大手広告会社・博報堂の本社(東京都港区赤坂)には、蔵書が4万冊もある充実したライブラリーがあります。2023年にリニューアルされ、森の中の樹木のように本が配置された、静かで知的刺激のある空間を作り上げています。今回は、博報堂でライブラリーの運営に携わっている今野雄策さん、前和宏さん、髙橋哲久さんに、それぞれのお薦めの本を聞きました。
(注)ライブラリーについては前編 「博報堂 蔵書4万冊の『ライブラリー』で社員のアイデアを育む」 を参照。
食の歴史やエピソードが詰まった本
日経BOOKプラス編集部(以下、──) 前回は博報堂のライブラリーの成り立ちと運営方法について聞きました。今回はみなさんのお薦めの本を教えてください。
ブランドデザイン事業ユニット事業経営企画室 今野雄策さん(以下、今野) 私は『 「食」の図書館シリーズ 』(原書房。リンクはAmazonの『ハチミツの歴史』)です。見た瞬間に「これは良い本だ」と思い、即座にライブラリーに置こうと決めました。ライブラリーの存在意義を示す本でもあります。
ライブラリーの存在意義とは?
今野 つまり、ライブラリーはただ本を借りたり、何かを調べたりするだけではなく「ちゃんと自分で考える場所」であってほしいということです。今はみんなインターネットで何かを調べて、分かった気になってしまいますよね。実際、今の日本のことを日本語で調べる場合は、インターネットのほうが早くて便利なのも否めません。
でも、『「食」の図書館シリーズ』は原著が英語で、書かれているのは人類の食の歴史です。こうした情報はインターネットでは拾えません。ハチミツ、レモン、チーズ、フムス、バニラ、プディング……と本当にさまざまな食について取り上げ、私たちの知らない歴史やエピソードがいっぱい詰まっています。
例えば「レモン」なら、どんな絵画の題材になっているか、メディチ家がレモン栽培で重要な役割を果たした──と。こうしたさまざまな食にまつわる人間の歴史やエピソードは、博報堂がクライアントに商品企画やブランドストーリーを提案する際に非常に役立ちます。『「食」の図書館シリーズ』は80冊以上出版されていますが、これからもライブラリーにそろえる予定です。
博報堂 ブランドデザイン事業ユニット事業経営企画室 インテリジェンスグループ グループマネージャー
ライブラリーでNo.1の貸出数となった1冊
前さんのお薦めの1冊は何でしょうか。
マーケットデザインビジネス統括センター ビジネス推進局ナレッジマネジメント部 前和宏さん(以下、前) 私は『 “神対応”からはじめるファンマーケティング 』(宍戸崇裕著/同友館)です。こちらは2024年4月~8月までの上半期、ライブラリーで最も借りられた一般図書です。基本的に貸し出し上位に入るのは『会社四季報』や『日経業界地図』といったデータ中心の本が多いのですが、その中に食い込んできた1冊です。
その理由は何でしょうか。
前 やはり、博報堂の仕事で参考になる部分が大きいからですね。今はどの企業にとっても「クライアントのライフタイムバリューを向上させる」のが目下の課題です。この本には「一度、顧客になってくれた人にお金を使い続けてもらうにはどうすればいいか」「企業からの一方的な情報発信がダメな理由」といった具体的な事例について詳しく書かれていて、私自身も参考になりました。
今はネット上にSNS(交流サイト)やプラットフォームが乱立し、はやりすたりも激しい中で、「フォロワーとファンとの違いは何か」「ファンをつくるために何が必要か」ということが丁寧に書かれていてよかったです。
博報堂 マーケットデザインビジネス統括センター ビジネス推進局ナレッジマネジメント部 ビジネスプロデューサー
博報堂の仕事にも直結する内容ということですね。ちなみにマーケティングに関しては類書がたくさんありますが、こちらをライブラリーに置いた理由は?
前 選書の際は「新しいキーワードが出たら買う」ことにしています。これまでも「○○マーケティング」「○○ブランディング」といった本は発売と同時に買っていました。この本は体系的かつ具体事例も多く、表でまとめられているので、うちの社員が好きそうだなと。忙しい人がパッと読んで内容を理解するには最適だと思います。
「何かを伝える」仕事の人が読むべき1冊
なるほど。髙橋さんのお薦め本は何でしょうか。
広報室クリエイティブビジネスプロデューサー 髙橋哲久さん(以下、髙橋) 私は『 差し出し方の教室 』(幅允孝著/弘文堂)です。最近は誰かのために本を選ぶ「ブックディレクター」という仕事の知名度が高くなってきましたが、この本の著者はそのさきがけである幅允孝さんです。
幅さんは「人が本の場所に来ない時代」に「人がいる場所に本を届ける」仕事を積み重ねてきた人ですが、この本を読むとブックディレクターはただ本を選ぶだけではなく、読み手が本を手に取るための機会や環境までデザインする必要があると分かります。まさに「差し出し方」が大事なんですよね。
では、「差し出し方」とは何かと考えると「伝え方」なのかなと。これは我々、広告業界の人間だけではなく、さまざまな業種の人にとっても重要なことではないでしょうか。この本には、病院や保育園、温泉町などで幅さんが実際に手掛けた事例や、博物館の上席研究員やソムリエといったさまざまな職業の人との対話も収録されていて参考になります。「誰かに何かを伝える」仕事の人には、ぜひ読んでもらいたい1冊です。
こちらはライブラリーの蔵書ですか。
髙橋 いえ、ライブラリーには置いていないのですが、自分の仕事にかかわる部分が大きいため、選びました。やはり「誰かに何かを薦める」ことには正解があるわけではなく、常に模索しながらになりますので。アイデアを出す際には新陳代謝も必要ですし、学ぶところの多い本でした。
博報堂 広報室クリエイティブビジネスプロデューサー アートディレクター
髙橋さんはライブラリーのコンセプト、デザインだけではなく「企画展」も担当されているそうですね。企画展とは何ですか。
髙橋 外部向けではなく、社内向けの企画展ですが、年に2回ぐらいのペースで開催しています。ライブラリーとは別のスペースに大きな本棚を置き、これまでに司書さんたちのお薦め本を紹介する「ライブラリースタッフの本棚」といったテーマで企画展示をしてきました。現在のテーマは「生真面目な本棚」で、『 月刊住職 』(興山舎)、錦鯉の専門誌である『 鱗光 』(新日本教育図書)、『 ボディビルのかけ声辞典 』(公益社団法人 日本ボディビル・フィットネス連盟監修/スモール出版)など、1つの分野を突き詰めた本を展示しています。
初めて見る本も多いですね。
髙橋 そうですよね。例えば『月刊住職』はまさにご住職が読む専門誌なのですが、少子高齢化の影響で墓じまいが進んでいる──といった内容で現代の世相が分かります。博報堂の社員たちが普段は知らない世界に浸ってもらいたいと思い、企画しました。
今野 企画展の本棚では「ジャケ買い」のようにあえて表紙を見せているのもポイントです。ジャケ買いという点では、企画展の本棚とは別に、ライブラリーに通じる通路にカバーデザインが美しい本を壁に並べて展示しています。これも、社員に刺激を与えるための仕掛けです。
ながめているだけでも面白いし、社員の方のクリエイティビティが刺激されそうです。
髙橋 その通りです。企画展も四季ごとに開催できるといいですね。これからも社員のアイデアやひらめきのきっかけとなるようなライブラリーや本棚を作っていきたいと思います。
取材・文/三浦香代子 写真/鈴木愛子







