)。画像クリックでAmazonのページへ

 社会が「なめらか」とはどういう意味かと思うかもしれませんが、健さんは今の社会から「膜」(境界)の機能を弱め、貨幣や投票、法律や軍事といった根幹の部分を変革することによって、諸物が連続的なつながりをなす「なめらかな社会」が到来すると説いています。

 例えば現在、貨幣は国家の強い信用にもとづいて使われています。しかし、次世代インターネットWeb3では国と国との境界が曖昧ですし、暗号資産では通貨の単位を1円未満に切り下げることも可能です。また、選挙の投票制度は1人にしか投票できませんが、健さんはAさんとBさんという2人の候補者がいたとき、Aさんに60%、Bさんに40%というように分けて投票できるようにしたらどうかと提案しています。

 今の0か1かしか許されない、境界が強固な息苦しい世界ではなく、「複雑な世界を複雑なまま生きることを可能にする」のが、なめらかな社会なのです。台湾の前デジタル発展相、オードリー・タンさんの提唱する「Plurality(プルラリティ)」とも通底する概念だと考えています。Pluralityとは「違いを乗り越え協働するための技術」のことで、同名の書籍が発売されています(邦訳も発売予定。『 PLURALITY(プルラリティ) 協働テクノロジーと民主主義の未来 』オードリー・タン、E・グレン・ワイル著/山形浩生訳/ライツ社)。

 こうした新しい世界観や価値観に触れるのは「個を尖らせる」ために必要です。今は膨大な情報にアクセスでき、過去のデータはAIを含めて誰もが手に入れられます。今後大事になるのは、これから発生する人との対話や、未来の世界はどうなるのかという仮説を立てる力だと思います。

 いかに人と違う視点を持ち、学び続けられるか。そのために今回紹介した本を手に取ってもらえれば幸いです。

取材・文/三浦香代子 写真/品田裕美

FT紙の人気コラムニストによる楽しい経済読み物

FT(フィナンシャル・タイムズ)紙の著名コラムニストが「粉ミルク」「電池」「カミソリ」といった身近なモノから、「S字トラップ」といったちょっと意外なモノまで、「50」のモノを軸に現代経済を解説します。

ティム・ハーフォード著/遠藤真美訳/日本経済新聞出版/1980円(税込み)