富士通グループは「IT企業からDX(デジタルトランスフォーメーション)企業への転換」を掲げ、変革を実現するために、デザイン思考の社内への浸透に取り組んでいます。そのなかで読書会を活用しており、事前に本を読んでこなくてもよい「リードフォーアクション」の手法を取り入れていると言います。富士通 デザインセンターの加藤正義さんと同社デジタルシステムプラットフォーム本部の久我聡子さんに、読書会の運営方法や意義などを聞きました。
デザイン思考だけでは変わらない
加藤正義さん 富士通グループでは2019年9月に経営方針として「IT企業からDX企業への転換」を掲げ、社内の組織体制も大きく変わりました。私がいる富士通 デザインセンターでは「富士通グループの変革」を軸に活動し、その取り組みを社内外に発信しています。具体的には、デザイン思考を浸透させ、「デザイナーのように考えて、行動できる社員を増やす」のが目標です。
デザイン思考を発揮するには、柔軟な発想と行動がカギとなります。ところが、2年前にとあるイベントで実施した社内アンケートでは、さまざまな組織の人から「自分自身の頭が固いと感じる」「上司の頭が固い」「職場の雰囲気が堅い」という回答が寄せられ、富士通の現状はこうなのかと痛感しました。そこで、2020年7月に富士通グループを横断したオンラインコミュニティー「やわらかデザイン脳になろう! 明日のシゴトが楽しみになる初めの一歩」(やわデザ)を立ち上げました。1年目の参加者は1000人ほどでしたが、今は3000人を超えています。
私は2011年から、富士通グループのさまざまな組織から社員を集めてアイデアを出し合うワークショップ(いわゆるアイデアソン)を多数開催していました。しかし、その場で出てくるアイデアには少し物足りなさを感じていました。また、いくら良いアイデアが出たとしても、組織が古いカルチャーのままだったり、上司や同僚が世の中の変化に気づいていなかったりする環境の中では、イノベーションは起こりません。そこで、新しい知識をインプットすることが必要だと感じたのです。
今は変化の激しい時代ですから、学び続けることが生き抜く力となります。研修などで、新しい知識やスキルを学んだ社員が組織で1人や2人しかいないと、企業も組織もたいして変わりません。イノベーションを起こすには、少人数ではなく、組織全体で新しい知識を取り入れ、意識と行動を変えなくてはいけない。そのとき、組織的にインプットとディスカッションを同時にできる読書会は効果的な手段だと思い、2017年6月から読書会をメインにした活動「あすよみ」を実験的に始めました。
社内外から延べ1000名以上のビジネスパーソンが参加する活動にまで発展したものの、残念ながらコロナ禍によって休止せざるを得ない状況になりました。この活動から得た知識と経験をオンラインでも生かそうと考え、2021年3月からやわデザでも読書会を始めました。
未読で参加OK 読書を行動につなげる
読書会には1回当たり20~30人が参加しています。みんなが同じ本を読む場合もありますし、課題図書を何冊か決めて、その中から好きなものを選んでもらう場合もあります。ただ、参加者は忙しい社員なので、「事前に本を読んできてください」というのはハードルが高いんです。そこで、「本を読まずに参加OK」の「リードフォーアクション」という手法を取り入れています。
リードフォーアクションは、経営コンサルタントで作家の神田昌典さんが提唱する読書法です。参加者は冒頭の10分ぐらいで目次や前書きを見て準備した本の概要をつかみ、「この本から何を学びたいのか」「どういう知識を得られたら、自分の課題を解決できるのか」という「問い」を立てます。参加者は、この時点で「初めて本を見た」状態でもかまいません。
問いの設定が終わったら、その答えとなる部分を本から探します。読書嫌いな方もゲーム感覚で取り組めるでしょう。そしてグループに分かれて、問いの答えを一人ひとり発表します。そして、本から学んだ後に、具体的なアクションについてみんなでディスカッションします。
このように、リードフォーアクションの狙いは、「本を隅々まで読んで正確に理解すること」ではなく、「本を行動につなげる手段として使う」ことなのです。
「本を読まずに参加できます」と言うと、「本当に?」と驚く人もいるのですが、本当です。以前、『 ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現 』(フレデリック・ラルー著/鈴木立哉訳/英治出版)を使った読書会を企画したのですが、先に開催の告知だけしていました。ところが届いた本を見たら、592ページもある。ファシリテーターなので事前にちゃんと読みましたが、読み切れなかったとしてもリードフォーアクションだったら、無事に乗り切れたはずです(笑)。
ちなみに、『ティール組織』に関しては、「あすよみ」で読書会をしていたからこそ手に取った本でもあります。「あすよみ」では、企業や社会の変化や、デザインやテクノロジーのトレンドに関連する本を中心に取り上げるようにしているのですが、この本は発売前にフェイスブックで知人が推薦しているのが目に留まりました。今までの自分ならスルーしていたかもしれないけれど、読書会をしていたからこそアンテナが立っていたんですね。参加者にも好評で、この本だけで5回も読書会(計170名が参加)を開きました。
読んだ本が記憶に残る
久我聡子さん 私はデジタルシステムプラットフォーム本部という社内のITシステムを取りまとめている部署にいますが、社内イベントや、やわデザ以前の読書会に参加するなどして、一方的に加藤の存在は知っていました。その後、リードフォーアクションの読書会に参加をしたら、今までにない手法が新鮮で、面白くて。すぐに自分でもリードフォーアクションのファシリテーターの資格を取り、やわデザで読書会の企画運営を手伝うようになりました。
リードフォーアクションの最大のメリットは「読んだ本が記憶に残ること」。人に言われて読んだり、仕事で必要に迫られて読んだりした本は、数カ月たつと内容を忘れがちです。でも、リードフォーアクションでは冒頭の10分ぐらいでものすごく集中して本の概要をつかみますし、その後の問いの設定、問いに対する答えの発表で、「あのとき自分はこんなことを言った」「あの人が発表した意見が新鮮だった」と記憶に残るんです。「未読OK」で参加できるので、忙しいビジネスパーソンにはぴったりの読書法だと実感しています。
取材・文/三浦香代子 撮影/小野さやか