オンライン証券やアセットマネジメント、暗号資産取引所などの金融サービスを提供するマネックスグループ。同社取締役兼執行役の山田尚史さんは、AI(人工知能)研究で知られる東京大学の松尾豊研究室を卒業した後、AIベンチャー、PKSHA Technology(パークシャテクノロジー)を起業したAIの専門家です。また、宝島社主催の「第22回『このミステリーがすごい!』大賞」で大賞を受賞した小説家の顔も持ちます。そんな山田さんに、ビジネスに役立つ2冊を紹介してもらいました。

第1回 「マネックス取締役・山田尚史 『このミス』大賞受賞の秘訣」
第2回 「マネックス取締役が薦める生成AI時代に読みたい3冊」

異世界ファンタジーがビジネスに効く

 3回目は、ビジネスに効く2冊を紹介したいと思います。

 1冊目は『 十二国記 月の影 影の海(上) 』(小野不由美著/新潮文庫)。現代の世界と、地図上にない「十二国」を舞台にした異世界ファンタジーです。現在もシリーズが続いていますが、こちらは第1作となります(前日譚[たん]である『 魔性の子 』もありますが、個人的にはこちらから読むのがお薦めです)。

異世界ファンタジー小説『十二国記 月の影 影の海(上)』
異世界ファンタジー小説『十二国記 月の影 影の海(上)』
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 異世界ファンタジーには多くの作品がありますが、本作は王や神仙、妖魔といったキャラクターが登場し、古代中国を思わせる世界観の壮大さ、緻密に描かれた人物像において群を抜いています。小説は「世界観」「ストーリー」「キャラクター」のどれか一つでも優れていれば面白いのですが、本作はすべてが卓越しています。人間の尊さと愚かさが伝わってくるキャラクターが幾人も登場し、物語上の何百年という時の流れの中で、一生懸命に生きようとする姿は心に訴えかけるものがあります。

 なぜ、本作がビジネスに効くかというと、つまるところビジネスの本質は「相手の頭の中を想像すること」だからです。

 一種のメタ認知とも言えますが、人間はすごく不思議で、セオリー通りに動く人は少ないですよね。本来、ビジネスにおいては経済合理的であるべきなのに「頑張っているのに上司に評価されない」と感じている人はたくさんいると思います。

 そんなときに、上司がおかしいと文句を言って、上司の考えが変わってくれるのを待つのではなく、相手の頭の中を理解した上で、自分の行動を変えたほうが得をすることが多くあります。そして、相手の頭の中を理解しようとするときに必要なのが、「いかに多くの人の考えに触れてきたか」です。とはいえ現実で会える人には限りがありますから、小説を読むのは良いシミュレーションとなり、望む結果を得ることにつながると思います。

 しかし、本というのはいざ読んでみると大変で、途中で挫折してしまう人も多いことでしょう。そうした方にこそ、人間描写が素晴らしいだけでなくストーリーや世界観も壮大な小野不由美先生の『十二国記』がお薦めです。のめりこんで読んでしまい、気づいたときには続刊を買いに書店に向かっていることでしょう。

経営者として覚悟を決めるための本

 そして、もう1冊は『 経営者になるためのノート 』(柳井正著/PHP研究所)です。こちらは、ユニクロなどを運営するファーストリテイリングを創業した柳井正さんの名著ですが、私にとっては「覚悟を決める1冊」となりました。

ファーストリテイリングを創業した柳井正さんの『経営者になるためのノート』
ファーストリテイリングを創業した柳井正さんの『経営者になるためのノート』
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 私は大学の先輩である上野山勝也さんとPKSHA Technologyを2012年に起業しましたが、起業理由の1つが「決まった時間に、決まった場所に行きたくない」ことでした。中学・高校は開成に通っていたのですが、通学に1時間40分ぐらいかかるため、朝早く出発しなければいけません。しかし、夜ふかしが好きだったので、朝起きられない。いつも時間に追われていて、「決まった時間に、決まった場所に行きたくない」という思いがあって、それが原体験となりました。

 今でこそリモートワークも増えていますが、当時はサラリーマン、イコール、満員電車で通勤、というイメージが強く、ならばこそ自分で会社をつくるしかないと思い、大学卒業後に起業しました。

 その後会社が成長し、人を雇う立場となり、役員を務めるうちに、「あれ? 全然、決まった時間に、決まった場所に行かなくていい仕事じゃないぞ」と気づきました。なぜなら、役員は社員の模範となるべき立場です。役員が時間にルーズだと社員もルーズになるし、社会的な信用も失います。特にPKSHAはITを使って社会にインパクトを起こすことを重視していたので、対外的に悪影響を及ぼすのは社是にもとります。

 「なんのために経営者になったんだっけ」と思っていたときに、上野山さんから本書を紹介されました。今思うと、私があまりにもふがいなくて、薦めてくれたのかもしれません(笑)。

 そして読んでみて、「経営者としてのレベルが違う」と思い知らされました。何を甘えたことを考えていたんだ、もう視座が違うと。例えて言うならば、私がランチのときにクーポンを忘れて「あーあ、100円損しちゃったな」とウジウジしているときに、あるべき経営者は世界平和について考えていた、というぐらいのレベルの差です。はるか手前の段階で悩んでいた自分が情けなく、身につまされました。それからは自分なりに、経営者としての覚悟を備え、責務をまっとうしてきたつもりです。

山田尚史さん
山田尚史さん
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山田尚史(やまだ・なおふみ)
マネックスグループ取締役兼執行役
神奈川県横浜市出身。1989年生まれ。開成中学校・高等学校を卒業後、東京大学理科一類に進学し、工学部松尾研究室に所属。2011年、ソシデア知的財産事務所に入所。12年、AppReSearch(現PKSHA Technology)を設立し、同社代表取締役に就任。21年6月よりマネックスグループ取締役、22年4月より同社取締役兼執行役。24年1月に「第22回『このミステリーがすごい!』大賞」大賞受賞作品の『 ファラオの密室 』(宝島社)が発売された。

 「経営者」と聞くと、「自分には関係ない」と思うビジネスパーソンもいるかもしれません。確かに本書を読んで経営者目線を持つ必要はないのですが、先ほども言ったように「経営者の頭の中」を理解すると得をします。「損得で仕事を考えるのか」と思われるかもしれませんが、資本主義に立脚する世界で働いている以上、「こうすると得をする」「こうなると損をする」状況が発生するのは事実です。

 もちろん、いくら得をすることでも、「人に迷惑をかけるのはNG」「倫理にもとることはしない」と個人の判断基準や会社の規範によって行動しない場合もあるでしょう。得をするか、損をするか分かった上で行動するのが、ビジネスパーソンにとっては大事だと思います。

 ぜひ、経営者の頭の中を理解するために本書を読んでみてください。ただし、柳井さんの視座が高すぎて劇薬となるかもしれません。

「職業作家として成功したい」

 今回は小説とビジネス書の両方を紹介しましたが、私は普段からどちらもよく読みます。起業した頃は『 HARD THINGS(ハード・シングス) 』(ベン・ホロウィッツ著/滑川海彦、高橋信夫訳/日経BP)、『 How Google Works 私たちの働き方とマネジメント 』(エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ、アラン・イーグル著/土方奈美訳/日本経済新聞出版)なども学びになりました。

 歴史や人文系の本はあまり読まないのですが、妻が詳しいのでユヴァル・ノア・ハラリなどの本も手に取るようになりました。リアル書店が好きで、子どもの保育園の送迎時によく立ち寄ります。多いときには月に20冊ほど読むこともあります。

 よく読み、よく書き、よく働く──今後は「道楽で小説を書いているんだろう」と思われることのないよう、しっかり職業作家として成功したいですね。そして、株主総会で取締役に選んでいただいているので、マネックスグループでの職務もまっとうする覚悟です。

「しっかり職業作家として成功したいですね」
「しっかり職業作家として成功したいですね」
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取材・文/三浦香代子 写真/品田裕美